Long story


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 ちょっと屋上に行くと言い残し騒がしい場から1人で立ち去った桜生だったが、戻って来た時にはその傍らに八都と、それから何故か飛縁魔も一緒だった。
 桜生は春人と秋生の所に駆け出し、飛縁魔もその他大勢の妖怪たちがバカ騒ぎしている所に向かうと、残った八都は一言「ただいま」と言って並べられているパイプ椅子のひとつに腰を下ろした。

「もう思春期はいいのか?」
「皆して…」

 八都は思い切り顔をしかめて「思春期なんかじゃないよ」と呟いた。
 別に思春期だろうと何だろうと、李月としてはその表現の仕方はどうでもいい。ただ、普通ではなかったことは確かだ。

「お前が職務放棄してるから、そんな風に言われるんだろ」
「僕にだって色々あるの」
「……思春期?」
「その首噛み切ってやろうか」

 幼い李月の姿のままで、目だけが爬虫類のそれになりギラリと光る。
 実際に噛みついてくることはないと思いたいが。八都には未遂とはいえ前科がかるので、これ以上からかうのはやめることにした。



「……一都が契約したのが、李月でよかったよ」

 唐突にそんなことを言い出すので、李月は訝しげな表情を浮かべるしかなかった。
 八都の視線は、少し遠くの方で馬鹿みたいに騒いでいる一都に向いている。

「急に何だ」
「違う誰かだったら、きっと…こんなことにはならなかっただろうなって」

 こんなこと、というのがどんなことか李月には分からない。
 しかし「よかった」と言っていたことから、それはきっと悪い意味ではない。


「だから…ありがとう」


 命と引き換えに、一都と契約してくれて。
 ずっと視線の先を変えないまま、とても穏やかな表情で。八都は静かに、そう言った。



「………お前、死ぬのか?」
「はぁ?」

 八都の言葉に顔をしかめながら問うと、その視線がようやく李月の方に向いた。
 その顔に、今しがた見た穏やかだった表情はもうない。

「絶対感謝の言葉なんて口にしないような奴が、急にそんなことを言い出したら大抵死ぬんだよ」

 これ以上ないほどの死亡フラグだ。
 きっと、この状態を目にしてる誰もがそう思うに違いない。
 漫画とかの世界なら確実に次号で華麗に散る。

「……今のなし」
「は?」
「全部取り消し!何だよ、李月のバーカ!」

 八都はそう声を上げて立ち上がると、李月に向かって思い切り舌を出してから走り出した。
 向かう先は、先ほどまで視線を向けていた場所だ。

「一都!僕にもちょうだい!!」
「ああ?てめぇ思春期はどうしたんだよ?」
「うるさい!いいからその酒ちょうだい!」

 一都から酒瓶を奪い取り一気に煽る。
 ほぼ満杯に入っていた瓶をあっという間に空にした八都は、一瞬だけこちらを向いて「バーカ!」と言うと、また別の酒瓶にてを伸ばした。


「素直じゃないな」

 李月の近くでずっと猫又をあやして遊んでいた華蓮が、少しだけ呆れたような視線を向けてきた。
 手にはどこから持ってきたのか、猫じゃらしのオモチャが握られている。

「…何が」
「もっと他に返す言葉もあっただろ」

 八都の感謝に対して。もっと素直に受け止めればよかったのではないかと。
 そういうことが言いたいのだろう。


「…あいつらが礼を言うなら、それは俺じゃなくて桜生だからな」

 八都の言う「こうならなかった」というのが、何を指しているのかは分からない。
 ただ、何にしても蛇たちに大きな影響を与えているのは自分ではなく桜生だと、李月は思っている。
 少なくとも、最初に契約をした時に命を約束した一都が「そんなものもういらない」と吐き捨てたのは、桜生が一緒にいたおかげだ。そして、それを皮切りに8匹はお互いの感情を共有し始め、別々の個体になった。
 だからやっぱり、こうなった今があるのは桜生のおかげだ。

「お前が桜を助けたから、あいつらも桜と一緒にいられるんだろ」
「桜生を助けるためにはあいつらの力が必要だった。それなら、自分達のおかげだ」
「面倒臭ぇな。あいつはお前に感謝してるってんだから、素直に受け取っときゃいいだろうが」

 猫又をあやす手が止まり、呆れたような視線が苛立ちのそれの変わって李月に向いた。
 大事なのは事実ではなくて八都の気持ちなとだと言いたいのだろうが、それを何でそんなに怒り口調で言われないといけないのか。

「何でお前がキレるんだよ」
「お前がいちいち難癖付けるからだろ」

 別に李月は難癖など付けているつもりはない。
 そう思うからそう言っているだけだ。

「そもそも、もしお前が亞希に急にあんなこと言われたら素直に受け取るのか?」
「無条件で住まわしてやってるのに人を半殺しにするような奴が礼なんて口にするわけないだろ」

 それこそ本当の死亡フラグだな。と華蓮は自信満々に吐き捨てた。
 しかし、李月はその最後に吐き捨てられた言葉どころか、その前の言葉も半分以上は聞いていなかった。否、聞いてはいたが右から左に流れて行ったと言った方が正しい。

「お前……」
「何だよ」
「………いや」

 華蓮の手が止まったせいで、猫又は遊んでもらえなくなったと思い走り去ってしまった。
 猫じゃらしのオモチャが役目を失い、虚しげにひらひらと揺れている。

「お前のせいで暇潰し道具がなくなったじゃねぇか」
「こんだけ妖怪がいるんだからまだいるだろ。他を探せ、他を」
「そう何匹も猫又が……おい」

 妖怪たちの中に視線を向けた華麗が、何かを見つけて指を差す。
 李月も同じように視線を向けると、八都が手当たり次第に酒を飲み漁っているのが目に入った。

「あいつ…!」

 李月はすぐさま立ち上がる。
 妖怪たちを掻き分けて八都の元に行くと、猫掴みをするように八都の服の襟を掴みあげた。

「うわ!」
「お前、飲み過ぎて二日酔いにでもなったら締め上げるからな」
「それくらい弁えてる。一都と一緒にするな」

 隣で一都が「何だと」と言うと、八都はそれに向かって舌を出した。
 しかし、過去に弁えてなくて酷い目に合ったことを李月は決して忘れてない。

「次に俺を二日酔いにしたら誰が原因だろうと全員締め上げるからな。他の奴らもよく覚えとけ」

 一都と八都だけでは済まさないと明言した途端、頭の中がざわざわとざわつくのを感じる。
 そして次の瞬間には普段は顔を見せない蛇たちが一斉に顔を出し、八都の持っていた酒瓶を根こそぎ奪って消えた。


「何だよ。大人しく菓子でも食べてろってか」

 八都を解放すると、不貞腐れたようにそう吐き捨てた。
 それを他の蛇たちが聞いていたのか、足元にバサバサとスナック菓子が落ちてくる。どうやら本当に菓子でもつまんでろと言うことらしい。


「八都」
「何だよ」

 声をかけると、落ちてきたスナック菓子の中から甘いものばかりを選んで抱え込んでいる顔がこちらを向いた。

「おかえり」

 その言葉に、八都は一瞬目を見開いてすぐにふいっと顔を背けた。
 別に何の言葉を期待していた訳でもない李月は、妖怪たちの中を抜けて元の場所に座る。すると、隣からバリッとスナック菓子の封を開らく音がした。





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