Long story
現れた影は風を身に纏っていた。
流れてきたそれが髪を撫でたことで、風がステージ上にいる華蓮たちのところにまで影響を与えていることが分かる。
「―――ッ!!!」
巻き上がった風が目にも止まらぬ速さで収縮され、刃のように鋭くその首を狙った。しかし、侑の言葉に反応した女が間一髪の所で闇に呑まれ、その場から逃れ消える。
行き場を失った刃はそのまま檻のようになっていた木々を切り裂き、行き場のなくなっていた侑を解放した。
「……なんつー格好してんだ、お前」
解放された侑を見た深月が、上空から落ちるように下降し地に足を着きながら顔をしかめた。
同じように降りてきた侑が、羽をしまいながら同じように顔をしかめてひすいに横目を向ける。
「的は大きい方が良いからって、ひすいが」
「色んな意味で効果は抜群でしたよ」
先ほどまではばつが悪そうだったが、今は全く悪びれる様子がない。
それはきっと、この場にもう一人増えたことで風向きが変わったからだろう。
「色んな?」
「この格好の侑が気に入ったみたいで、天狗ぬらりひょんの子を成さないかって口説かれてたよ」
首を傾げた深月に侑が説明すると、深月は思いきり顔をしかめた。
「何だお前、ぬらりひょんほいほいか」
「やっ…やめてよ!気持ち悪いな!」
少し引いたように言う深月に対して、侑が声を上げ地団駄を踏む。
カツンカツンと、高い下駄が甲高い音を立てた。
「気持ち悪いとは心外ですわね」
「わぁっ!?」
「おっと」
まるで空間を移動するイリュージョンを見ているようだ。
女がどこからともなく顔を出すと、それに驚いている侑を深月が引き寄せそのまま消える。そしてまたどこからともなく姿を表す。
バンドなんてやっていないで、いっそマジシャンとして食べていけばもっと儲かるに違いない。
「指一本触れさせないって約束しちまったからな。こいつに触るんじゃねぇよ」
「…もう触られたかもよ」
「それだったらもっと妖気がこびりついてるだろ。首回りらへんまでは来たみてぇだけど…それはノーカンだな」
侑の首回りを指差すそれは、まるで見ていたのではなかと疑うほどの的確な指摘だった。
微かな残り香でどれだけ近づいたかまで分かとは、どこかの幽霊族の末裔もびっくりの妖怪アンテナだ。
「……なるほど、私たちは大きな勘違いをさせられていたということですわね」
今の出来事で、女は何かを確信したように頷いた。
どうやら、ようやく自分達が本当に狙うべき獲物を捉えることが出来たようだ。
「あいつが、ぬらりひょんを討ったのか」
「通りで…その名が広まっておらぬわけじゃの」
亞希がどこか感心したように呟いた。その頭上で、納得したように良狐が頷く。
「だから…天狗が討たれても山が焼けることがないわけか」
「……どういう意味?」
「総大将がこっちじゃなくて…あっちだからだよ」
八都はそう言いながら侑の方に向けていた首を―――深月の方に向けた。
広まるわけがない。
ぬらりひょんを討ち取ったと人間の名を述べても、戯れ言と笑われるだけだ。
「……深月先輩って、妖怪なの?」
「まぁ、そんなところだ」
デジャヴだ。
いつだったか、同じような会話をしたような気がする。桜生と李月の会話を聞きながら、華蓮は頭の片隅でそんなことを思う。
あの時は近くにいた深月が苛立ちながらそれを否定したが。
「おいコラそこ、聞こえてんぞ!俺は普通の人間だ!!」
やはりデジャヴだ。
と、華蓮は再度思った。
「…普通の、人間?」
深月の言葉に、女が反応を見せた。
「そうだよ。文句あっか」
李月の言葉に苛立っている深月は、女の問いにもそのトーンのまま返す。
「…普通の人間が、お父様を討ったと?」
「だからそうだって言ってんだろ。……え?お父様?」
一度苛立ち混じりに返して、それから首を傾げながら素っ頓狂な声を出してその視線を侑に向ける。
顔に「マジかよ」と書いてある。そう断言してもいいような、ドン引きの表情だった。
「僕も知らなかったよ」
「それで天狗のハーフってか?つまりお前がぬらりひょんほいほいなんじゃなくて、あれが天狗マニアだったってことか……」
深月は納得しつつも、どこか引いたような表情だ。
あれというのはきっと、深月が討ち取ったぬらりひょんの方のことを言っているのだろう。
「そしてその要素を娘も受け継いだってことだね」
「つまり俺が服装を変えたせいじゃないってことよ」
夕陽がそうまとめると、ひすいはちゃっかり自分の引け目を正当化している。
しかしあの女は花魁姿の侑を見て気が変わったと言っていたが…ひすいの中では、それはもうなかったことになっているのかもしれない。
「もっとマシな要素受け継げよ…いや、あれにマシな要素なんてねぇか」
深月は何かを思い出すようにそう言って、苦笑いを浮かべた。
いつか華蓮が亞希と話をした際にも、亞希はぬらりひょんのことをぼろくろに言っていた。華蓮はその姿を目にしたことはないが、本当にろくでもない妖怪だったのだろう。
「人間ごときが、お父様を愚弄するのですか」
「その人間ごときにまんまと討たれる方が悪いんだろ」
睨み付けるような視線に、深月は冷めた視線を返す。
すると…その言葉が何かの引き金であったかのよに、女の周りに木々が聳え立った。
「いいえ、いいえ!お父様が…ぬらりひょんともあろう者が、人間に討たれるなどあるわけがない……!!」
それは信じられないというよりも、信じたくないという様子だ。
しかし、そんな女の荒ぶる様子にも深月は全く同様することはない。
「なら試してみるか?」
掛かってこいと言わんばかりに、深月が挑発するように笑みを浮かべる。
すると、女は自分を落ち着かせるように息を吐いてから深月を真っ直ぐに見つめ返した。
「……正々堂々、貴方と討ち取ってみせましょう。その暁には、山の妖怪ごと焼き付くして差し上げますわ」
落ち着きを取り戻した女は、くすくすと笑った。
「そんな面倒臭ぇことしねぇで、せっかくだからそこの大所帯も使えばいいだろ」
「……大勢で一人を討ち取っても意味がないでしょう。それとも、貴方一人で私の百鬼を全滅させると…?」
「いや、まぁそれも出来ねえことはねぇけど。滅多にない機会だからな、うちの連中も遊ばせてやろうと思って」
さらっと大口を叩いているが、きっと本人はそんなこと微塵も思ってないのだろう。
そしてきっと、深月ならば本当に一人でこの大群を全滅させることもできる。
「ちょ…ちょっと、深月何言ってんの?…本気?」
「あの女討ったって、どうせ始末しなきゃいけねぇんだろ?俺らだけじゃ時間がかかるし、アイス溶けんじゃねぇか」
「あっ…アイスなんてどうでもいいでしょ!」
「どうでもよくねぇよ!…それに、アイスだけじゃなくて文化祭の準備も終わんねぇぞ」
今の今まで文化祭のことなどすっかり忘れていたが。
現時点で当初の予定よりもかなり遅れていることは明らかだ。それが、これからあの女を討って更に上の大群をとなると…文化祭の準備を再開できるのがいつになるのか分かったものではない。
「文化祭の準備が遅れるなんて冗談じゃない。深月先輩、さっさとして下さい」
とにかく文化祭一番のひすいは途端にそう言って侑を深月の方に突き出した。
双月は秋生たちにひすいを紹介する際に親友だと言っていたが、とてもそうは見えない。
「ちょっとひすい!?」
「いいから黙って妖力寄越せ」
「そんな勝手なこ―――!!」
まるで不良がかつあげをするように侑の胸ぐらを掴んだ深月が、まだ文句を言っている口を自らのそれで問答無用で塞いだ。
「っ――――…」
金色の髪が。
白く―――白く、ゆっくりと染まっていく。
否…抜けていくと言った方が正しいか。
普段は青に近いその瞳が、淡い緑色に変わる。
本人の意思とは関係なく、羽が舞う。
そこにいるのは紛れもなく。
神話に語られるような天狗そのものだ。
「…僕、この髪嫌いなのに」
解放された侑が真っ白になった髪を触りながら不満げに口を開く。
そのせいでずっと隔離され閉じ込められていら侑は、本来の自分の姿を極端に嫌っている。だから、普段は預かっている深月の妖力を使って普通の外国人らしく髪や瞳の色を変えているのだ。
「文句言うなよ。髪の色で可愛さが減るわけでもあるめぇし」
「は!?」
思わぬ発言に侑が目を見開いている横で、深月はそんな発言などしてないなように澄まして地面を見つめている。
離れたこの場所からでも、妖気が目に見えるほどに溢れているのが分かる。自分では抱えきれないその妖気は、普段は天狗の力で侑の中に抑え込まれているわけだが――こうして目にすると、改めてその凄まじさを痛感する。
「せっかくだし、派手にやるか」
深月がとん、と地面を叩いた。
するとその足元からみるみるうちに影が伸び広がっていく。
地面を飲み込むように、どこまでも、どこまでも伸びる。
「さて…」
それが見えないほど遠くに広がったころに、深月は再び地面を叩いた。
とん、と軽い音が響く。
それが合図か、地面に広がっていた影が今度は上空に伸び上がる。
無数の影が、どんどん止めどなく伸び上がり―――影の中から何十、何百という妖怪たちが沸き上がるように顔を出す。
「久々に遊ぼうぜ」
総大将の一声で、百鬼夜行のお出ましだ。
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mokuji
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