Long story


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 秋生と春人は新聞部の部室から一番近い自販機までやってきていた。本当は購買の近くの自販機の方が種類は多いのだが、そこまで行くには何回か教室を通らなければならないので却下された。秋生はともかく春人はホームルームをさぼっていると言う状況であるため、教室を横切ることはできない。

「やっぱここの自販機ダメダメだなぁ。おしるこコールドも置いてないんだから〜」

 おしるこコールドとは、つまり冷たいおしるこのジュースだ。春人はいつもそれを好んで飲んでいるが、秋生には全く理解できない。

「あー、桃牛乳もない。おしるこはともかく、桃牛乳もないって!ジュースの王道だろうが!」

 大体、華蓮と秋生しか使っていない旧校舎の自販機よりも種類が少ないとはどういうことだ。旧校舎の自販機には、桃牛乳もあるし、確かおしるこもあったはずだ。

「どこが〜。おしることいい勝負でしょ」

 いい勝負ということはないだろう。冷たいおしるこよりは絶対に人気はあると秋生は確信していた。

「わたし、これがいい」
「加奈は飲めないだろって…アサリの味噌汁チョイスとか、どんな趣味してんの」
「加奈子ちゃんの要望?通だねぇ〜」
「興味本位だろ。てか、味噌汁があって桃牛乳ないってマジでなんなんだよ」

 と、文句を言ったところで味噌汁が桃牛乳に変わったりしない。秋生はしょうがなく違う物を買おうと見渡すが、これといって気になるものがない。

「あら、春君じゃないの」

 秋生が何を買おうか迷っていると、ふと背後から声が聞こえた。透き通った女の声だ。呼ばれたのは秋生ではなかったが、その声に違和感を覚えて振り返る。やはり、背後にいたのは大鳥高校の校章が刻まれた制服を着た女だ。
 どうして女がいるのだ。ここは、男子校ではなかったか。

「よ、世月先輩っ。…おはようございます」

 春人が明らかに動揺した。いきなり話し掛けられて動揺したという感じではない。明らかにその存在がこの人だったことに動揺している。春人は動揺を見せた後、少し間をおいて挨拶をした。それに対して女はニコリと優しい笑みを浮かべた。実に綺麗な人だ。

「おはよう。…そちらは?」
「あ…友達です」
「…柊秋生です」

 春人が“先輩”と言っていたことを思い出し、秋生は敬語で挨拶をして軽く会釈をした。

「ああ、その子が例の…。なるほど…興味を示すわけだわ」

 女は一人で納得して頷いた。一体、何が興味を示すというのか。

「はじめまして、柊君。私は大鳥世月。見た目はこんなだけれど、ちゃんとここの生徒よ」

 つまり男と言うわけだが。ふわりと笑うその表情は、とても男のそれには見えない。

「はじめまして…」

 秋生は改めて会釈した。こんな美人がいたら、絶対に学校中の噂になりそうなものだが。秋生が噂に疎いだけなのだろうか。

「ところで…今はホームルームの時間のはずだけれど、こんなところで何をしているの?」
「先輩も人のこと言えませんよ」
「私はいいのよ。如何なる行事にも参加義務はないもの」
「…さぼりです」
「あらまぁ、いい話ではないわね」

 とは言っているが、それほど“悪い”とも思っていないような表情だ。

「……大鳥先輩も、特別待遇なんですか?」

 聞いてはいるが、半ば確信していた。特別待遇でもなければ、こんな制服で堂々と廊下を歩けるわけがない。

「世月でいいわ。…あなたのことも秋生君でいいかしら?」
「あ、はい」

 こんな美人に名前で呼んでもらえるなら本望だ。とは言わない。

「ありがとう。で、質問の答えだけれど、その通りよ」
「世月先輩は、この大鳥高校を建てた大鳥グループの息子さんなんだよ」

 高校が立てられたころは大鳥財閥であった。今は大鳥グループとなっているが、日本では知らない者はいないくらいの大きい企業だ。
 息子さんと言われても、ピンとこないけれど。

「ああ、それで特別待遇なんですね」
「コネは使ってなんぼでしょう。それにどうせ使うなら、他の人が出来ないことを全力でやった方がいいでしょう」
「……なるほど」

 少し考え方がぶっ飛んでいる気がするが、言いたいことは分かる。だから、女装をしているのか。

「どうせちっとも授業なんて出ないんだから、あんまり意味を成してないと思いますけど」
「うるさいわねぇ、春君は。授業に出ると外野が五月蠅いんだもの」

 この人も男だし、周りも男だ。それでも男同士の恋愛がまかり通っている中でも、要旨は美人の方がいいということなのだろうか。それとも、秋生が侑を見て騒家でいるような感覚なのだろうか。

「秋は知らないだろうけど、世月先輩は“幻の女神”って呼ばれてて校内じゃあ有名なんだよ〜。紅先輩といい勝負なくらいにね」
「へぇ、そうなんだ…」

 それにしても、校内では有名なことを知らない前提で話されると少々辛い。実際知らなかったもんだから、なお辛い。秋生はこの学校の文化につくづくついて行けてないと痛感させられた。

「それに、あろうことかその紅侑と同じ教室なの。あの人も特別待遇で滅多に授業に出ないから、かち合わなければいいけれど。一緒になった日なんて最悪よ」

 容易に想像できる。ライブ会場張り――それ以上に騒がしくなりそうだ。

「そういえば今日はホームルーム出るって言ってたね〜」
「ああ、言ってた言ってた」

 だから、華蓮と深月はホームルームに行かず新聞部の部室でくつろいでいるのだ。その辺までは、華蓮たちの話もそれなりに耳に入ってきていた。それ以上先のことは、自分たちの話に夢中になっていたので全く耳に入ってこなかったが。

「あなたたち、紅侑と知り合いなの?」
「今日、部室に行ったらなぜかいたんですよ」
「部室?…って、新聞部の部室?」
「他にどの部室があるんですか」

 話を聞いている限り、春人と世月は結構親しい間柄にあるらしい。お互いにお互いのことをよく知っているように見受けられる。

「そう…まぁ、そうよね」

 世月は不思議そうな表情でそう答えた。その表情は心ここにあらずというか、全く別のことを考えている様子だ。

「…私、ちょっと急用ができたから行くわね」

 何かを考え込んだかと思うと、世月は唐突にそう言ってくるりと向きを変えた。スカートが翻る姿が、なんとも可憐だった。

「相変わらず唐突ですね」
「思い立ったら即行動派なのよ。…それじゃあ、秋生君。また機会があったら会いましょう」
「あ、はい」

 春人の言葉に振り返った世月は、春人と秋生に順番に視線を送った。
 秋生はそうそう機会なんてないのではないかと頷きながら思う。

「学校のことで何か困ったことがあったらすぐに春君に言うのよ。大鳥家の権力ですぐにどうにかしてあげるわ」
「世月先輩、腹黒」
「あら、それを最大限に利用しているのはどこの誰かしら?」
「そう言われると、ぐうの音も出ませんが」

 世月がクスリと笑うと、春人は押し黙った。一体この2人がどんな関係なのだろうか。

「まぁいいわ。ここで会ったのも何かの縁だし、春くんのさぼりは無効にしておいてあげる」
「やったぁ。先輩、素敵!」
「現金なんだから。…秋生君は、必要ないわよね?」
「はい、ありがとうございます」

 秋生が答えると、世月はにこりと優しい笑みを浮かべた。本当に女神のようだ。女神なんて見たことないけれど。

「じゃあ、またね。あんまりさぼっちゃだめよ」

 そう言うと、世月は秋生と春人に背を向けて歩き出した。歩いている姿も可憐で、とても男だとは思えない。他の人が出来ないことをしたいというぶっ飛んだ理由にしては、すばらしい完成度だ。

「はぁ…」

 世月が見えなくなった途端、春人が緊張の糸が切れたようにため息を吐いた。やはり、最初に見受けられた動揺は相手が世月だったからだ。

「春人、世月先輩と仲いいんだな」
「そんなでもないよ。あの人が暇なときに相手をする代わりに、新聞部で何か調べる時に情報提供してもらってるの。学校のことを調べるのに、大鳥グループの情報網以上のものはないからね」
「ふぅん」

 つまり、等価交換という条件下で関係が成立しているというわけだが。

「……何、その顔」
「春人、世月先輩のこと好きだろ」
「なっ…!」

 一瞬驚いた表情を浮かべた春人は、次にうろたえはじめ、そして結果的に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 俯いた春人はなんだか一回り小さくなったみたいで、まるで小動物のようだ。なんて可愛いんだろう、と見ていた秋生は自然と笑みがこぼれる。

「……誰にも言わないでよ」

 春人は観念したように、ボソッと呟いた。これがまた可愛らしい。

「分かった」

 こんな春人を見たのは初めてで、何もできないだろうがせめて邪魔をしないように応援したいと思った。

「……そんなに分かりやすかった?」
「超分かりやすかった」

 普段の春人を知っていれば、確実に気付く程度に。深月なんかがこの光景をみた暁には一瞬でバレてしまうだろう。

「まじか〜、うわ〜。絶対内緒だかんね!」
「うん。…春人今、超可愛い」
「はぁ!?何急に、からかわないでよ!」
「真面目に言ってんの」

 そう言うと、春人が不思議そうな表情を浮かべた。

「…秋生は、そういうんじゃないでしょ」
「うーん、それはそうだけど」

 男だらけの中で“可愛い”を探そうとすると、どうしても男の中から選抜せざるを得ない。そうなると、可愛いと感じる基準が無意識に低くなって、男でも可愛いと思えるようになるということだろう。それが慣れだ。
どうやら、少しずつ自分もこの環境に慣れてきたらしい。秋生は新しい発見に驚きつつ、納得していた。だから、基準が低くなったこの場所では恋愛に発展することも当たり前といえば当たり前かもしれない、と。

「慣れ始めると早いよ〜」
「…そんなもん?」
「そんなもん」

 春人が意味深ににやりと笑うから、秋生は何がということはないが何だか少しだけ怖くなった。

「あと、今の秋の考え方は逆もしかりだよね」
「?」
「可愛いっていう基準が低くなって恋愛に発展するなら、たとえば男の人に尊敬とか憧れのような眼差しで、あの人格好いいなぁって思うことがあるでしょ?」
「うん、ある」

 秋生が華蓮に対して抱いている感情は、正にそれに近いかもしれない。

「この環境下にいれば〜、それが回り回って恋愛感情に変わっていくこともあるよ」
「…何で」

 尊敬や憧れが恋愛感情になるなら、この世はもっと同性愛者が多いのではないだろうか。

「女子を好きになる場合、その人に対して何か他の人にはない特別な感情を抱いているわけでしょ〜。さっき言ったように尊敬や憧れの相手に対して、その憧れや尊敬は“他の人にはない特別な感情を抱いている”って点では一緒だよね?」
「うん、まぁ」
「そして、この学校には特別な感情を抱く女子がいない。そうなると、必然的に特別な感情を抱いている男子を恋愛対象にするしかないってこと。これもある種、基準が低くなってるってことでしょ〜」
「……なるほど」

 環境だ。
 やはり、男だらけと言うこの環境が全てを支配しているのだ。

「さて、今の理論を聞いて秋生君に何か思い当たることはあるかな?」
「……何だよ、急に」
「いいからはい、考えて〜。他に人には抱かないような特別な感情を抱く相手はいる?」

 春人にせかされ、秋生は腕を組んで考える。
 さきほどの春人に対しての可愛いはノーカンだ。あれはどちらかと言うとペットに対する愛情みたいなものだと秋生は確信しているからだ。
 ならば次に挙げられるのは深月だ。華蓮と対等に渡り合っている辺り尊敬するし、接していて楽しいから単純に好きだ。しかしは何と言うか、春人がそう呼んでいるように兄のような感じだ。だから、特別な感情だけど、違う。
 さて次に挙げられるのはshoehornだが、これは完全に次元の違うものだ。オタクが二次元やアイドルに恋をしているのと完全に一致。恋心としてはそうかもしれないが、現実ではない。
 そうしているうちに、挙げられる人材がなくなってきた。秋生は無意識に避けていたが、考えるべき相手がもう一人いる。


「あー、いたいた」

 秋生が最後の一人について考えようとした矢先、背後から声がして振り返った。今日はよく背後から話しかけられる日だ。

「あれ、みつ兄に夏川先輩。どうしてここに?」

 春人も秋生と同じように振り返っていて、視線の先にいる華蓮と深月を見て不思議そうに首を傾げた。不思議そうな表情をしているのは秋生も同じだ。

「お前らがあんまり遅いから、心配して見に来たんだろ」
「どうしてここの自販機はろくなものが売っていない」
「ちょっと、人が心配してましたって言ってんだから、少しくらいそれっぽいとこ見せてくんないかな」

 深月が顔をしかめて華蓮を見るが、当の華蓮はどこ吹く風。自販機に向かって深月と同じように顔をしかめている。

「おい、ここの自販機をどうにかするように言っておけ。最近やたらと新聞部には顔を出すから、今後のことを考えて早急に改善すべきだ」

 華蓮がそう言った後、秋生と春人が賛同の意を込めて頷いた。誰に言うのかは分からないが、可能ならば自販機は変えるべきだ。

「前は牛乳もあったんだけど。味噌汁がないって文句言ったら、これに変わったんだよ。味噌汁と牛乳は会社が違うから同じ自販機の中に置けないって言ってた」
「お前が味噌汁を諦めろ。元に戻せ」
「俺の部室の前の自販機をお前使用にしてたまるか」
「夏川先輩に一票!」
「右に同じ!」

 深月の言葉に再び華蓮が言い返そうとする前に、春人と秋生が立て続けに声を出した。それを聞いて、深月は2人に向かって顔をしかめた。

「何だよ、味噌汁じゃ不満だっていうのか!」
「当たり前でしょ!俺のおしるこを返せ!」
「俺も桃牛乳がいいっす!」

 3対1。深月の完全敗北である。深月はぐっと口ごもってから、はぁと溜息を吐いた。

「お前ら、いつか味噌汁に泣く時が来るからな。覚えとけ」

 まるでこてんぱんにやられた悪役みたいな台詞を吐いて、今一度溜息を吐いた。よくやっているアニメや戦隊物の悪役も、捨て台詞を吐いたあとこんな風に自販機で溜息吐きながらジュースを買っているのかもしれない。

「…で、夏が変なこと言うから話がそれたけど。お前らジュースも買わずにこんなところで何してたんだ」
「えっ」

 春人が目に見えて動揺する。これほどの動揺なら春人に関心のない華蓮でも気づくかもしれない。つまり、深月が気付かないわけがない。

「どうしてそんなに動揺するんだよ」
「……秋と、遠くの自販機まで買いに行くか考えてただけだよ。ねぇ?」
「え。…ああ、うん。どうしようかって悩んでたらこんな時間に」

 突然振られた秋生は一瞬固まるが、どうにか春人に合わせた。どうして春人が世月と会っていたことまで隠そうとするのかは不明だが、本人が隠したいならそうするしかない。しかし、全く隠せていない。嘘だということがバレバレだからだ。案の定、深月は納得できないというような表情を浮かべている。

「何隠してんだ」
「何も隠してませーん。あ、そろそろホームルーム終わるから行かなきゃ」

 とてつもなく苦しい言い訳にしか聞こえないが、逃げるが勝ちというやつか。得策とも思えないが、今の状況を打破するにはそれしかないのかもしれない。

「じゃ、じゃあ俺も一緒に行こう。shoehornの話の続きもしたいしな」
「さぁ、レッツ授業!」
「レッツshoehorn!」
「あ、おい!」

 深月の声を無視して、秋生と春人はその場から逃げ去った。後から問い詰められたらどうするのかということは、後から考えればいい。春人は頭がいいから、次に深月に会うまでにはうまい言い訳を考えているだろう。

「いいなぁ、楽しそうで」

 新聞部から大分遠ざかってそろそろ教室が見えだす頃、ふと聞こえた声に秋生は足を止めた。

「加奈、何か言った?……あれ、いない」

 加奈子に話しかけられたのかと思ったが、見渡す限り加奈子がいる気配はない。
「どうしたの〜?」
「……誰かに話しかけられた気がしたんだけど」

 秋生と春人以外に人はいない。加奈子でもない。そうなると考えられる可能性は一つだが、霊の気配もしない。

「……なんでもない、行こう」

 単なる気のせいだったのだろう。後で華蓮に相談してみればいい。秋生はそう思うことにして、止めていた足を再び動かし始めた。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫」

 なんだかとても嫌な予感がしたが、考えないようにすることにした。


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