Long story
「平和ですね」
ダイニングに腰を落ち着けてアイスカフェオレを口にしていた秋生が、唐突にそう呟いた。
いつもならすることがなければずっと料理をしているが、今日は材料が品切となったために仕方なく終了となったらしい。その後起きて間もない華蓮とゲームをしていた桜生に一緒にやるかと誘われたが、やるよりも見ていたい気分だといいそのままダイニングに腰を据えた。
ソファの空いているスペースではなくダイニングテーブルを選んだ理由は、大きくなったテレビを遠くから見るのが好きだからということだった。
そして、同じくダイニングで暇をもて余していた李月は何杯目かの自分のコーヒーを作るがてら秋生にカフェオレを作り――それを口にして今の台詞に至る。
「そうだな」
やはり誰もがそう感じるほどに平和な日々なのだと、他人から出たその言葉を聞いて再認識する。
李月と違い秋生には宿題もあるはずだが、せっかくの気分を壊しては可哀想なのでそれを口にはしないでおいた。
「睡蓮は加奈子と遊びに行ったし、春人も実家に帰ってるし……暇ですね」
「それを暇と取るか、平和と取るかだ」
李月の場合は言わずもがな。
でも言う、平和であると。
「ならやっぱり平和の方がいいかな。…そういえば、先輩たちはどうしたんですかね」
もう華蓮の名前を呼んでも大丈夫だと話をしてから数時間。
一大事だ何だと騒いでいた連中は揃ってリビングを去ったきり顔を見せていない。
「さぁな。まぁ正直どうでもいいし、いない方が静なことは確かだ」
どこで何をしていても構わないから、このせっかくの平和を壊さないで欲しい。
李月が願うのはそれだけだ。
「確かに静かで落ち着いてますけど…あれだけ騒いでたのに静かすぎて逆に不安というか……」
「気にするな、放ってお…」
バタン!!
「Good morning!」
放っておけ。せっかくの平和を乱す連中のことなんて考えるだけ無駄だ――と、言い切る間はなかった。
そして勢い良く扉が開いた瞬間、平和は乱された。
「侑先輩?どうしたんですか?」
扉の音とその声量に、桜生がゲームを停止して振り向いた。
桜生だけではなくその隣の華蓮も、李月と秋生も視線を向けるなという方が難しい程の目だった登場だ。
「Good morning every one!」
「ぐ…ぐっともーにんぐ…」
生まれも育ちも日本ながら、さすが外国人のことだけはある。綺麗な発音の「おはよう、皆の衆」に、桜生がぎこちなく答えると侑は満足そうに頷いた。
挨拶なら日本語で済ませていたような気がするが、一体何が始まるの言うのか。
「秋生君もRepeat after me!Good morning!」
「グッドモーニング…」
「李月も!Good morning!」
「おはよう」
「違う、まぁいい!最後にかっ…あ、噛んだ。…………噛んだ!!」
華蓮に指差し状態だった侑が、サッと青ざめてもう片方の手で片頬を覆う。
指差されたままの華蓮は顔をしかめているようだが、李月はその時点で何となく状況が読めてきていた。
「ノリと勢いだったのに!詰んだじゃん!」
そう叫び声をあげ悲観した瞳が華蓮から李月に移ると、どこか恨めしげなものに変わる。
責任転嫁まで3、2、1。
「いっきーのせいだ!!」
「お前の力量不足だ」
即答で返すと、侑は「ぐぬ…」と小声を溢しどこか悔しげな表情を浮かべた。
そして再び、その視線が華蓮に戻る。
「こ、こうなったら一度出直すしかあるまい!次に会ったら覚えといて!!」
どこの悪役か分からないような台詞を吐いて、侑は脱兎の如くリビングを後にした。
バタンと勢いよく扉が閉まると「何だったんでしょうか?」という桜生の問いに対して「変なキノコでも食ったんだろ」と華蓮がの心ない返事を皮切りに再びゲームが再開される。
「……これはもしかして、パパから父さんへ問題ですかね?」
侑の出て行った扉の方を見ながら、秋生が呟いた。
一瞬何を言い出したのかと思った李月だが、頭で一度反復する前にその言葉の意味を理解した。そして、李月が読んでいた状況は正にその言葉通りだ。
「パパからお父さんへ問題か…いい表現だな」
「一見簡単に見えて、中々難しい問題なんですよね…」
カフェオレをすする秋生は、まるでその問題に直面したことがあるような口ぶりだ。というより、確実にある。
だから「パパからお父さんへ問題」という秀逸な表現がスッと出てきたのだろう。
「で、結果は?」
「え」
「問題は解決したのか?」
「いや…あの、それはあれですよ。実力を徐々に発揮しているところです」
そう言いながら、秋生はわざとらしく視線を逸らした。
桜生と秋生。全く同じと言っても他言ではないその容姿とは正反対に、真逆といっても良いほどの性格面が垣間見える。
「それは是非拝見したいもんだな」
「…性悪っぽい笑い方が先輩そっくりですよ」
「せんぱい?」
「そ、そういう所もそっくりです!」
いくら小顔とはいえ、コップで顔は隠せない。それでなくても、既に半分以上中身が減ったガラスコップでは…赤面している顔が丸見えだ。
李月は「あんなの一緒にするな」と言いつつ”あんなの”の方に視線を向ける。
あんなの本人はどうでもいいが、その隣の桜生が楽しそうにゲームをしている様子を目にまた平和を唱えようと冷めかけているコーヒーに口を付けたところで、再び扉がけたたましい音を立てて開かれた。
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mokuji
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