Long story


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「た…たぬくん…あれなに!?」
「足長」
「なるほど、あしながねっ」

 長い手の妖怪がいれば長い足の妖怪もいるということか。
 などと納得している場合ではない。

「気付かなかった。きっともっと奥にいたんだと思う」
「…それって……」
「邪気に当てられて、かなり狂暴になってるはず」

 階段の踊り場の窓から外を見ると、長い足の…多分、膝であろう部分が見えた。
 更に後ろからは長い手が這いずるように自分達を追ってくる。


「着いた!」

 もう先がないところまで階段を登りきり、申し訳程度に引いてある立ち入り禁止のロープを超える。
 その先にある錆びた扉の取っ手に手を掛けると、睡蓮がそれを引く前に鈴々が勢いよくその扉を蹴り飛ばした。

「おー、わいるどだねぇ」

 先程、母たちがいたときにはまるで口を開かなかった加奈子はいつも通りの長子に戻ってきたようだ。
 もしも睡蓮たちに気を遣っていたのだとしたら、幽霊なのに随分と成長したものだと感心してしまう。




「誰も…いない」


 小さく、鈴々の声が響く。

 寂れた屋上。
 地面は所々が崩れており、落下防止のための柵は朽ち果てている。
 物置にでもなっていたのか、粗大ごみや廃材が片隅にまとめられているのが見えた。角材や鉄パイプのようなものから、二層式の洗濯機やアンテナが付いているテレビまで様々だ。
 こんな所に何の目的があって、誰が足を運ぶのか。それを問うためにいるはずの人物は、ぐるりと一周見渡しても見当たらない。

「……嘘だったの?」
「違う。あの人はそんなことしない」

 鈴々は先程の声を信用しているようで、睡蓮の問いかけを力強く否定した。睡蓮からしてみれば胡散臭い声だったが、鈴々がそう言うのなら嘘ではなかったのだろう。
 ならば、ここに上がってくるまでにいなくなってしまったということだ。そしてそれは同時に、会うまでもなく賭けに負けてしまったということになる。



「……みつけた、にんげん」


 ぬっと、錆びた柵の向こう側から長い手が伸びる。その時初めて気がついたが、この妖怪は手と顔だけがあるわけではなく、きちんと胴体と足も付いていた。手に比べてそちらは普通の成人男性より少し大きい程度なので目に入らず気付かなかっただけらしい。
 これだけ緊迫した状況なのにそんな分析をして、思っているより焦っていない時分に驚きを隠せない。

「ねぇ、睡蓮どうするの?」
「心配しなくても大丈夫だよ、加奈」

 睡蓮自身が先程の声を信用したわけではない。
 ただ、最後に掛けられたあの言葉だけが…どうしてか胸の奥に強く残っている。


「僕たちは運命に強い」


 その言葉が。

 どうしてか、根拠のない自信になっている。



「うまそう、たべる」


 横からもうひとつ顔が覗くと、それもまた足と顔だけではなく普通サイズの胴体と手もあることが見てとれた。
 肩車をするように足長の上に手長が乗り…見事に手長足長の完成だ。手長の手がゆっくりと伸びてくると同時に、足長の足が屋上の端に掛けられる。こうなるともうただの巨大妖怪だ。


「睡蓮、僕はもう…」
「……大丈夫、心配しないで」


 鈴々がもう先ほどのような事が出来ないのは、あの声との会話を聞いていたので分かっている。
 けれど、だからといって食べられはしない。
 じりじりと迫る長い手から後ずさるように下がりながら、不安げな加奈子を抱き締め鈴々を抱き寄せた。

 大丈夫だと。

 漠然と、そう確信している。




「あー、もう。せっかく格好の昼寝場所見つけたと思ったのに」


 屋上だというのに、どうしてか頭上から声がした。
 それが先程の声とは違うことは明らかで、睡蓮たちは思わず顔を上げる。

 刹那。
 視界に、見たこともないほど綺麗な青色が写った。



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