Long story


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 グラウンド、真っ黒い空からぽつらぽつらと妖怪たちが落ちてくる。華蓮と秋生がその場にやって来た時には、数名の妖怪が地に足を着いた所だった。
 大方完成したステージの片隅で、李月に隠れるように桜生と、それから世月仕様双月と春人がいる。その背後に、亞希と良狐も姿を表した。
 そして、落ちて来た客を迎えるべくステージから降り立つのは、侑とひすい、それに引きずられるようにして無理矢理連れられている夕陽の3人だ。

「秋生、仕事は順調?夏川先輩が来たからって、いちゃついてサボってない?」
「…ちょっと休憩してただけだよ」
「つまりいちゃいちゃしてたんだ。やっぱり手伝いに行かなくてよかったね」
「ああ、そうだな」

 どうやら桜生と李月は秋生の手伝いに来るつもりだったようだ。
 華蓮としては別に2人がいたところでどうということはないが、秋生は恥ずかしがってさっさと作業に戻ってしまっていただろう。それを考えると、桜生の判断は称賛に値する。
 とはいえ、ここでこうして時間をロスしている以上、この後は手伝ってもらわないといけなくなりそうだが。

「おい八都、何か動きはあったのか?」
「まだ何も。上の連中も動かないし、微塵も面白くないね」

 李月の背後にいた亞希がどこともなく話しかけると、桜生の首に蛇が姿を現した。
 ここ最近は一都ばかり出てきていたが、損ねていた機嫌が治ったのか。もしくは物珍しくて顔を出しただけかもしれない。

「力を誇示したい者というのは、無駄に話をしたがるものじゃ。あやつらが話を聞く気になるのを待っておるのじゃろう」


 良狐があやつら――と称した侑と他2人はステージから少し離れた所、降りてきた連中と対峙するようにして立ち止まった。 
 しかし、その様子はあまり話を聞こうというようには見えない。

「あー、何も見えない。僕には何も見えませんよー」
「馬鹿なこと言ってないで、しゃきっとして」

 空を見上げた夕陽が現実逃避をするように頭を抱えると、侑がそれを正すように丸まりかけた背中を叩いている。

「痛っ…ああ、嫌だなぁ……」

 やはり話を聞こうという様子ではない。というよりむしろ、話など聞きたくないという様子だ。

「牡丹に蝶」
「えっ!?うわ…っ!」

 夕陽がぶつぶつと文句を言う横で、ひすいが呟くようにそう言い手を叩く。
 すると、大量の蝶が侑の周りを取り囲んだ。

「ちょ…ひすい?何してるの?」
「余計な所に被害が及ばんように的はでかくしちょかんにゃいけんじゃろ」

 あんぐりと口を開いている夕陽に、ひすいは冷めた様子で返す。
 的はでかく。
 確かにひすいに服装を変えられた今の侑は、間違いなくここにいる誰よりも目立っている。さぁ私を狙ってくださいと、全身で宣言しているようなものだ。
 
「だからって…何で花魁?」

 花魁、正にそれだ。
 遊郭で位の高い遊女がそう呼ばれるとされるが。今の侑は、その位も上がいない程に違いない。
 赤を基調としたきらびやかな着物に、華やかな番傘。ハイヒールのような高さの下駄。鶏冠のような髪飾り。
 花魁。何度も言うが、正にそれだ。

「あっちが十二単じゃけぇ、派手さで対抗しようかと思うてね」
「ああ、なるほど」

 ひすいの言う十二単とは、空から降りてきた数名の中心にいる人物のことだろう。
 地面に着くほど髪の長い女が扇子で顔の鼻から下を覆うようにして、目だけで侑たちの方をじっと見ている。その身に纏っている何枚も重なった着物が、遠目で見ても重たそうだ。

「いや、なるほどじゃないでしょ!守らなきゃいけない僕を囮にする気!?」
「あんたを守るんは深月先輩の仕事じゃろうが」
「その深月がじゃんけんに負けてアイスの買い出し中なんだけどね…」

 なんとまぁ、絶妙なタイミングだ。

「やっぱりただの囮だよね?…ていうか、文化祭当日に来るわけでもないし、こんなことだったら山に帰ってればよかった」
「いや、ここまで大群なんて思ってなかったし、これがうちの山を荒したら流石にヤバイでしょ。ある意味こっちで正解だよ」
「普段丸投げしちょる分、山のためにしっかり働けっちゅうこといね」
「あー、そう言われるとぐうの音も出ないよ。はぁ、今度からちゃんと帰ろう……よし!」

 侑は頭を抱えながら溜め息を吐く。
 そして、そして何かを決心したように顔をあげた。



「貴方たち、随分と悠長なのね」

 頃合いを見計らったように、じっと侑たちを見ているだけだった女が声を出す。
 服装からてっきり良狐のような口調を想像していたが。どちらかというと、世月に近い口調のようだ。

「そりゃあ、不意を討って来ないことは分かってるからね。そんなことをしても、名誉挽回にはならないでしょ?」

 力を誇示するために百鬼夜行を連ねてくるのだから、寝首を狙っても意味がない。それはつまり、ここで不意討ちをしても同じということだ。
 生徒会室が半壊した時に夕陽が言っていたことを、侑は頭の片隅でも覚えていたようだ。

「うふふ、そうね。けれど、そもそも私は貴方を討つかどうかも決めかねてますのよ」

 女が笑う。
 同時に、その足元からメキメキと木が生え十二単ごとその体を持ち上げた。



「ほう、あやつも天狗の血が混じっておるのか」

 亞希の頭の上で良狐が呟くのが耳に入る。
 混ざっている――ということは、生粋の天狗ではないということか。

「こんなに大所帯で来といて、それは説得力無さすぎでしょ?」
「ですから、決めかねていると申し上げておりますでしょう」

 少しずつ、女を持ち上げた木が成長し侑たちのいる方に近寄っていく。
 しかし、3人供その場を動かない。

「自分達の総大将を討った相手に、何を決めかねるっていうのさ」
「うふふ。そう殺気立たないでくださいまし」

 とうとう侑の目の前までやってきた。
 相変わらず扇子で鼻から下を隠している女だが、目とその声色で笑っているということが想像できる。

「とても美しいですわね」
「は……?」

 唐突に呟かれた言葉に、侑が素っ頓狂な声を出した。

「貴方はとても美しい。最初にお見かけした時は気づきませんでしたが…その姿は、目を見張るほどの美しさですわね。私…美しいものがこの上なく好きなのですよ」

 侑の表情が歪む。

「私に見合うほど美しい男性というのは、これまでにお目にかかったことはありませんの。……ええ、貴方が初めてですわ」

 その言葉の真意が、何となく見えてきた。
 それは侑も同じのようで、しかめられた顔のままその視線がちらりとひすいに向く。

「…ひすいのせいだよ」
「……知らんいね」

 そう答えてはいるものの、ひすいはどこかばつが悪そうな表情を浮かべている。
 まさかこんな展開になるなんて、本人も全く予想はしていなかっただろう。もちろん、ここにいる誰も予想など出来なかっただろうが。


「ですから、決めかねておりますの」


 女はそう、同じことを繰り返す。

「討たない代わりに、僕を標本にでもするつもり?」
「うふふ。それでは意味がありませんわ」

 そもそも標本にするなら殺さなければならないし、それでは討ち取るのと何ら変わりない。
 多分、侑はなんとなくその意味を察しているが、それを考えたくはないのだろう。

「つまり、美人天狗と美人天狗で最強可愛い天狗の子を作ろうって算段だね」
「……ちょっと夕陽、余計なこと言わないで」

 まるで他人事のように――実際他人事なのだが、夕陽は面白おかしく持て囃す。
 自分が考えたくなかったことをきっぱりと言われた侑は、思いきり顔をしかめながら夕陽を睨み付けた。


「いいえ、それだけではありませんわ」

 女が消える。
 まるで闇に飲み込まれるように、その場からすうっと消えてなくなった。

「……ちょっと、まさか」

 目を見開いたのは、侑だけではない。
 ばつが悪そうな表情だったひすいも、からかうように笑っていた夕陽も、一瞬で驚愕の表情に様変わりした。


「ええ、そのまさかですわ」

 侑の背後に、すうっと影が現れる。
 息がかかるほどの距離に、女が気配もなく浮き上がるように姿を現した。

「お父様は本当に天狗がお好きなの。だから私にも…その血が受け継がれているのかしらね」

 その言葉を耳にして。
 侑がそれ以上ないほどに、顔をしかめているのが分かった。


「……お父様…ね…」


 やはり、先ほど良狐が言っていた言葉には意味があったのだ。
 侑の背後で笑みを浮かべているであろう女は、生粋な天狗ではない。

「美人天狗と美人天狗ぬらりひょんで、最強可愛い天狗ぬらりひょんってわけか」

 尚も冗談っぽく言う夕陽であったが、その表情は少しだけ焦りが滲んでいるように思えた。
 まるで、その焦りを冗談を言うことで誤魔化しているようだ。

「…冗談じゃない」
「――いいえ、冗談ではありませんわ」


 女の扇子が、侑の首にかかる。


「私が貴方を討つのに百鬼夜行を使うことは決してない。けれど、討った後は容赦はしません」

 つまり、あくまで仇を討つまでは正々堂々と一騎討ちだが、討ってしまった後は数に物を言わせて一斉に襲いかかってくるつもりというわけだ。
 きっと上空の妖怪たちは、その時が来るのを今か今かと待ちわびっているに違いない。

「選択肢は二つに一つ。今ここで私に討たれ、名誉と供に山を焼かれるか。私と供に美しい子を成し供に百鬼夜行を築くのか。私はもちろん後者を望みますが、考えるまでもないでしょう?」


 女が笑う。



 侑も、笑う。



「……いいや、違うね」

 バサッと侑の背中に羽が見えかけたと思うと、次の瞬間に女の前はもぬけの殻となっていた。
 それは目で追うことが出来ないほどに一瞬のことで、声がするまで侑の存在を捉えることができなかった。

「まず第一に、僕が討たれたとしても山が焼かれることはないよ」

 侑が人差し指を立てる。

「そして第二に、山が焼かれないなら僕が君の望む選択肢を選ぶ理由なんかない。ていうか、天狗ぬらりひょんなんて絶対御免だから」

 侑は人差し指と中指と立てながらそう言ってから、ゾッとしたように自身の肩を抱いた。

「まぁでも、僕が討たれることはないから第一以前の問題なんだけど」
「……私の気配に気づくことも出来ないというのに、随分と自信過剰ですのね」

 再び女が闇に消える。そしてまたしても侑の背後に、すうっと女が姿を現した。
 先ほどと全く同じ構図が出来上がる。違うのは、その場所が上空であるということと、侑に羽が生えているという点だけだ。

「もう逃がしはしませんわ」

 上空に飛び上がれないように木が網目のように絡まり、侑の周囲を覆っていく。
 しかし、侑は全く動じる様子はない。



「いいや、君は逃げざるを得ないよ」


 侑はそう確信している。
 だからその表情は、自信に満ちた笑顔だ。


「第三に。うちの総大将は名誉とか全然気にしないから、背後に気を付けてね」

 女の背後にすうっと影が現れたのは、侑が三本目の指を立てた瞬間だった。


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