Long story


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「…これはいいですね。凄くいいです」

 その視線はまるで、思いがけず良質な家電を見つけた時のそれに似ていた。実際に見つめているのは、家電ではなく腕だが。
 呪詛を纏った華蓮の腕をまじまじと見ている秋生は、何度も溜め息を吐いてようやく話を切り出した本人とは打って変わって、とても生き生きとしている。 

「へぇ、そんなに?」

 亞希が腕を覗く。秋生は大きく頷いた。

「はい。まず殆ど表立ってない所がいいですね。それでいて呪詛ってるオーラが凄く綺麗なんです」

 確かに秋生の言う通り、過去2回の見た目からしてもグロテスクなものと比べ、よく見ると腕が紫色になっているような気がする…という程度だ。
 しかし、それにしても呪詛が綺麗というのは想像し難いものがある。

「本当にいい呪詛ですね。それがせん……華蓮先輩から漂ってるってところがまた…この上なくドキドキします」
「変態かお前は」

 胸踊るような顔をして何を言い出すの出すかと思えば。呼び方を言い直す辺りまでは可愛げがあったが、その可愛げを吹き飛ばすレベルの問題発言だ。
 華蓮が思わず突っ込むと、秋生は「失礼な」と言わんばかりの表情を浮かべた。

「じーちゃんにもよく言われましたけど…でも、皆は見えないから分からないんですよ。本当にいい呪詛は本当に凄く魅力的なんです」

 呪詛を食らった腕をここまでうっとりしたような目で見る人間は、きっとこの世に秋生だけだろう。
 今はそんな秋生をドン引きに近い思いで見ているが、これを可愛いと思い始めたらいよいよ末期だと…自分の中である種の線引きがなされた気がした。

「でも、本当にいいんです?俺が解いても」
「どういう意味だ?」
「これだけ質のいい呪詛だと、多分相当辛いですよ」

 じっと腕を見つめていた秋生の視線が、どこか申し訳無さそうに華蓮に向いた。
 どういうことだ。話が違う。

「痛みに呪詛の良し悪しは関係ないんじゃなかったのか」
「確かに痛みそのものには関係ないです。ただ、質のいい呪詛はそれだけ解くのも時間がかかるので…」
「……どれくらいだ?」
「やってみないと何とも言えないですが…最低でも15分は……」
「やめだ。解かなくていい。寝る」

 即答だった。
 最初に解いて貰った時の地獄の5分間を忘れてはいない。二度目は状況的に時間の考えている間はなく確かなことは言えないが、5分よりは短かったように思う。それでも地獄の時間だった。
 それが15分なんて、想像するのもおぞましい。

「ライブはどうするんだ?」
「インフルエンザとでも言えばいい」

 季節的にインフルエンザは厳しいかもしれないが、それならおたふく風邪でも麻疹でも風疹でも何でもいい。
 この際本当にかかったって構わない。何にしても、この痛みよりもマシなはずだ。

「ヘッド様ファンが泣きますね…」
「知るか」
「そうはいかない」
「ッ!」

 立ち上がろとした体が、金縛りにあったかのように動かない。
 当たり前だ。実際に金縛りにあっているのだから。

「亞希!!」
「観念して我慢しろ」

 亞希はそう言いながら、いつものように木の上に腰を下ろした。酒瓶をあおる姿が、これ程までに憎たらしく思えたことは今だかつてない。
 華蓮の本気の殺意を感じたのか、亞希は「そう高ぶるな」とどこか冷めた様子でまた酒をあおった。それが華蓮の気を逆立てると分かっていてやっているということが、余計に憎たらしい。

「それほどの苦行ならば、さぞ素晴らしい褒美でもあるんじゃないか?ね?」
「いや、そんなのないです……」
「それならただ我慢するしかないな。さぁ、一思いにやってやれ」

 こうなったらもう高を括るしかないのか。
 それもこれも、全部あの男のせいだ。
 次こそは。
 次こそは絶対に叩きのめす。
 頭の中で固くそう誓い、華蓮は深く溜め息を吐いた。

「…秋生」

 一思いにやってくれ。とはどうしても言えなかった。
 それでも秋生は決心した華蓮の気持ちを悟り、どこか申し訳なさそうに呪詛を纏っている腕を両手で掴んだ。

「……すいません!」
「――――――ッ」

 どんな痛みとも表現できない激痛。意識を飛ばしてしまいそうなその耐え難い苦痛に、叫ぶ言葉もなかった。
 こんな状態で男から与えられた考え事を考える余裕などないが、無理矢理にでも考えて気を逸らすしかない。華蓮は必死に思考を巡らせ、あの時見た光景――誰かの記憶を、呼び起こした。


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