Long story
捌拾伍―――この場所で
鮮やかな青よりも、少し濃い色のように思えた。その青が太陽の光に反射して輝く様はとても美しく、これほどまでに綺麗な青色を見たのは初めてだった。
どこか呆然としながらその青色を見つめている最中。その青色がくるりと振り返り…人の顔になったことで、睡蓮はそれが人の髪の色だということを把握した。
「何だよ」
振り替えって尚もその青色に吸い込まれるようにぼうっと見ていると、髪の持ち主が睡蓮に向かって顔をしかめた。
その時初めて髪から視線を動かすが、睨まれたその眼が髪と同じように綺麗な青色だったので…また見とれてしまった。
「おい」
「あ、ああ…ごめんなしい。見たことないくらい綺麗な青だから見とれちゃって…」
「はぁ?」
今一度声を掛けられて、睡蓮はようやく意識をはっきりさせた。
しかし、咄嗟に思ったことをそのまま口に出すと、まるで有り得ないというように顔をしかめられてしまった。
「青色…だよね?」
「……青だけど、別に綺麗じゃねぇよ」
すとん、と睡蓮の前に降り立った少年は、しかめ面のままにそう吐き捨てた。
つまり今の今まで宙に浮いていたということだが…睡蓮にはそれに対しての驚きより、自分の持っている色への理解のなさの方が衝撃だった。
「え、それ本気?…僕の知り合いにも外国人で目が青い人がいるけど、そんなに綺麗じゃないよ。鏡見たことある?」
「………なんかムカつくな、お前」
「え、あ…ごめんなさい」
衝撃さからつい威圧的な物言いになってしまった。
苛立ちを見せられハッとした睡蓮は謝りながら、行動だけでなく言動でも後先を考えるべきだと反省するばかりだ。
「別にいいけど」
と、少年が喋ると揺れるその髪についつい釘付けになってしまう。
また引き込まれるように見ていると、今度は加奈子が睡蓮の服の裾を引いた。
「ちょっと!ぼーっとしてる場合じゃないよ!来てるよ!」
「えっ?あっ…やばっ、忘れてた!」
「忘れてたぁ!?信じらんない、ばかっ!!」
この状況で一番重要なことをすっぽり忘れて他人の色に見入っていたとは。
加奈子に馬鹿と言われても、返す言葉がない。
「……そこの赤松、ちょっと捕まえといてくんない?」
少年がどこかを指差して声を張る。
すると、ゆっくりながらも確実に近付いて来ていた手長足長の動きがピタリと止まった。まるで、何かに行く手を阻まれて動けなくなったかのようにニタリ顔だった表情が苦痛のそれに変わる。
「え?何…?」
「あんなザコ相手に何を慌てふためいてんだ?」
一瞬で動きを止めるどころか、睡蓮たちが成す術もなく逃げ回っていた相手をキッパリとザコ認定とは。
この少年は一体何者なのだろうか。
「ざこ!?私たち凄く頑張って逃げて来たんだよ!」
「逃げるって…そんなことせずに蹴散らせば?」
「それが出来ないから逃げてたの!」
ぬいぐるみが喋っていることに全く動揺することのない少年は、加奈子の言葉にまたしても顔をしかめた。
というよりも先程から、しかめた顔しか見ていない気がする。
「お前も妖怪だろ?」
「…僕は人間と契約しているから、その人間がいないとあまり力を使えない」
睡蓮はその言葉を聞いて初めて鈴々が誰かと契約していることを知った。だから先程、声からも不完全だと言われていたのだ。
つまり…あの声は鈴々の契約者も知っているということになる。一体何者だといいうのか。
そして、鈴々の契約者とは誰なのだろうか。そもそも誰かと契約しているということは亞希たちと同じように魂だけの存在なのだろうか。
ほんの少しの会話なのに、疑問点が多すぎる。
「じゃあお前は」
「えっ、僕?…いや、そんな無茶な。僕なんてポルターガイストが関の山だよ」
「はぁ?そんだけ馬鹿デカい力して何言ってんだよ」
「え?」
「本当に分かってないのか?宝の持ち腐れもいいところだな」
少年はあきれたようにそう言ってから、はぁと溜め息を吐く。
「………僕って凄いの?」
「多分な」
冗談で言っている風でもない少年の様子に、睡蓮は驚きを隠せない。
華蓮からも李月からも、そんな話は聞いたことがないが…過保護な2人なら敢えて隠していたとしても不思議ではない。
「……どうやったら使えるの?」
「知らねぇよ」
「でも君はあんなこと出来るのに」
動けない手長足長の方を指差して視線を向けて、その手首と屋上の端に掛かっている足首に紐のようなものが巻き付いていることに気が付いた。
行く手を阻まれているのではなく、前に進めないようにされているのだ。
「俺のは霊的な力じゃない」
「だとしても、こう…あるでしょ?使うコツ的な」
「まぁ…霊界探偵が使ってるやつとか、幽霊族の末裔が使ってるやつとか…ああいうイメージなんじゃないのか」
「はぁ、なるほど。………ぴんとこない」
少年の言いたいことはどちらも想像が付く。喧嘩が強いとかちゃんちゃんこ飛ばせるとかそういう面ではなく、霊丸とか指鉄砲とかそういう点を言っているのだろう。
しかし、どちらも知ってはいるものの何だが自分とは駆け離れたもののように思える。
「ならもっと身近なものを想像しろよ。そんだけデカい力が誰にも気付かれないなんて有り得ないから、普段は誰かに守られてるはずだ。そして当たり前だけど、守れる奴には同じように力がある」
普段は守られている。
もし本当なら、それをしている人物は1人しか思い浮かばない。
普段から霊的なものを見ても基本的にそれが襲ってくるのとはないのはそのおかげだったのかと、今初めて気が付いた。そしてたまに襲われる時は大体その相手がかなり遠くに行っているとか、自分自身が連絡も取れないほどにシャットアウトされた空間にいる時ばかりだ。
「僕にも…華蓮みたいなことが出来るの?」
「だから知らねぇって。興味もねぇし」
その物言いは冷たいが、先程から睡蓮の質問に丁寧にアドバイスをしてくれた辺り悪い人間…なのかは不明だが、とにかく悪い人ではないことは分かった。
それに何より、色が綺麗なのがその冷たさをも凌駕するほどに好印象だ。
「君は…」
「睡蓮」
一体何者なのか、と聞こうとしたところで服の裾を引かれ言葉が止まる。
鈴々の方に視線を向けると、その眼差しは睡蓮ではなく拘束されている手長足長の方に向いていた。
「……話してるとこごめん。でも」
「千切れる…!!」
加奈子が声を上げた瞬間。
バチンッというもの凄く太い弦が折れたような音と共に手長足長が前のめりに倒れ込んだ。
しかしその顔が地面のへばり付く前に体制を立て直し、その気持ち悪いニタリ顔がこちらに向く。
「ありがとう赤松。後で元に戻すから」
千切れた紐のようなものを手に取ると、それを屋上の外に投げ捨てた。
木の欠片…少年が口にしている、赤松の枝か根かということだ。もしそうなら、木々を操ることが出来るのだろうか。
「……君って、天狗なの?」
「違う、俺は普通じゃない人間だ。そんな高尚なもんじゃない」
てっきり侑と同じような類いかと思ったが、そうではないらしい。
そしてこんなことを言うと侑に失礼だが、あの金髪とこの顔色の髪を比べると…睡蓮的には高尚な感じはこちらの方が上だ。
「普通じゃないって…」
「睡蓮!!」
「え?」
またしても鈴々に言葉を遮られた。
前方の手長はまだ動き出していないが…這いずるように近寄っていた――長い手がない。
「おっと」
「うわぁあ!?」
突然視界が揺れる。
感じたことのない浮遊感に襲われ、上から凄まじい圧力がかかり思わず目を閉じてしまう。
ほぼ同時に、ダンッと地面に何かが叩き付けられるような音が耳に響く。
机を思い切り叩いた時にする音、それを何千人もの人数で一斉に行ったような爆音だった。
「じっとしてな」
「は?」
すぐそこで少年の声を耳にし、目を開けるも……視界が追い付かない。
自分がどんな体勢なのかもわからない。
それでも抱き締めていた加奈子は腕の中で踞るようにしていて、掴んでいた鈴々は睡蓮の腕にしがみついて。
視線を上げると。
目の前に空があった。
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mokuji
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