Long story


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 視線が集中する。
 その視線を一心に集めた双月は、部屋の中を見渡しながら思いきり顔をしかめた。

「何だよ、全員でこっち見んな」
「それなら視線を集めるような登場しないで下さい…」

 桜生の言葉はもっともだ。
 どうしてわざわざ派手な登場をしてハードルを上げるのか。

「それは気合いがつい…いや、まぁいい。俺は忙しいんだ」
「…とてもそうは見えないですけど」

 服装は寝起きのまま、髪型は雑なポニーテール。
 とてもそう見えなくても無理はないし、実際のところ忙しいのは本人の内心だけだろう。

「忙しいの。今から大事なことを言うために、集中するから」

 双月はそう言うと、大きく深呼吸をした。
 だからどうしてわざわざ注目を集めてハードルを上げるのか。

「か」
「か?」
「………かれ…」
「かれ?」
「…カレーはいかがですか!?」


 酷い。

 大事なことなのでもう一度言おう。
 酷い。


「カレーがあるんですか?」
「……いや、カレーはない」
「意味分かんないです…」

 当たり前だ。
 きっと意味などない。

「あの…いや、今のはなし。忘れて」

 残念ながらそれは無理だ。
 双月には見えていないかもしれないが、秋生は吹き出して軽く咳き込んでいる。先程までいなかった狐が尻尾で背をさすっている姿は何とも微笑ましいものだが……というのはどうでもいいとして。
 今の発言の印象深さはとてもじゃないが忘れることは出来ないだろう。

「忘れた上でもう一度、はい」
「……はい?」
「皆で一緒に、はい!」

 双月の視線がこちらに向く。
 李月にリードしろと、目が訴えている。

「カレーならカツカレーだな」

 人に頼るな、自分でどうにかしろ。
 という意思を込めてそう口にすると、双月は地団駄を踏むように顔をしかめた。

「ちーがーう!そうじゃなくて、か…」
「か?」
「か、か………あーもう!!」


 再び責任転嫁まで3、2、1。


「李月のばか!もう知らない!」

 めいのばか、もう知らない。みたいに言うな。
 そう李月が返す前に、双月は先程の侑同様にリビングから立ち去った。


「…え、何なんです?」
「本当に変なノコでも食ったか」

 華蓮の言葉に桜生は少しだけ心配そうな顔をするが。
 ゲームを再開してそれに夢中になれば、そんな心配などすぐに消えてなくなってしまうだろう。どうせ要らぬ心配なのだから、そうなるに越したことはない。
 

「平和だな」

 双月の登場により言いそびれた言葉を口にする。

「……平和、ですかね?」

 咳が治まった秋生が、また扉の方をみて呟いた。
 背中をさすっていた狐はもういない。

「どうして?」
「先輩たちは、修羅場って感じですし……」
「俺には関係ない」
「でも、平和って皆がそう思うからそうなんじゃないです?」

 そう言われると、なんとも返す言葉が思い浮かばないものだ。
 本人が平和だと思えば、他の誰がどう思おうと平和なのだ――という考え方は独裁者っぽくなってしまう。前に侑から独裁者だと言われたことがあるが、今の自分はそこまで自己中心的ではないと…李月は思っている。
 だからやはり、秋生の言葉は正しいのかもしれない。
 だが、しかし。

「何もない休日、穏やかな時間、うまいコーヒー、可愛い恋人…は浮気中だが、こっちも似たようなもんだしいいだろ。ほらみろ、これを平和と言わずして何と言う?」
「こだわりますね」

 別にこだわっている訳では…いや、やっぱりこだわっている。
 今日と言う、絵に描いたような平和であるはずの休日に。
 そんな風に感じることが出来る、今に。

「もう何年も平和なんて思う機会もなかったんだ。それが久々に心の底から平和を感じる休日に出会えたってのに、何人足りとも俺の平和を邪魔させは――これじゃあ結局独裁者だな」
「独裁者?」
「こっちの話だ。だから……少なくとも、あいつらがいない今くらい言わせろ。ああ、平和だとも」

 無理矢理こじつけて、無理矢理言い放った。
 先程まで侑や双月のお粗末な発言を馬鹿にしていたが、人のことを言えた義理ではないかもしれない。

「………李月さん、面白い」

 秋生はそう言ってから、「平和ですね」と笑った。

「そうだ、平…」

 バタン!!


 …………平和なんだ。
 そんな短い台詞も、言わせてくれないのか。

 先程まではリビングから更に家の奥に繋がる廊下への扉が酷使されていた。しかし今度は玄関の方に繋がる扉が勢いも凄まじく開かれた。
 もちろんまたしても視線を集めるわけだが、3度目ともなると慣れてくるもので。桜生は切りのいいところまで進めてから停止ボタンを押していた。


「ゲームしよう」

 扉を開けて入ってきた深月は、買い物袋にしては大きい袋を下げていた。
 中には更に四角い箱が入っているようだが…口ぶりからするに、何らかのゲーム機だろう。

「見たら分かると思いますけど、もうしてます」
「それは見たらわかる」
「だからそう言ったんですけど…」

 桜生と会話を交わす深月は、無駄にテンションが高かった侑や意味不明な言動を繰り返していた双月とは違い落ち着いている。
 そして、ゲームをしようという言葉も普段の深月と何ら変わりはない。

「そういう最新のじゃなくて、昔懐かしいのを」
「……今からです?」
「そう、今から。いいか、こういうのは雰囲気作りが大事なんだよ。いかに状況を再現し、スムーズに引き出せるか」
「ぜんっぜん意味分かんないです」

 桜生はそうだろうが、李月にはそれで理解出来た。
 つまり、華蓮を名前で呼んでいた頃の状況を再現し、当時は普通に呼んでいたように自然な流れで名前を呼ぼうということだ。
 出てくるのに時間が掛かっただけのことはある。今までで一番合理的かつ、それなら出来そうと思わせる作戦だ。

「まーやれば分かるって。切りのいいとこまで進んだら交代してくれよ」
「それはいいですけど…何のゲーム買ってきたんですか?昔懐かしいっていっても…沢山ありそうですけど」

 確かに桜生の言うとおりだ。
 幼い頃は外で遊ぶことも多くあったが、その間を縫ってゲームばかりしていたのは同じだ。持ちはこぶタイプから据え置きタイプまで、ほぼ全てのゲームを経験していると言っても他言ではない。
 しかし、華蓮を名前で呼んでいた時期のものを選ぶとなると…自ずと数は限られてくる。それでもいくつかの候補があるが。複数人で出来るかつ、見ていても楽しいものを選ぶなら…スーファミか64辺りが妥当だろう。

「正にそれだ。ゲームばっかしてたから候補がありすぎたが…悩みに悩んだ結果、スーファミか64まで絞った」

 やはり、深月も同じ考えだったようだ。

「けど、そっから先がもう本当に悩んで、どっちにするかでめっちゃ考えて…そしたら、視界にXbox Oneがあって」
「Xbox One?」
「そう。この家にない比較的新しい据え置きゲームなんだけど…まぁとにかく、それをついつい手に取って………」
「取って…?」

 急にフリーズしたように言葉が止まった深月の顔を、桜生がどこか心配そうに覗き込む。
 次の瞬間。

「あーーーー!!!」
「ええっ!?」

 突然、壊れた玩具のように叫び声を上げた深月に驚いた桜生がビクッと肩を鳴らした。
 桜生だけではない。離れた場所にいる秋生も全く同じタイミングで全く同じ反応をしていた。さすが双子だ。 

「間違えた!」
「ど…どうしたんですか?」

 驚きのあまり動悸が激しくなったのか、桜生が胸を押さえながらどこら恐ろしげに深月に問う。
 すると深月は、まるでこの世の終わりでも見たような顔をして口を開く。


「そのままXbox One買って来ちまった!!」


 馬鹿だ。

 秋生がマスオさん顔負けの「えぇ〜」を発揮するのも無理はない。李月だって口にこそ出さなかったが、内心は同じだ。
 というか、状況を知っている人間が目にしたら誰もが同じ反応をするはずだ。

 もう本当に、これは、どうしようもない。
 2度言うまでもない、大馬鹿だ。

 侑と双月より優秀だと思った時間を返せ。
 平和を返せ。

「…ソフトは?」
「一番人気のやつを…」

 ちゃっかりしっかりソフトまで購入しているとは。どうしてその段階で気がつかないのか。
 3度目だが言うしかない、馬鹿すぎる。

「じゃあ…それやればいいんじゃないですか?」
「え、うん…そうだな。そうなんだけど……そうじゃねぇんだよ……」

 脱力が凄まじい。
 一体どこまで買いに出たのかは分からないが、その全てが水の泡になったことへの喪失感が全身から溢れ出ている。
 しかし、そんな深月にかける言葉があるとしたらただひとつ。
 馬鹿め、自業自得だ。

「ちょっと出直すわ」
「え?」
「交代しなくていいから、続けてどうぞ。これやるならそれでもいいし」
「……わかりました」

 侑と双月とは違い、静かにご退場のようだ。
 その方がいい。扉のためにもなる。

「李月のせいだからな」
「理不尽にも程があるだろ」

 去り際に無理矢理すぎる責任転嫁を吐き捨て、深月は静かにリビングを後にした。
 3度目の「何だったんでしょうか…」「確実にキノコだな」という会話を耳にしながら、李月は深い溜め息を吐くばかりだ。


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