Long story
全身から何かが放たれると同時に体の中に衝撃にのようなものを感じて、睡蓮は思わず目を瞑ってしまった。
その感覚もすぐに収まり、恐る恐る目を開けると……目の前にいたはずの、手長足長擬きの姿が消えてなくなっている。
「…あれ?」
からぶったのか、もしくはどこかに逃げてしまったのかと思い、睡蓮は辺りを見回す。
しかし、元々いた手長足長がまごまごしている以外に何も見当たらない。
「睡蓮すごーい!夏みたい!」
「は?」
頭上から加奈子が歓声のようら声を出すのが聞こえた。視線を向けると、鈴々と加奈子を空高くに匿っていた木々がゆっくりとこちらに下りてきているとこだった。
「…やっぱり馬鹿でかいじゃねぇか」
「え?」
鈴々と加奈子が地面に足を着き、木々が元の場所に戻っていくと…後ろから少年の声がする。
まだ動き辛そうだが、先程よりはマシになったのか多少なりと顔色が良くなったように見える。
「どうなったの?あの黒いのは?」
「睡蓮が消したんだよ!すごかったよ!」
「ええ?僕が?」
まさかそんな、と睡蓮は思うが。
加奈子は興奮した様子で跳び跳ね、その隣で鈴々とは拳を握りしめて頷いている。
どうやら、本当のようだ。
「睡蓮…そのために飛び出してったんじゃないの?」
「そ、そうだけど…」
何のなくどうにかなりそうな気がしていたが、まさかあんなひと振りで消し去ってしまえるなんて思っても見なかった。
せいぜい、動きを鈍らせる程度か…そもそも華蓮みたいにやってみると思っただけで、具体的にどうするつもりかなど考えてもいなかった。
今更ながら、かなり向こう見ずな行動だったと反省する。
「何はともあれ助かったから、あとはこっちをどうにかするだけ」
「そうだね。ていうか、華蓮…遅くない?」
ずっとアドレナリン出まくりの状態で必死になっていたため、時間の流れをすっかり忘れていたが。
鈴々がSOSを送ってからもうかなりの時間が経っている。かなり遠くに行っているとは言っていたが…それにしては遅い気がするし、そもそも帰れなさそうなら、誰かに連絡してヘルプを出しそうなそうなものだ。
「勝手なことばっかりするから、愛想尽かされたんじゃない?」
「いや、まさかそんな……本当にそうだったらどうしよう!!」
加奈子の言葉を一度は否定してみたが。
秋生の存在により華蓮にとっての睡蓮の立ち位置が世界一可愛い弟からただの可愛い弟に格下げしたこと(これは睡蓮が勝手に思っていることだが)に加えて、普段からの我儘っぷりに止まらず今回は嘘を吐いてここまでやってきたことを考えると…。
愛想を尽かされることはないにしろ、その扱いが少々放任になることは十分に有り得る。
「そんなことないと思うけど」
「いや、でも…じゃあ、どうしてまだ来ないの?」
「それは……」
「その答えは秋に聞くと早いかもね〜」
「え!?はっ、春くん!?」
鈴々が返答に困っていると、なんとも呑気な声が聞こえて振り替える。
睡蓮が咄嗟に名を呼んだ人物、春人は迷子センターで一緒だった弟の湊人を抱えて入り口に立っていた。
「はーい、こんにちはー」
「ど…どうして春くんが?」
「俺はこの子がお兄ちゃんの所行きたいっていうから〜みつ兄に付いてきただけだよ。ごめんね、夏川先輩じゃなくて」
「あ、いや…あ、こんにちは。って、お兄ちゃん?深月が何?ああ!もう何がなんだか…!」
春人の説明のほぼ全てを理解出来ずに、睡蓮はパンクしそうな頭を抱えた。
隣でそんな睡蓮を横目に、鈴々と加奈子が苦笑いを浮かべている。
「俺は夏に頼まれて助けに来たんだけど、どっちかってーと子供の成長を見守るタイプだから」
「は?…うわっ深月何してんの!?」
また背後から声がして振り替えると、身動きの取れなくなった手長足長に深月が触れていて…その手の触れた所から、煙のようなものが立ち上っていた。
「とりあえず凍らせて仮死状態にして、後は夕陽にバトンタッチ。溶ける頃には瘴気も抜けてるだろうし、飛縁魔がどうにかするだろ」
どうやら立ち上っている煙は冷気のようだ。
手長足長の体が、深月が触れたところからパキパキと音を立てて徐々に凍り始めている。
「ちょっと待って…じゃあ、ずっとみてたの!?」
先ほどの深月の発言を思い返し問うと、深月は答える代わりにニヤリと笑って見せた。
いったいどこから、自分達が必死になって逃げ回っている姿を面白おかしく見ていたのだ。
「ずっとて言うほどでもないかな〜。すーくんたちが木に避難してるとこらへんだよ」
「夏から電話が来た時、俺はジャンケンに負けてアイス買いに行っててな」
「俺はもう一人の弟と合流したんだけど〜、たまたま急いでるみつ兄見つけて、事情を聞いたわけですね〜」
「ま、急いで来る必要もなかったみてーだけどな」
何とまぁ、呑気なことこの上ない会話だ。
「いやいやいや!来てたなら助けてよ!」
「流石に麒麟ボーイが瘴気に当てられた時は助けようとかとも思ったけど…お前が鉄パイプ持って飛び出すから、もう少し見とくか的な?」
「的なって…そんな軽々しく……」
睡蓮がどれほど切羽詰まって鉄パイプを持ち出したのか。
それをまるで知る由もない深月は、なんとまぁ能天気なことといったらない。
「まーどっちにしろ、おれは瘴気系は点でダメだから。妖気が混ざってたから辛うじて見えはしたけど…睡蓮が倒してくれてよかったよ」
「そんな…僕なんてほとんど何もしてないよ。あんなのたまたまだし…そもそも、僕に力のとこを教えてくれたのも………あれ?」
いない。
つい先程まで、そこにいたのに。
「もう飛んでいったよ」
きょろきょろと辺りを見回す睡蓮に向かって、鈴々が声を出す。
深月と春人が来たからか、いつの間にかぬいぐるみの中に戻っていたが…深月たちの来たタイミングを考えると、その姿は確実に見られているはずだ。
「何も…言ってないのに」
かなり失礼なことも言ったのでそれもきちんと謝りたかったし、助けてくれたことへのお礼も言いたかった。
それなのに、そのどれを伝えることも消えてしまった。
「なんだか夢みたい。綺麗だったね」
「……うん」
遠くを見上げながら、加奈子の言葉に頷く。
今でもまだ目に焼き付いている。あの、見たこともない綺麗な青色が。
本人はどこかそれを嫌がっているようにも思えたが、睡蓮はもしまた見ることができたなら、きっとまた綺麗だと言ってしまうに違いない。
「まぁ、麒麟なんて中々お目にかかれねぇからなぁ。運命の出逢いと言っても過言じゃねぇかもな」
「いやいや過言でしょ〜。いっつもフラフラ飛んでるんだから、どこでも会えるよ」
「どうかな。未来の運命への布石ってこともなくはねぇだろ」
「やめてー。それはそれで俺的になんか複雑!」
どこか楽しそうな深月と春人の会話は、睡蓮には全く理解出来ない内容だ。
先ほどの春人の登場シーンの言葉もそうだが、きっと睡蓮にはその内容を分からせる気がないに違いない。
「キリン?って何?」
「麒麟ってのは中国の…」
「ストップ!みつ兄は止まらないからダメ〜。もうすぐ秋たちも戻って来るだろうし」
そう言えば、結局華蓮たちがどうして来られず深月に連絡したのかも教えてもらっていない。
秋生に聞けばいいと言っていたが、そこら辺の浮遊霊にナンパでもされて時間を繰ったのだろうか。
「夏たちが来たら、俺が麒麟の説明してる暇もねぇだろうけどな」
「え?どうして?」
「嘘吐いて出てきたことも〜そんな格好してることも〜ちゃんと説明しないとね〜。深兄との電話口での夏川先輩、かなーり激おこだったよ〜」
「げぇっ!」
「ま、納屋も綺麗になってっからな。前より快適に過ごせるだろ」
「やだ〜〜!!」
自業自得以外の何者でも事態だが。きっと納屋に放り込まれるだけでなく、考えたくもないほどみっちりと説教タイムが待っているに違いない。
睡蓮が頭を抱えて項垂れると、隣で加奈子と鈴々が「一緒にいるから」と慰めの声をかけてくれた。
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mokuji
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