Long story


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 渦の中に見える人影が、華蓮を滅多うちにした相手だということは感覚的に分かった。
 どうやら華蓮も同じのようで、手にバットが握られている。

「大人しく聞いてりゃ、余計なこと喋りすぎなんだよ」
「僕は別にお前の味方というわけじゃないからね。問われた質問には誠心誠意答えるよ」

 どこか苛立っている様子の男に対して、子供はまるで悪びれる様子なく答えている。
 それに対して、男はどこか呆れたようにため息を吐いて頭を抱えた。その姿は、以前会った時と同じようにどこか霞がかっていてハッキリとは見えない。

「ああそうだな。お前はそういう奴だよ。ったく、どうしようもねぇな」
「どうしようもないのはお前もね。今日は1人なんだよね?それなのに顔出して、丸腰で挑むの?」

 子供の視線が、男から華蓮に向く。
 今日は1人…ということは、この前はまだほかに誰かいたということか。しかし、あの時秋生の目には華蓮とこの男しか見えなかった。

「……今日はなしだぞ。俺の力だけじゃお前をねじ伏せるのは骨が折れるからな。…いや、出来ないわけじゃないけど。あ、俺の芸術的な絵画は見たか?」

 あ、これは今確実に余計なことを言った。
 秋生は直感でそう察し、華蓮の方に視線を向ける。

「…叩き潰す」
「せっ、先輩!落ち着いて…!」

 ぶわっと、華蓮の体から赤くも黒くもある煙のようなものが立ち上ったのを見た秋生はとっさにその前に立ちはだかっっていた。
 あれは以前、保健室で秋生が危なかった時に見たそれだ。あの時に、その熱を帯びた空気を間近で感じていたから分かる。
 これはかなり本気でキレていて、このままでは今度はこのよく分からない部屋まで破壊活動が起こってしまう。

「そうやってすぐ頭に血が上るからダメなんだよ。もっと冷静に……っと!」

 華蓮に指摘している途中でバットが脳天めがけて飛んでくると、男はそれをギリギリのところで避ける。
 狙いをはずしたバットどこにぶつかるでもなく、次の瞬間にはもう華蓮の手に収まっていた。

「せ、先輩…!?」
「どうせ死にやしない」
「え?」
「今は前のように具現化はしていないみたいだからな。前も1人のようだったが、別の所で手助けをしていた奴がいたんだろ」

 華蓮はそう言いながら、男を睨む。
 なるほど、それならば子供が「今日は1人」と言っていたことも納得できる。

「ほう。頭に血が上ってるように見えて案外冷静だな」

 華蓮の言葉に、男が関心したように呟いた。
 その読みは当たっていたようだ。

「誰の子だと思ってるの?頭の出来が違うんだよ」
「誰と比べてんだよ」
「うん?」
「いけ好かねぇな」
「あ。でも、長男は母親似でとても頭がいい人だよね。いや…皆比較的母親に似ているか……」

 ふと、子供の視線がこちらに向いた。

「よかったね。みんなお母さん似で」
「え……?」


 その言葉を理解するのには、頭の回転が追い付かなかった。
 秋生が考える隙を与えまいとするように、視界の隅にあった男がすぐ目の前にいる。



「……今日はここらでお開きだな」


 ずっと、はっきりと見えなかった男の姿が。

 視界の中に、すっと映り込んだ。


 その、人物は。





「    」


 声を出したはずなのに、それは言葉にならなかった。





「今はまだ、夢の中のことだ」




 突然、視界が真っ暗になった。



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