Long story
新聞部と心霊部。
この部屋がその2つの部活の部室ということが、2つの表札から見てとれる。
そしてそれが今のものではないということも…先程までの朽ち果て具合から推測できることだった。
「………わたし、ここ知ってる気がする」
睡蓮と鈴々、睡華や柚生がやり取りをしている間。ずっと静かにしていた加奈子がふと口を開いた。
しかし、華蓮たちが心霊部に入る遥か前から朽ちていたであろうこの場所を、加奈子が知っているはずはない。
「華蓮たちがいつもいるところと間違えてるんじゃない?」
「そんなこと…ないと思うけど…」
最近はめっきり学校に顔を出すこともなくなった加奈子はどうも記憶が曖昧なようだ。
自分で否定してはいるものの、自信のなさが顕著に現れている。
「……主たちと一緒にいる時に見たんだ、きっと」
「あ、確かに。かくれんぼした時に見たのかも」
鈴々の助言により、加奈子は納得のいく答えを得ることができたようだ。
しかしながら、こんなところでかくれんぼとは趣味が悪いとしか思えない。
「ここが…どうかしたの?」
扉に触れるとボロッと錆びた鉄の破片が落ちたことから、場所そのものが綺麗になったわけではないことが伺えた。
つまり、これはこの場所の記憶を呼び起こして具現化…というよりも、映像化したと言った方が近いだろう。
「みんなここにいた」
「みんな…?」
睡蓮の問いに、鈴々は頷く。
「ここで……」
「ストップ」
どこから聞こえてきた声と共に、新聞部兼心霊部のかつての姿を映した映像化が消える。
しかし、見渡しても横にいる鈴々と腕の中の加奈子、それから手長を圧倒している睡華と柚生しか見えない。
「それ以上は見過ごせないよ」
「……ごめん」
聞こえてきた声は、どこか幼い子どものもののように感じた。その中で、鈴々がどこを見るでもなく辺りを見回している。
様子から察するに鈴々にも見えてはいないようだが、この声を知っているようだ。
「いや、君の気持ちも分かるよ。けれど、知るのは今ではないし、この子でもない」
「……分かってる」
「それに、そのことについて感傷に浸る時間もないんだ。今の君の不完全な力ではあれはあしらえない」
姿も見せないでなんとも失礼なことを言う声だなと睡蓮は思った。
鈴々はそれに言い返すこともなく、深刻そうな表情を浮かべる。
「あの2人が消えれば、もう具現化をする力は残ってないはず。でも、あれはどこまでも追ってくるよ……そして、今のままでは君の主は間に合わない」
誰か分からないからといって、随分と好き勝手なことをいう。
睡蓮は苛立ってくるが横に立っている鈴々の表情が深刻さを増し、それが声の話した言葉の信憑性を増すことにもなり苛立ちを不安に変えそうになってしまう。
「助けてあげたいけど、僕があの子の前に姿を表すわけにはいかない」
「……うん」
「一応聞くけど、目と鼻の先にいる天狗たちに鈴も鳴らせないよね?」
そう言われてハッとした。わざわざ遠くに出掛けている華蓮ではなくても、ここには強い味方が沢山いる。
しかし、鈴々とてそんなことは分かっているだろう。それでいてそれをしないということは、出来ない理由があるということだ。
「主や睡蓮ほどの繋がりがないから出来ない。ここは空気が悪過ぎる」
鈴々が露骨に顔をしかめるほどの空気の悪さを睡蓮は感じない。
それは睡蓮が人間だからなのか、それとも力が弱いからなのか。どちらにしても、そんな場所でこんなことに巻き込んでつくづく申し訳ない思えてくる。
「妖怪の大将は?」
「妖気を瘴気が呑み込んでしまってる。あの人は妖気に強いけど霊力には弱いから…きっと気付かない」
睡蓮はずっと、妖怪の大将と天狗は同一人物――つまり侑だと思っていたが。今の2人の会話は、まるで別の2人の人物の話をしているようだった。
何とも不思議でならないが、今はそれを問い質している場合ではない。
「ならやっぱり、賭けに出るしかないね」
「賭け…?」
こんな状況で、一体何を賭け引きすることがあるというのだ。
「屋上に行くんだ」
その言葉に、睡蓮は思わず上を見上げてしまった。
しかし当たり前だが、ボロボロの廊下の天井が見えるだけだった。
「数十分前から感じ慣れない気配がずっとあってね。僕が無闇に顔を出すわけにもいかないから……それが何かは分からないけど。でも、長年の経験から察するにそう悪いものじゃない」
長年という言葉がこれほど似合わない声色を聞いたのは初めてだ。
一体どれぐらいの長さ何を経験したのか、聞きたくても聞く暇はないだろう。
「それがどんな存在で、睡蓮を助けてくれるかどうかは…」
「分からないよ。だから、賭けるしかない」
つまり一体何かも分からない、今のところは声だけの存在が感じている気配だけの存在に命がかかっているということだ。
行き当たりばったりというにしてもあまりに酷い状況を前に、ただ自分の愚かさを嘆くばかりだ。
「………睡華、柚生」
鈴々が声を掛けると、背中を向けていた2人がくるりと振り返った。
「あれ、遊びに行くの?」
「あらそう?じゃあ気を付けて、また後でね」
睡華はそう言いながら手を振り、鈴々が頷いたのを確認すると今度は睡蓮の方を向く。
そして、優しく微笑んだ。
「君もまたね」
またね。
その言葉に、胸が締め付けられるような感覚が込み上げる。
「……うん」
それでも、睡蓮は頷いた。
また、いつか、きっと。
会える。必ず。
「来る」
緊迫した声が響くや否や生ぬるい風が頬を掠め、込み上げる思いに浸っている場合ではなくなった。
頬を掠めたそれは一瞬で、風を感じた瞬間に今度はドウッと音を立てて突風が吹き荒れる。
「…っ」
あまりの風に一瞬目を閉じてしまうが、それでも状況を把握すべくぶち当たる風に負けじと目をこじ開ける。そして加奈子が飛んでしまわないように抱き締めつつ、隣の鈴々の服の裾を掴んだ。
「あ…お母さん……」
加奈子と鈴々を離さないようにしつつ視線を前に向けると、風に呑まれるように睡華と柚生が消えていくのが見えた。
「睡蓮、逃げる」
「……分かった」
また感情が込み上げそうになるが、やはり感傷に浸る暇は与えてくれないようだ。
鈴々に腕を引かれ向きを変えるべく体を回すと――窓の外に、とてつもなく長い足のようなものが垣間見えた。
「大丈夫。君たち兄弟は運命に強い」
そんな声を頭の上に聞きながら、睡蓮は鈴々に手を引かれ走り出した。
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mokuji
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