Long story


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 血の海。
 それ以外に今のこの場を表現する方法はない――と、秋生は感じていた。

「まだ懲りぬか修羅の鬼よ。どうしてそれが無駄だと分からないのですか?」
「ほざけ、無駄なことなど何もない。そう易々と誰もが貴様にひれ伏すと思うな!」

 神から血か吹き出す。
 もう何度目かも分からないほどに致命傷を受け、しかしその体が倒れることはない。

「それをひれ伏せさせるのが、神という存在なのです」
「っ…!」

 動けない華蓮に影響され、亞希の動きも鈍くなっているせいか。最初は華麗に避けていた神の攻撃が避けられなくなっているようだ。
 ぶつりと、亞希の腹部に大人のうで一本分ほどの太さの木が突き刺さる。その場に片膝を着く亞希は、口からもぼたぼたと血を溢していた。
 それは同時に、秋生に支えられている華蓮も同じ傷を負っているということだ。華蓮の腹部と口からも、血が滲む。
 しかし神の力によって全く動くことの出来ない華蓮は、その痛みを口にすることもなければ表情に表すこともない。
 それが余計に、秋生の心配を煽った。

 だらだらと、そこら中が血にまみれている。
 普通ならば、既に確実に3人とも息絶えているはずの血の量であるのに。それは今も増え続ける一方だ。


「さぁ、媒体ももう持たない。貴方も、もう意識を保っているのがやっとでしょう?」


 勝ち誇ったようにそう言う神は、その場から動かない。
 いや――きっと、もう動けないのだ。
 命がいくらあろうと、その傷が全て癒えるわけではないのだろう。何度となく亞希の与えた傷が体を侵している。


「それは貴様も同じだろう?その哀れな命、もう何人も残っていないはずだ」

 ゆっくりと亞希が立ち上がる。
 神を真っ直ぐに見据える視線は狂気が滲んでいるようにも見えたが、それを恐ろしいとは思わなかった。

「命など…また幾らでも奪い、喰らえばいいですよ」


 幾らでも。
 普通に食事をとるような、そんなニュアンスで。
 人間が動物の命を奪い食らい、自らの命の糧とするように。神は人間の命を奪い食らい、それを自らの命の糧とするというのか。

 
 同じだと、いうのか。




「………言っただろう?殺し尽くすと」


 亞希が笑う。



「奪うのは俺だ」



 嘲るように、笑う。



「貴様はもう、誰の命も奪えない」


 亞希がバットを振り上げる。


 次の瞬間――ふわりと、狐の尻尾が視界を掠めた。





「………もうよい」

 先程からずっと。
 人形のように動かなかった良狐が、亞希が振り上げた血塗れのバットを尻尾で掴んでいる。


「…良狐」
「亞希、もうよい。……よいのじゃ」


 どこか懇願するな良狐の声に、亞希は振り上げていたバットを静かに下ろした。
 だがその視線は、まだ納得しているという風ではない。良狐の意思を聞くために、ひとまず引いたという様子だ。

「……どうする気だ?」
「最後の命に手をかければ、そなたもただでは済まぬ。…そやつも、もう限界じゃ」

 良狐の視線が、一瞬だけ華蓮に向く。
 支えている体から僅かな鼓動と、小さい息遣いを感じる。いまにも、止まってしまいそうなほど僅かで、小さい。

「だから放っておくのか?そんなことをすれば、また妖怪が犠牲になる」

 亞希の言葉に、良狐はゆっくりと首を横に振る。
 そして、その視線を真っ直ぐ神に向けた。



「させはせぬ」

 体の中を、熱い――良狐の妖気が駆け抜けるのを感じる。
 ズバッと、地面から狐火が飛び上がった。


「ぐぁっ!?」

 そして次の瞬間には、目と鼻の先にいた神が少し離れた大樹に叩きつけられていた。その両腕を、狐火が拘束している。
 目で追うこともままならぬほどに、一瞬の出来事だった。



「良狐……何を……」
「その火が消える時、貴方の命は終わる。決して、解けることはない」


 一歩、また一歩。
 良狐は少しずつ神へ近寄って行く。


「………死に損ないの妖怪ごときの術を、神の私が破れないとでも?」
「貴方はもう神ではない」


 とても、悲しそうな声だ。



「かつて、わらわは貴方に救われた」

 良狐の感情が。
 声に滲み出る悲しみが、体に流れ込んでくる。



「紛れもなく神であった貴方に命を救われた」


 その時は確かにあったのだ。
 神の救いが、良狐に。



「しかし、貴方はもうわらわの知る神ではない。それはもう、どうにもならぬこと」



 目の前にいるものは、自らの欲に呑まれ。
 神であることを捨てた。
 




「ゆえに、貴方に神の救いはない」




 雷鳴が鳴り響く。

 突如、目の前が光に包まれ――落雷が大樹を突き刺した。



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