Long story


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「ああ、つい飲んじまった」

 空になった酒瓶を覗く飛縁魔は「喋るとこれだから」と言いながらコツンと瓶にデコピンをするような仕草を撮った。
 すると、酒瓶の中に水が一滴落ち…あっと言う間に満杯になった。

「すごい…お酒、作れるんですか?」
「ただの水だよ。今度こそ酔いさましさ」

 桜生の言葉に答えたながら、飛縁魔は瓶から溢れそうな水を口にする。
 確かに、酒の香りはしなかった。

「……ずっと気になってたんだけど」

 八都の視線が、飛縁魔の手にしている水の入った酒瓶に向いている。

「何だい?」
「僕の知識不足だったらごめん。飛縁魔って、一般的には火を操る妖怪って言われてると思うんだけど…」
「そうなの?」

 桜生は飛縁魔という妖怪についてあまりよく知らない。
 だからこの間助けて貰った際に水柱が出てきたことも、今の水の芸当も驚きはせど何ら不思議には思わなかった。

「うん。まぁ、一番ポピュラーなのはその美貌で男を虜にして血を吸う…とかだけど。一説には狐の妖怪で…火を操るとも言われてるんだ」
「え、飛縁魔さんて狐なんですか?」
「ああ、そうだよ」
「えっ、そうなのっ!?」
「…何でやっくんまで驚くの?」

 自分でそう口にしたのに、桜生よりも驚いているとはどういうことか。

「いや、そういう説があるってだけで…え?本当に狐なの?良狐姉さんみたいに狐になれるの?」
「そうだと言ってるだろう」
「本当に本当?」
「しつこい蛇だね」

 と、次の瞬間目の前から飛縁魔が消え。
 足元に真っ黒い狐がいた。

「ほ…本当に狐だ!すごい、もふもふ!」

 思わず抱き上げて顔を擦り寄せると、尻尾で頭を叩かれた。
 良狐とは違いその本数は1本だが、その分大きさが大きい。叩かれると、頭全体が尻尾で覆い尽くされてしまう。

「やめな、鬱陶しい」
「あ、すいませんつい」

 手を離すと、飛縁魔はいつも良狐が秋生の頭に乗るように桜生の頭に腰を据えた。
 どうやら、人間の姿に戻らずそのままでいるらしい。

「普段から狐になるんですか?」
「馬鹿を言い。思春期蛇に免じて特別だ、誰にも言うんじゃないよ」

 侑も知りやしないさ。
 飛縁魔が吐き捨てるのを聞き、桜生は思わず目を見開く。何だか宝くじを当てたような気分になって、すかさず八都に視線を向けた。

「やっくん、ナイス思春期!」
「……なんか複雑だな…」

 桜生の興奮を前に八都は苦笑いを浮かべる。
 しかし、すぐにどこか考えるような表情になって、腕組みをして桜生の頭にいる飛縁魔をまじまじと見た。

「でも、それなら尚のこと水っていうのが不思議なんだけど…僕の知識不足なだけ?」
「いや、普通は火を操る者しかいないよ」
「……つまり、突然変異ってこと?」

 八都の問いに、飛縁魔は横に首を振る。
 それからどこか懐かしそうに「昔のことさ」と言ってから話を始めた。

「まだ飛縁魔としての妖術を使えるようになる前、火の妖術を使うのが楽しくて仕方なくてね。そこら中を燃やして遊んでたんだ」
「やんちゃっ子だったんですか?」
「そりゃもう、手の付けられないくらいにね。そうは言っても燃やす場所は弁えてたけど…ある時、手が滑って水神さまの育ててた花壇を燃やしちまってね」

 本当は隣にあった竹やぶを燃やすつもりだったんだけど、と呟くが。
 それは弁えている内に入るのだろうかと疑問を抱かずにはいられない。

「それで大層怒った水神様に、火の力を根こそぎ奪われちまったんだ」

 妖怪の本来持つ力を根こそぎ奪い取るとは。
 なんとも過激な神様のように思う。

「す、すごい神様だね…」

 驚いたのは八都も同じようで、そう口にしながらを表情をひきつらせていた。

「ああ、おっかない神様さ。…それで大層叱られた後に、撒き散らすならこっちにしろと言われてこの力を与えられたんだよ」

 半分ほどなくなっていた瓶の水が、また一瞬で満杯になる。
 飛縁魔がはその水を酒を煽るように一気に飲み干してしまった。

「……それで、撒き散らしたの?」

 八都が聞くと「他にないんだから仕方ないだろう」と飛縁魔は頷きながら吐き捨てる。
 そもそも、妖術をそこかしこで使いまくらなくてもと思う桜生だったが。どれくらいの年頃の話しかは定かではないが、もしかするとそれしか遊び方を知らなかったのかもしれない。

「しばらくやっていたら、あたしが水を撒いた場所に花が咲いてね。花になんかちっとも興味がなかったのに、どうしてか綺麗に見えたんだよ」
「妖力で咲かす花は綺麗だからね。その妖力の源がひの姉さんとなると、また別段綺麗なんだろうね」

 それはまだ目覚めてないとはいえ、飛縁魔という妖怪の特性を根元に持っているからなのか。それとも八都の個人的な想像なのか。
 どちらにしても、今の飛縁魔がどんな花を咲かすのか見てみたいと思った。

「その花は…お世話したんですか?」
「水をあちこち撒き散らしたせいで、あちこちで馬鹿みたいに咲いて世話が大変だったんだよ。おまけに変な妖怪たちが綺麗なもの見たさで集まってくるもんで、その相手をしているうちに神様から神使になるよう言われて…それからはこの間話した通りさね」

 この間話した、と言われてもいつのことか。
 もしも神使の仕事について聞いた時のことなら、その話の中に飛縁魔の個人的な情報はそれほどなかったように思うが。

「そうやってずっと誰かを見守ってきたんだ…凄いことだね」
「そんなことはないさ。余計な世話を焼いて、上手くいかなかったこともある」

 それほど親しいわけではないが。
 飛縁魔が何かに失敗するところなど、想像出来ない。

「特に侑には可哀想な思いをさせた。気持ちばかり先走って、本当に守るべきものを見誤っていたんだ」
「…天狗の子は、気にしてなさそうだけど」
「ああ、まるで気にしてないように減らず口ばかり叩くんだよ。手のかかる子さね」

 狐の姿から表情は読み取れない。
 しかし、その声色と揺れる尻尾から、言葉とは裏腹に嬉しそうな感情が聞き取れた。

「これからも…そうやって見守っていくんですか?」
「いや、もう世話焼きは御免だよ」

 飛縁魔にとって、世話をすることが何よりも楽しいのだろう。
 話を聞き勝手ながらそんな風に思っていた桜生には、それは意外な答えだった。

「隠居するの?」
「ああ。あたしに似て世話焼きな娘がいてね、その子に全部押し付けてやるのさ」

 まるで寂しげもなくそう言う辺り、もう誰かを見守ることに満足したということなのだろうか。
 桜生はなぜか、心に引っかかるものを感じた。とはいえ、飛縁魔が満足しているのなら口だしすることではない。

「本当にそれでいいの?」
「どういう意味だい?」
「……いや」

 飛縁魔の言葉に、八都も何か引っかかるものを感じたのか。何か言いたそうにして、しかしそれを言葉にはせず八都は口を閉じた。




「…それなら、僕が強くなるための修行相手とかどうです?隠居の暇潰しに」

 重くなりかけた空気を切り裂くように、桜生は敢えて明るく沈黙を破った。
 その言葉に、ゆらゆら揺れていた飛縁魔の尻尾がピタリと止まる。

「それならついでに、僕が楽しく苦しむのも手伝ってね」

 桜生に続いて八都もひときわ明るい声でそう言い、飛縁魔に笑いかけた。
 すると、止まっていた尻尾がまたゆっくりと揺れ始めた。


「だから、もう世話焼きは御免だと言ってるだろう」

 そう、面倒臭そうだがどこか楽しそうに返す言葉を聞いて。
 少しだけ、心の引っ掛かりが取れたような気がした。



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