Long story
グラウンドには沢山の屋台が並んでいて、睡蓮たちは危うく本来の目的を忘れそうになって――忘れていた時間があった。しかし、shoehornの特別ライブ2時間前の放送と共に侑がステージに顔を出したことで自分達の本来の目的を思い出す。
侑がステージに上がり予定にないトークショーを始めたことでグラウンドに大量の人が押し寄せ、睡蓮たちは逃げるようにグラウンドを後にした。
そして現在。
パンフレットを見つつどこに行こうかと迷いながら、フラフラと構内を歩き回っている。
しかし、保育園児かせいぜい小学校低学年までが喜びそうな子ども向けのものか、もしくは大人向けのものかばかりで…小学校高学年という中途半端な年齢の子どもがが楽しめそうなブースはあまりない。
「ねぇ、あんまりそっちの方に行かない方がいいんじゃない?」
「え?……うわ、何あれ」
加奈子に止められて顔をあげる。
歩きスマホならぬ歩きパンフレットをしていたため、自分がどういうルートで歩いているかを全く把握していなかった。
そして、あからさまにヤバそうな場所に近づいているということも。
「あそこ、前に秋が入ってすっごく怒られてたよ。私も行きたくない」
怒られた相手が誰かは言わずもがな。
そればかりか、かなり怒られたということもうなずける。
絶対に入ろうとは思わない。
多分、あそこは相当危ない。自分ですらそれが分かるのだから、本当に危ない場所なのだ。睡蓮はそう確信して、踵を返した。
「…本当にどこに行こう?メイド喫茶に行ってもメイドはいないし、迷子センターも深月と双月じゃ面白味がないし…」
「あっちはてんやわんやだし、やることなくなっちゃったね」
加奈子の言うとおり、全くすることがなくなってしまった。
近くに時計がないので今が何時か分からないが、ライブ開始まであと1時間半くらいある。お目当てのレースはその後なので…かなりの時間をもて余すことになってしまった。
「まぁでも、ライブは観ても損はないから…」
「睡蓮、走って」
「え?」
ずっと無言だった狸が、突然声を出した。
そちらに意識を集中していなかった睡蓮はその言葉がいまいち聞き取れず、視線を向けて首を傾げた。
「走って!!」
「え!?」
その声を耳にした瞬間、それはスタート合図にもなった。
狸のぬいぐるみが突然前に飛び出し、それを手にしていた睡蓮も必然的に前に飛び出す。
「た…たぬくん!?」
「早く!!」
「わぁあああっ」
前に前に進む狸に引っ張られるようにして、睡蓮は全力で走る。狸と同じく腕に抱えているぬいぐるみに入っている加奈子が声を上げるが、それを気遣う余裕はない。
どこを走っているかもわからないままに、よく分からない校舎に足を踏み入れ…まだ走る。
「たぬくん!どこまで走るの!?」
睡蓮の問いに狸は答えない。
華蓮を主を言うだけのことはある。自分の必要な時にしか人の言葉に答えないところはそっくりだ、なんて考えている場合ではない。
一体どこまで走るのかと思いながらひたすら走り抜けていると、突然始まった徒競走は同じく突然終わりを告げる。
「……ここまで」
「うわぁ!?」
突然の急ブレーキに睡蓮は全く対応できず思いきり前のめりになり――そのまますっ転げてしまった。
咄嗟に体をひねり顔面激突は免れたが、思いきり転ぶなんて滅多にないのでかなり痛い。
「痛ぁ……たぬくん、一体どうしたの?」
「……後ろ」
ぬいぐるみが睡蓮の後ろを指差す。
「――――なに、あれ」
振り向いた先。
廊下の角から…見たこともないほどに長い手が伸びてきている。
「あそこにいた。睡蓮の霊気を感じて、目を覚ましたんだと思う」
あそこ。
先ほど前にして、踵を返した場所だ。
「…幽霊…なの?」
「違う。あれは妖怪、手長」
手長。
睡蓮は聞いたことのない名前だった。
「睡蓮を食べようとしてる」
ぬっと廊下の角から覗いた顔。
にたりを笑ったその表情を前に、鳥肌が立った。
「か…かれんに……」
ポケットを探りスマホを取り出して、助けを呼ぼうとするが…こういう場合は大体お約束事態が待っている。
「圏外だよ」
狸の言葉通り、この電波だらけのご時世にスマホは見事な圏外の表示を出していた。
緊急事態に電話がかけられなければ、いくら便利なスマホだって意味がない。ガラクタと一緒だ。
「…わかってたの?」
まるで這いずるように、長い手がこちらに向かって伸びてくる。
しかしその動きはとてもゆっくりで、気持ち悪さ以外はそれほど恐怖を感じない。
「もっと早く気づければよかったんだけど…気付いた時にはもう、悪い空気に呑まれてて……でも大丈夫、主に鈴を鳴らしたから」
「…本当に?」
「うん。ただ、かなり遠くにいるから……頑張って時間を稼がないと」
家でも万能な呼び鈴ならば、外でも万能な防犯ブザーだ。
しかし、時間を稼ぐといっても睡蓮には逃げる以外の手段は持ち合わせていない。狸の優秀さに感心すると同時に、自分の浅はかさが情けなくなってくる。
「…ごめんね、巻き込んで」
以前、秋生に助けられた時のことを思い出す。あの時も悪い空気が原因で圏外で、華蓮に助けを呼ぶことが出来なかった。
目の前のことに囚われて森に飛び込んだことをあんなにも後悔したのに、懲りずにまた同じ過ちを繰り返してしまった。
どうしようもなく申し訳なくなってぬいぐるみを抱き締めながら謝ると、ぬいぐるみは首を振って「大丈夫」と力強く言った。
「そのために僕がいる」
ふわりと、ぬいぐるみが頬を撫でた。
「え…」
瞬きをする間もなく。
突然のことだった。
目の前に、ツインテールの少女。
「…た…たぬくんって…女の子だったの!?」
「えっ…ち、違うよ!これはすい…」
「すい?」
「とにかく、み、見ないで、恥ずかしい!」
何だ、この可愛らしい生き物は。
ハッとしてから両手で顔を覆うその姿は睡蓮より少し幼いようだが…その可愛さ足るや、一体どこに恥ずかしがる要素があるのか分からない。
そんな可愛らしい容姿が赤いプリッツスカートに黒地のアイラブヘッド様Tシャツとは、何とも言えない雰囲気を醸し出している。
「ねぇ、来てるよ!逃げなくていいの!?」
腕の中で加奈子が暴れるように動き、睡蓮は狸から廊下の先へと視線を移した。
スローモーションのようにゆっくりと動いている巨大な手が、もうすぐそこまで来ていた。
「た、たぬくん…どうするの?」
「助けてもらう」
「え…?誰に……?」
今しがた、華蓮はまだ遠くにいるから時間を稼がなければならないと言っていた。
だから狸はわざわざ姿を現して、今ここにいる――ということのはずだ。
「ここにある、沢山の記憶」
狸はそう言うと、手長の方に向きを変えてしゃがみこむ。
そして、静かに両手を廊下に置いた。
「え?……うわっ!?」
どういう意味かと問おうとした瞬間。
狸を中心にそこら一体が煙に巻かれた。まるで、漫画やアニメで忍者が目眩ましの煙玉を投げつけたような…そんな情景だった。
「おお、今日はまた随分と手応えがありそうですね」
「はぁ…全く、今から予定があるっていうのに」
聞いたことのない声が、2つ。
目を凝らすと、うっすらと人陰が見える。
「そうなんです?じゃあ、急がないと」
2つの人影のうち1人が、コツンと廊下に爪先を立てた。それが合図だと言わんばかりに、徐々に煙が晴れていく。
「さっさと片付けるわよ」
「合点承知の助です」
煙の晴れた先に現れたのは。
セーラー服を身にまとった2人の女性だった。
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mokuji
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