Long story
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
きっと、桜生と春人には恥じらいという感情は存在しないのだろうなと、廊下の角から覗く睡蓮はつくづく思った。
メイド服を華麗に着こなし、やってくる客に笑顔で接客。それが天職だと言わんばかりに楽しそうだ。
「あれ、元々秋がやるんだったんでしょ?」
「うん。もし本当にやってたら、恥ずかしくって接客どころじゃなかったろうね…」
案外、恥ずかしそうにやる様が客に受けたかもしれないが。
何かの理由でそれを免れたらしい秋生は、昨日の夜は小躍りしそうなほどに上機嫌だった。
「でも、あんなに可愛かったら変なお客さんとかも寄ってきそうだよね。ちょっと怖い」
「李月が桜お姉ちゃんを危険に晒したりしないだろうし…どこかに隠れてスタンバってるのかな?」
「………あれ」
きょろきょろと辺りを見回していると、狸が廊下の外を指差した。
視線を向けると、木の枝に白い紐のようなものが巻き付いている。目を凝らすと、蛇の鱗が見えた。
「何番目?」
「一番」
「心強い用心棒だね」
睡蓮は李月の中にいる蛇たちのことをあまりよく知らない。
しかし、常にいる八都と最近は見かけることが多くなった一都とはそれなりに交流があり、一都が8匹の中でも一番過激だということは知っている。
「はーい、では今から美味しくなる魔法をかけまーす!」
「おいしくなーれ!もえもえびーむ!」
本当に、恥じらいというものを知らないのだろう。
それどころか。教室の中から漏れ出す声を聞くだけで、こっちの方が恥ずかしくなってしまう。
「もえもえびーむ…」
「変な言葉覚えなくていいから。行くよ」
「もう行くの?」
「生徒会室が総合案内と迷子センターになってるって。誰かいそうだから、覗いてみよ」
ずっと見ていると胸焼けをしてしまいそうなので、まだ来たばかりだが早々に立ち去ることにした。
踵を返して歩きだし、生徒会室に向かう。
「私とそっくりな服の人ばっかりね」
「浴衣だよ。確か、夏祭りがテーマだからって…ほら、書いてある」
パンフレットの表紙の裏に、今回の文化祭が夏祭りをテーマに執り行っていることと、それに伴って相互案内所で浴衣の無料レンタルサービスを行っていることが記されていた。
無料で貸し出しとは、金持ち学校ともなればやることも大々的だ。
「睡蓮も浴衣だったらお揃いだったのにね」
加奈子は時々、妙に可愛いことを言う。いつも喧嘩腰で生意気なくせに、そうやって憎めない態度を取る。
だから何だかんだ一緒に遊ぶし、こういう場にも誘ってしまう。あざとい妹のようだ。
「浴衣の話は昨日知ったし、もうこの服借りてたからね」
「そっか。でもせっかくだから、お揃いが……うん?」
言葉を途中で止めた加奈子が、不思議そうに首を傾げた。
「何?」
「………前にもこんな話した?」
「知らないよ。違う誰かとしたんじゃない?」
「…そっか。そうかも」
加奈子が現在住まわしてもらっている家には、沢山の霊たちが混在している。
その中には睡蓮や加奈子と同じくらいの年齢の子供も頻繁にいたりいなかったりするので、その中の誰かと似たような会話をしたのだろう。
「…主だ」
「え?」
睡蓮と加奈子の会話には口を挟まなかった狸が、ひょこっと首を伸ばす。
生徒会室と書かれた表札の下に「総合案内」と記された簡易的な札がぶら下がっていた。その入口付近に設置されている長机に、秋生が座って来客の親子に対応している。そして、入り口の扉を挟んで室内で、その扉を背もたれにゲーム機が垣間見える…多分、あれが華蓮だ。
「夏は本当にいっつもゲームばっかりだね」
「本当に学校でもずっとゲームしてるんだ…」
ここまで来るとゲームで体が出来上がっているのではないかと思えてくる。
それほどゲームばかりしていて、いよいよやるものが尽きるのではと思ってしまうが…それならばそれで、2周目3周目をするのだろう。
「先輩、バザー会場に古本って置いてましたっけ?」
「音楽室に古本専用のブースがある」
「…音楽室に古本専用のブースがありますよ。え?わたあめ?」
「第2グラウンドに屋台がある」
「…第2グラウンドに。楽しんでくださいね」
親子が礼を言って去って行くのを、秋生が笑顔で手を振って見送る。
どこからどうみても可愛らしい女子のそれだが、本人にそんなことを言うときっとまだ傷つくのだろう。
「夏が自分で喋ればいいのに…」
「華蓮が接客なんて無理だよ。秋兄は人当たりいいけど案内を一人で任せるにはちょっと不安だし…あれがベストなんじゃない?ゴーストライターならぬ、ゴースト案内人だね」
なんともバランスの取れたカップルだ。
何となく秋生に失礼なことを言った気がしないでもないが、本人が聞いているわけではないのまぁいいだろう。
「うわ――ん!」
それなりのコンビネーションで案内を進める秋生と華蓮を眺めていると、突然生徒会室の中から泣き叫ぶような声が聞こえてきた。迷子センターを兼ねているということだったので、この声は十中八九迷子の子どもだ。
秋生に気づかれないように人混みに紛れて窓を覗くと(あまり警戒しなくてもきっと気づかなそうだが)、中には世月に扮した双月と深月、それから少し離れた所に李月もいた。
「あらあら泣かないで。このお兄ちゃんが今からとーっても面白いことをしてくれるわよ」
「酷い無茶振りしてくんな」
泣き出した子どもは推定5歳くらいの少女だった。その子を前に双月が指差すと、その先の深月は顔をしかめながらそう返す。
そんなことでは絶対に子どもは泣き止まない。今すぐ春人を呼ぶべきだ。
「李月と2人で幽体離脱って一発芸くらいしなさいよ」
「やるか!」
それはちょっと見てみたい。
だが、幼い子どもに幽体離脱の芸なんて絶対に通じない。
「喧嘩したらだめだよ…」
加奈子に呆れられるなんて様はない。
深月が少し声を張ったせいで、子どもがびっくりして余計に大きな声で泣き出してしまう。
「李月、貴方お兄ちゃんでしょ。どうにかしなさい」
「誰がお兄ちゃんだ」
「その件は今後毎回やるの?いいからどうにかしなさいよ」
「………仕方ない」
まさかやるのか。幽体離脱を。
「八都、どうにかしろ」
「そんな無茶な!」
すとん、とどこからともなく八都が出てきた。
というよりも、李月に引っ張り出されたといった様子だろうか。出てきた八都は驚きの表情を浮かべて後に李月を睨むように見上げる。
「すごい!どこから出てきたの?」
「……僕はすごい魔法使いなんだ」
切り替えが早い。
おまけによくもまぁ、そんなにほいほい口から出任せが出てくるものだ。
「まほうつかい!?すごい!!」
子どもはそういうファンタジーみたいなものが大好きだ。食いつくのも無理はない。泣いていた子どもが一瞬で目を輝かせ始めたので、結果オーライであるが。
尊敬の眼差しで見られた八都は随分とご満悦のようで…これはきっと、調子に乗る予感がする。
「そうだよ。狐や鬼の子どもを出せるよ」
やはり調子に乗り出した。
「きつねがいい!」
「出てこい、きつね!……姉さん出てきてお願い」
バッと両手を広げてポーズを取って、子どもに聞こえないように小声で囁く。睡蓮の所まで声は聞こえなかったが、口の動きと嘆願するような表情からしてそうだろうと察することは簡単だった。
「……貸しじゃからの」
八都の頭の上に、狐が顔を出す。
「わーっすごい!きれいだねぇ」
「じゃろう」
「しゃ、しゃべった!!」
「魔法使いの出す狐は特別なんだ」
「そうなんだ…」
こんなに自由にさせていいのかと思うが、きっとこれくらいの子が親になんと言おうと子どものざれ言程度にしか思われないことを分かっているのだろう。
そして、幼い子どもというのは毎日が新しいことだらけなので、あっという間に古い出来事を忘れてしまうものだ。
「…鬼の子はこわくない?」
「僕の家来だから怖くなんかないよ。見たい?」
「みたい!」
「ならばその望みを叶えようとも!」
八都が両手を広げそう言う。
家来などと宣って亞希が出てくるはずもないと思っていた睡蓮だったが、八都の言葉を聞いた華蓮が静かにバットを取り出して小さく床を叩くのを見逃さなかった。
ふわりと風が舞い、華蓮にそっくりな子どもが顔を出す。
「……何のつもりだ?」
「ご主人様がお呼びだ、家来」
「ふざけるな」
亞希は鋭い視線を向けるが、華蓮はそんなことどうでもいいというようにゲームに視線を落とす。
「これが僕の家来の鬼だよ」
「鬼ってもっと赤いのかと思ってた…」
「赤も青もいる」
「そうなの?」
それは睡蓮も初耳だが。
もしかしたら、八都のように口から出任せを言っているだけかもしれない。
「弱いやつほど色で強く見せたがるものだからね。つまり普通の色の俺はこの魔法使いより強い」
「……けらいなのに?」
「家来のふりをして守ってやってるだけだ。秘密だよ」
「うん、わかった…。優しいおにさんだね」
全く上手く子どもを言いくるめるものだ。
秘密だと言い小声で話していたようだが今度は睡蓮たちにも聞こえているくらいなので、八都にも聞こえてることは明白で…思いきり顔をしかめていた。
「……楽しそうになってよかったね」
「そうだね。でも、早く親御さんが見つかればいいけど」
和やかな雰囲気だが、それでも早く家族に会えるに越したことはない。
「泣き止んだのはいいのだけれど、迷子の放送をしないといけないわね」
「八都」
「はいはい。君、名前は何て言うの?」
「えっと……」
「あ、もしかして家族から知らない人に名前は教えちゃ駄目って言われてる?ちゃんと教育がなってるんだね」
確かにそうだが、今はそこに感心してはいけないのではないだろうか。
名前を教えて貰わなければ放送ができない。
「案ずるな。そなたを危険に晒すような連中はおらぬ。…もしもそのようなものがおれば、わらわが蹴散らしてくれよう」
「狐さん…強いの?」
「家来も魔法使いも、わらわにかかれば一捻りじゃ」
妖怪というのは、誰しも自分が一番ではないと気が済まないのだろうか。
そんなことで名前を教えてもらえるのかと不思議に思うが、子どもはどうしてか納得したようで「あのね」と口を開いた。
「……みなと…だよ」
「みなと?」
八都の問いかけに、「みなと」と答えた子どもは大きく頷く。そして、再び口を開いた。
「相澤湊人(あいざわみなと)。お兄ちゃんが、この学校にいるの」
その場で全員が目を見合わせ、睡蓮も思わず加奈子と目を見合わせた。
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mokuji
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