Long story


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「なっ…何これ!?」
「じっとしてろって言ってるだろ。抱えて飛ぶの難しいんだから」
「飛ぶ?…飛んでる!?」

 目の前に空。上にも空。右も左も空。
 下に手長足長。

 本当に飛んでいることを自覚した瞬間、睡蓮は思わず少年にしがみついていた。
 そして同時に、自分がいわゆる…お姫様抱っこ的な状態で抱えられているということに気付く。


「妖怪、大丈夫か?」
「へ…平気」
「少しだけ我慢な」

 腕の力だけでぶら下がっている状態の鈴々は少しだけ顔が青ざめているように見えた。
 睡蓮は自分がしがみついている状態ではないと思い、落ちてしまわないようにと鈴々の腕を握った。


「ソメイヨシノ、ここまで来れるか?」

 少年がどこかに向けてそう問いかける。
 すると、その声に答えるかのように一本の木が伸び上がってきた。
 そしてあっという間に、普通では有り得ないほどに高く…睡蓮たちのいる所まで伸びてきた。

「いくら手足が長くても、ここまでは届かないだろ」

 だから、こんなにも高い場所なのか。
 太くて丈夫な木の枝に鈴々がストンと足を付く。間もなく睡蓮も少年によりその木の枝に下ろされた。
 ソメイヨシノ、桜の木だ。

「ありがとう……」
「落ちても責任は取らない」

 そう言うや否や、少年は更に上空に向けて飛び出した。
 まるでピーター・パンのように普通に空を飛んでいる様と、光に靡く青い髪。何だが、神秘的なものを見ているような気がしてならない。



「人の昼寝の邪魔しやがって。ただで済むと思うなよ」

 睡蓮たちの位置からゴマのような大きさになるほど高く上昇し、声が響く。
 そして次の瞬間…少年は目にも止まらぬ速さで真下に向けて急降下した。


「賭けは…僕たちの勝ち?」
「……そうだね」

 睡蓮の言葉に、鈴々が頷き返す。
 少年の口振りから察するに、睡蓮たちを助けようとしているというより…昼寝の邪魔をされたことに対して怒っているようだが。
 あのまま少年が蹴散らすのが早いとしても、華蓮が来るのが早いとしても…睡蓮たちはもう助かったも同然だ。

「あの人、あれ倒せる?」
「ザコ呼ばわりしてたし、大丈夫じゃない?」

 加奈子は少しだけ不安そうだ。
 しかし、そんなことを言っている間に急降下からの蹴りで手長足長はバランスを崩して分裂している。そしてそのまま手長は別の木で拘束され…足長は顔面に思い切り蹴りを食らっていた。
 きっと、心配するまでもなく…むしろあまりの容赦のなさに、端から見たら手長足長の方が心配されてしまいそうだ。


「瘴気のせいで、狂暴になってるから…」

 ぎゅっと、睡蓮の服の裾を掴むよ鈴々は加奈子と同じように不安そうだ。

「心配なの?」
「今は大丈夫だけど…人間なら、下手に瘴気に当てられると動けなくなる」
「つまり、本来の妖怪の力じゃなく…呑まれたここの力を使ってきたら…ってこと?」
「……うん」

 この学校の瘴気がどれほど悪いものか、それは華蓮や秋生たちの日常の話を聞いていればわかる。
 そして、手長足長の隠れていた場所がかなりまずい場所だということも。


「たべる…おまえ、たべる!」
「やだよ気持ち悪い」

 手長と足長の同時攻撃もひらりとかわし、木を自在に操り捕らえ、そして攻撃する。
 そのスムーズな運びを見ていると、戦い慣れていることがよく分かる。


「…青い風みたいだね」

 青色が舞うのを見て、加奈子が呟いた。
 確かに、軽やかな動きに靡く青色は風のように見えなくもない。また、流れるような動きは鮮やかな川の流れのようにも見える。少年の声に答えてやってくる木の枝に飛び乗れば、その青色が花のようにも見える。

 まるで、自然そのものだ。

 見たこともないほどに綺麗な青色の自然が、舞っている。


「……変な感じ」

 その自然を見ている自分の中にあるものは、これまでに感じたことない感覚だった。
 だからそれがどういう気持ちなのか分からず変な気分になるが、しかし決して嫌なものではない。
 むしろ、ずっと見ていたいと思った。



「そう言えば、蹴散らしてどうするか考えてなかった」

 手長の頭の上に乗り、靴紐を結ぶかのようにその長い両手と長い両足を結んでいた少年がふと思い出したように呟いた。
 言われみれば、例え倒したとしてもそのままにしておくわけにもいかないし、これだけ大きいものをおいそれと運ぶことなど出来ない。

「…主がくれば、きっとどうにかしてくれる」
「あ、そっか。華蓮がどうにかしてくれるって」
「はぁ?なんて?」

 鈴々の言葉を聞いた睡蓮が、少年に向かって声を出した。しかし、かなり距離がある上にそれ程大きな声を出した訳でもなかったので伝わらなかったようだ。
 睡蓮は今一度、先程よりも大きな声で伝えようと一歩足を前に出した。

「僕の、お兄ちゃんが、後から…うわぁ!?」

 声を出すのに力んだことで、前に出した足がずるりと滑る。
 そしてあっという間に、視界が逆さまになってしまった。

「睡蓮!!」

 鈴々の伸ばされた手に触れることはなく。


 落ちる。



「わあぁ――あ……あれ?」



 そう思ったのは一瞬だった。




「責任は取らないって言ったろーが」
「…………ごめん…なさい」

 先程と同じように宙に浮いた状態で抱えられ、またしてもその髪に視線が行く。
 しかし、今度は上の空にならずに一応は返事をすることが出来た。


「いちいち見んな」
「そんな綺麗な色してる方が悪いんじゃ…」
「好きでしてんじゃねぇし、綺麗でもねぇし」
「綺麗だよ」
「しつこいなお前」
「君がどう思うかは勝手だけど、僕がどう思うかも勝手」
「やっぱお前ムカつくな」
「そう思うのも君の勝手。でも、ごめん」

 自分が可愛くない子供であることは自負している。助けてもらっておいてこの言い草ときたら…と、自分でも思うのだから。
 こんな生意気な言い方をしたら、そんなことなら最初から言うなくらいは返されるかと思ったが。少年は「あっそ」と言っただけで特に何も言ってはこなかった。

 

「危ない!!」

「ッ!!?」
「うゎあ!?」

 鈴々の叫び声が頭上から聞こえたかと思った刹那、ぐらりと体が揺れ支えられていた体が宙を舞う。
 やばい。
 そう思った時には既に重力に引かれ、つい今しがたまですぐそこにあった青色が遠ざかっているのを目にし…自分が落下しているという現実を突きつけられる。


「ぎゃぁあああああ――うぉあ!!?」

 無意識のうちに出したこともないほどの大声が出ていた。人間、本当の恐怖を目の当たりにすると声も出なくなるというが、そんなことはないようだ。
 そして、今後どんなことがあってもバンジージャンプなんて絶対にやならい。
 地面から数メートルのところで腕を捕まれ最悪の事態を免れた睡蓮は、体勢を立て直されて地面に足を着きながら心の底からそう誓った。

「悪い。大丈夫か?」
「う…うん。ぼくが、ドジ、だから……ごめんね」

 想像を絶する体験に長距離走をした後のように息が上がってしまい、言葉がすらすらと出てこなかった。

「いや、今のは……」

 そこまで言ったところで少年は突然、全身の力が抜けてしまったかのように膝から地面に崩れ落ちた。
 周りに、先程まで見えなかった薄黒いものがまとわり付いているのが見える。

「だ…大丈夫!?」

 貧血を起こしたみたいにフラフラしている少年を支えると同時に薄黒いものに触れると、何だか少し気分が悪くなった。
 力を奪われるというような感じではなく、とても体に悪い何かに触れているような感覚だ。
 これが先程鈴々の言っていた、瘴気に当てられるということなのだろうか。

「……今のはあれか」
「え?―――ええ!?」

 少年が見据える方を向き、睡蓮は目にしたものを見て思わず声をあげる。今日は驚いたり、大声をあげたりしてばかりだ…なんて悠長なことを思っている場合ではない。
 少年が長い手と足を結んでまごまごしている手長足長の隣に…もう一人、手長足長がいる。それはまるで影が独り歩きしているかのように真っ黒で、異様な薄黒い空気に包まれていた。

「瘴気がそいつの妖気を取り込んで、形を成したんだ!」
「そんなのってありなの!?」
「普通はない!でもこの学校は、普通じゃない!!」

 頭上から叫ばれる鈴々の回答に、睡蓮は今一度そんなの有りなのかと問いたくなってしまった。
 しかし、今目の前にそれが有り得ているのだから…そんなことは問うまでもない。

「…動ける?」
「微塵も」

 予想はしていた。
 すこし触れただけで気分が悪くなるのだから、それにまとわりつかれているなんて相当な負担に違いない。実際、少年の顔色はかなり悪い上に表情も苦しげだ。
 しかし、そうなるとこのままでは今にも迫って来そうな瘴気の塊に2人とも呑み込まれてしまう。

「もし動けたら…あれ、君ならどうやって倒すの?」
「……あいつをぶん投げて消す」

 あいつと言いながら指を差したのは、手足を縛られてまごまごしている手長足長だ。
 あんな大きさのものをどうやって投げ飛ばすのかと考え、木を自在に操れることからそれを利用して投げ飛ばすことが出来るのだろうという結論に行き着く。もしかしたら子どもらしからぬ腕力があって素手で投げ飛ばせるのかもしれないが、どちらにしても睡蓮には出来ない。

「投げたら消える?」
「あくまで瘴気なら…力があれば消えるだろ」
「力があれば……」

 この少年によれば。
 少年の言葉を信じるなら、睡蓮にも力はあるはずだ。

「…お前だけでもさっさと逃げろ」
「嫌だ」

 助けるだけ助けてもらって、そんなことは出来ない。もしも自分に力があるとするなら、尚のこと。
 しかし、仮にあったとしてもどうすればいいのか皆目検討も付かない――と、考えていたところでふと屋上の片隅に目が止まる。
 なんと都合よく転がっている、鉄パイプ。


「……華蓮みたいにしろってことか」
「は?あ、おい!」

 少年の元から、睡蓮はガラクタの山に向かって駆け出した。

 ここに来る前に、あの声が言っていた。
 自分達兄弟は運命に強いと。

 正直、運命に強いという意味はいまいち分からない。
 けれどそれが本当ならば、自分でこのピンチを抜けられるはずだ。何の根拠もないが、きっとそうだと確信している。
 自分に底力があることを教えてくれる人がいて、感化されるような華麗な戦いぶりを見せられて、都合よく鉄パイプが転がっているのがその証拠だ。


「睡蓮!!ダメ、離れて!!」

 鈴々の声を無視して走り。
 まるで睡蓮が持つために存在しているかのようなちょうどいい大きさの鉄パイプを手にし、影のような手長足長もどきの前に立ちはだかった。

「睡蓮!」
「大丈夫だよ」

 李月と喧嘩をしている時も、琉生に教わっている時も、自分を助けてくれる時も。
 ずっと近くで見ていたのだから。
 それがバットだろうと、鉄パイプだろうと変わらない。その使い方は知っているも同然だ。


「せぇ―――のッ!!」


 握った手に力を込めて、思い切り振り上げ。その力を押し出すように、思い切り振りかぶる。
 全身何かが駆け上がり、そして目の前の影に向かって放たれるような。
 そんな、未知の感覚だった。


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