Long story


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「よかった」

 睡蓮の言葉を聞いて、鈴々はどこか安心したように微笑んだ。
 いつもはお茶目な狸の置物に身を隠していて表情が読めないので、表情が豊かな姿はなんとも新鮮だ。

「……それ、蓮(れん)君に言ったことあります?」

 隣で話を聞いていた柚生と呼ばれてた女性が、睡華の顔を覗き込んだ。
 この時初めてその顔をはっきりと目の当たりにして睡蓮は、驚きを隠せない。視界に写ったその顔は秋生と桜生に…それこそ、三つ子と言っても他言ではないほどに似ていた。

「ないけど…どうして?」
「いや、だって…まるで逆プロポーズですよ」

 確かに。
 まだ見ぬ子供の名前の話なんて…プロポーズに相応するといっても過言ではない。

「逆プロポーズ…そうね。どうせ夏川君にロマンチックなプロポーズなんて期待してないし、それもいいかもね」
「……そうですか」

 きっと母の言っている「夏川君」というのが自分の父なのだろう―――と、そう思いかけたその時、先程感じた違和感の正体が分かった。
 母が先程から口にしている名字だ。
 睡蓮の名字は鬼神。華蓮の名字は夏川。しかしかつては鬼神で…色々あって華蓮はその名字を変えた。睡蓮はてっきり、母方の旧姓にしたのだと思っていたが。
 先程の会話から察するに夏川は父の旧姓、つまり父は婿養子ということになる。それならば、鬼神家は母の親族ということになるが……以前華蓮は、母は元々霊的力がなかったためにいち早く悪霊に取り憑かれたと言っていた。
 しかし、今目の前にある母が何の力もないただの人間のようには思えないし――多分、違う。ならばなぜ、悪霊に取り憑かれた時の母は、その力を持っていなかったのか。
 目の前にある過去から繋がる現在は、華蓮の話とは何かが違う。それはきっと、華蓮が嘘を吐いているのではない。まだ華蓮も知らない、何かがあるということだ。
 睡蓮の頭の中を膨大な思考が一気に駆け抜ける。しかし、次の会話が耳に入った瞬間にその思考は一瞬で消え去った。

「でも…その次の子はまだ決めてないから…逆プロポーズはその後ね」
「その次って…何人兄弟にするつもりなんです?」
「最低4人」
「まじですか」

 それは、記憶データから本人が言いそうな言葉を引っ張り出してきているのだろうか。
 それとも、実際に言ったことのある言葉を呼び起こしているのだろうか。

「……これは…人工知能が想像で喋ってるの?」
「想像…という言い方をするなら、それも間違いじゃない。でももしも本人がここにいれば…同じ事を言って同じ事をすることもまた、変わらない」

 鈴々は自信があるというより、確信を得ているように力強く言い切った。
 その言葉を信じるなら、この2人はむしろ本人に似せた人工知能というよりは…完璧なコピーと言った方が正しいのかもしれない。
 そして睡蓮は鈴々の言葉をまるで疑うつもりもなく、そうするとこの2人の会話は驚きを隠せない内容となる。



「…つまり僕には…弟か妹がまだ2人いるはずだったの?」

 もしも両親がカレンに毒されていなかったら、自分は兄になっていたのだろうか。
 それこそ本当に考えたこともなかった。両親の存在よりも想像上の…もはや空想の存在に近い。

「今いないからって、未来にいないとは限らない」

 つまり、もしカレンに毒されていなくても兄弟は2人だったかもしれないし、そうではないかもしれない。
 今は両親が毒されていたとしても、今後の未来で元に戻ったら…あるいは。

「つまり…華蓮次第?」
「未確定の未来は未知数だから…」

 いないとも限らないし、いるとも限らない。
 漫画やアニメなどでよくありがちな、兄弟がいる未来もあって、いない未来もあって…所謂パラレルワールドのように、未来には無限の可能性があるといことだ。
 今の段階では、どこに進むかは分からない。


「って…こんな無駄話してる場合じゃないの」
「いや、始めたのは睡華先ぱ…」
「黙りなさい」
「はいすいません」

 初めて会う人たちを前に、よく見かける光景。なんとも、不思議な感覚だ。
 睡蓮は学校生活を一緒に過ごしているわけではないので多少ニュアンスは違うが、掛け合いとテンポはほぼ同じだ。きっと、学校では正にこのような感じなのだろうと思う。
 睡華の「トドメね」という言葉を合図に2人はほぼ同時に地面を蹴り、未だ絡まった自分の腕に悪戦苦闘している手長に飛び掛かって行った。

「……たぬくん、一応確認だけど…お母さんと一緒にいる人って、秋兄と桜お姉ちゃんのお母さん…だよね?」
「うん、そう」

 鈴々は頷いてから、視線を横に向けた。
 睡蓮もその動きにつられて視線をずらすと…腐りかけた部屋への扉と、表札がぶらさがっているのが目に入る。
 表札はすっかり朽ちていて、なんと書いてあるのかは読めないが…壁付けされているものに加えて、もうひとつ木の板で出来たものが壁付けのものに紐でぶら下げられていた。



「世の中は君たちの思ってるより遥かに狭い」

 鈴々はそう言いながら、壁に向かって手を煽った。その手の動きに合わせるように…朽ちていた扉と表札が、見る見るうちに本来の姿を取り戻していく。
 新品というには少し使い古したような後があるものの、見違えるほど綺麗になった扉。そしてそこに壁付けになっている表札には「新聞部」、ぶら下がっている表札には「心霊部」と、はっきり記されていた。


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