Long story


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 生徒会室に向かうのかと思ったら、たどり着いた場所は体育館に隣接している資料館だった。初めて入ったその場所は“館”というだけあって、かなりの広さだった。ついこの前の、体育館での時計探しを思い出させる。

「生き埋めになっちゃ大変だから、気を付けて付いてきてね」
「は、はい」

 侑が資料館に足を踏み入れた。秋生は華蓮にはされたことのない気遣いに若干戸惑いながらも、後に続く。普通の教室よりも高さがあるにもかかわらず、資料は天井に触れかけている。これが倒れて来たら本当に生き埋めになってしまいそうだ。

「そんなに警戒しなくても、取って食べたりしないよ」
「…これは、警戒しているんではなくて、緊張してるんでして…」
「緊張をほぐすために一曲歌おうか?」
「えっ…マジですか!……あ、いえ。それは嬉しいですが、遠慮しておきます。緊張を通り越して発狂してしまいます」

 と、正直に言ったはいいものの、引かれたかもしれない。そう思って見上げてみるが、予想に反して侑はクスクスと笑っていた。

「本当に面白いね、秋生君」
「そうでしょうか…」
「うん、凄く楽しい。なっちゃんの側近じゃなかったら僕の側近にしたいくらい」

 一体何がそこまでハマったのかは分からないが、そう言われると少なからず嬉しい。

「…側近っていうほど、身分は高くないですよ。よく言って召使ですね」

 召使というほども役に立っていないような気がする。ならば下僕か奴隷か。どうしてだろう。どんなにランクを下げてもしっくりこない。


「なっちゃんの召使なんて、大変だねぇ。こき使われるでしょ」
「俺の方が迷惑かけてますから。この前なんて、事業自得で体調不良起こした挙句に、先輩に背負って帰ってもらっちゃいましたし」

 そう言っていて、しっくりこない理由が理解できた。側近にしても召使にしても、体調不良で主に世話をしてもらうなど本末転倒だ。下僕や奴隷なら尚更、そんなことをしてもらえるわけがない。

「うそ。なっちゃんが連れて帰ってくれたの?」
「はい」
「それ本当に夏川華蓮?ドッペルゲンガーじゃないの?」
「……先輩でしたよ」

 少し間があいたのは、少し悩んだからだ。確かにあの時の華蓮は、秋生が接してきた中で一番優しかった。ドッペルゲンガーと言われれば、その方がしっくりくるような気もする。しかし、翌日に会ったいつも通り冷たい華蓮は前日のことを覚えていた。ドッペルゲンガーではないだろう。

「もしその話が本当なら、秋生君が召使って言うのはとんだ的外れだね」
「どうしてですか…?」

 下僕か、奴隷か。それとももっと他に何かあるのだろうか。

「さしずめ、お姫様とナイトってところかな」
「はいぃ?」

 一体何を言っているんだろうこの人は。秋生は素っ頓狂な声を上げながら、理解不能だと言う表情を前面に押し出した。

「あはは。今日一番面白い顔だ」
「……遊ばないでもらえますか」
「やだなぁ、僕は真剣だよ。…さぁ、着いた」

 クスクスと笑いながら、侑は立ち止まった。いつの間にか、山積みにされた資料がなくなっていて、立ち止まった場所は棚がずらりと並んでおり、資料が丁寧に収められていた。

「入口とはえらい違いですね」
「この資料館は生徒会役員それぞれに場所が割り当てられてるの。だから、場所によって整頓具合が全然違うんだよ。ここは生徒会の中で一番できる子の場所」

 なるほど、そう言われると入口付近と今いる場所とでここまで差があることも頷ける。というか、入口の資料に関してはあれほど整理整頓ができないのに生徒会役員なんてやっていていいのかと少し不安にもなった。

「生徒の情報は、この人が管理してるんですか?」
「生徒の情報は全員が共有してるんだ。もちろん僕のところにも資料はあるけど、僕もあんまり整理整頓好きじゃないし、こっちの方が圧倒的に探しやすいんだよね」

 確かに、これほどきちんとしていれば探しやすいだろう。見てみると、まずカテゴリーごとに分類されていて、更にその中で五十音順にならべられていた。埃ひとつかかっていない。潔癖なのだろうか。そして、こんなところから勝手に資料を持って行って怒られやしないのだろうか。

「ほーら、みーつけた」

 そう言って、侑は棚からファイルを数冊取り出してきた。

「この中から現在入院中の表記があるものを探すよ。入院中の表記は赤字だから、あったらすぐにわかるはず」

 一冊受け取って捲ると、大量に履歴書のようなものが挟まっていた。生徒の情報が事細かに載っている。なんということか、一冊で一人分だ。

「一番上のやつだけ見ればいいからね。秋生君は、こっちの棚よろしくね」

 侑から支持された棚には、びっしりとファイルが詰め込まれていた。

「分かりました」

 一番上の紙に記された更新日時はなんと昨日。一体どれくらいの頻度で更新しているのだろうか。更新するのも手間だし、そのファイリングもとでもない手間だ。入口に大量に積み重ねていた人の気持ちが分かった気がした。

「ちなみに、うちの学校って全校生徒何人くらいなんでしょうか」

 秋生は1冊目のファイルを開きながら疑問と飛ばす。赤字の欄はなし。開いたファイルと閉じて棚に戻すと、次のファイルに手を伸ばした。

「1年生230人、2年生198人、3年生213人を足すと?」
「641?」

 暗算をしつつ、手は止めない。開いて見て閉じての繰り返しだが、なんだかノッてきた。

「おお、暗算早いねぇ秋生君。正解だよ」
「ありがとうございます」

 641人。これから2人で641人分の資料を確認しなければならないということか。普段の秋生なら先が思いやられて落胆するところだが、今日は違った。今の作業が楽しくなってきていたからだ。

「楽しそうだね。こういう作業好きなの?」
「…こういう単純作業はあんまりしたことなかったですけど、楽しいです」
「それはよかった」

 侑のその言葉を最後にしばらく会話が途絶えた。2人とも作業に集中し始めてからだ。
 秋生の予想としては、入院している学生なんていて数人くらいだと思っていたが、これが結構いた。その原因は、資料の最終更新日が昨日だったことにある。昨日ということは、今回の原因不明の体調不良で入院することになった生徒の情報も更新されているということだ。そのため、生徒600人対しては多すぎるほどの入院者が存在しているのである。




「先輩、終わりました」

 そうこうしているうちに、ひと棚終わってしまった。それを告げると、侑が手を止めて目を見開いた。

「終わったの!?もう!?」
「は、はい…」

 その勢いに押されて思わず一歩後退りをしてしまった。特に距離を詰められたということもないのだが。

「秋生君、割と本気で僕の側近やらない?」
「え」
「その才能眠らせておくの惜しいよ」
「…才能っていうほどじゃあ」

 ないと思う。ただファイル開いて見て閉じるだけの作業で。

「十分すぎるほどの才能だよ。…まぁ、今急に言われても困るだろうから、考えておいて」
「はぁ……」

 一体何を考えればいいのだろうか。

「とりあえず、次はそっちの棚お願いできるかな」
「分かりました」

 さきほどまで秋生がファイルを漁っていた棚の隣の棚だ。先ほどよりも量が増えているのが、やりがいを感じた。
 それからまた無言の作業タイムが始まり、結果的に20分という短時間で全ての学生の資料を確認することができた。その5分の4を秋生が終わらせてしまったことに、侑は驚愕していたが、秋生はどうして侑がそれほど驚いているのか全く理解ができなかった。


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