Long story


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 ざあざあと雨が降り続く中でも、金木犀は相変わらず満開に咲き誇っていた。
 今日は鮮やかな朱色。その枝の一つに獣の姿の良狐が背中を向けて腰を下ろし、ふらふらと尻尾を揺らしている。


「……風邪引くぞ」


 声をかけると、愛らしい狐がくるりとこちらを向いた。

「まだ起きておったのか。今宵は静かな夜であるというのに」

 この土砂降りの雨を前に静か、と言えるのか疑問だが。
 いつもの大宴会に比べればこの程度の雑音は子守唄のようなものだ。

「うるせーのに慣れちゃったのかも」

 体を起こし、縁側に移動する。
 話声で桜生を起こしてしまわないように、普段はほとんど開けっぱなしである襖を閉めた。

「しかし、契の血を与えた後では体も気だるいであろう」
「意外とそうでもないよ。ちょっと疲れたかなってくらい」

 血を与えるといっても、コップ一杯の量もなかった。それほど負担になることはない。
 しかし、血を飲むというのなんだか不気味に思わなくもないが。普通ならば確実に死んでいるだろうという状態だった華蓮の傷が、瞬く間に消えていく様は実に見事だった。


「……ならばよいが」
「……うん」


 沈黙が流れる。

 普段は話題なんかなくても、適当に会話を続けられるというのに。
 今日は何も言葉が浮かばない。





「わらわには、神を救えなかった」


 そう、救いはなかった。
 まるで良狐の言葉を、その事実を誰かが分からせるのを待っていたかのように。
 天罰。
 それを与えられたかのように、雷に打たれて跡形もなく消え去った。

 ゆっくりと、良狐から感情が流れてくる。
 辛く、苦しい。そんな感情だ。


「わらわが神使であった頃に、もっと早く神の異変に気づいておれば、あるいは救えたじゃろうか?」
「……どう、かな」

 そうとも、そうでないとも。
 秋生には答えることが出来ない。

「過ぎたことを考えても仕様がないの。戻れるわけでもあるまいに」
「……戻りたいのか?」

 もしも、神を助ける道があるなら。
 良狐はその道を、迷わず進むのだろうか。

 それが叶わないから。
 良狐から感じる感情がこれほど辛く、苦しいのだろうか。


「戻れたとしたも……わらわはきっと、同じ道を進むであろうの」


 ああ、だから。
 こんなにも、辛く苦しいのか。



「考えても、仕方がないのじゃ」

 

 救えないと、分かっているから。



「……良狐」


 手を伸ばす。
 腕の中に飛び込んできた狐の頬が濡れているのは、雨か。
 
 涙か。




「生きている限り、良狐の信じた神が死ぬことはないよ」


 神に救われたその命を。

 良狐が忠誠を誓った神が、確かに神であった唯一の証だ。


 それが、せめてもの神への救いになればいいと。
 そう、願っている。



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