Long story


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 頭の中で、自分の物ではない感情が爆発しほうなほどに押し寄せている。
 今にも意識を失いそうなほどにひしめき合う感情を目の当たりにし、それでもその感情に呑み込まれないで済んでいるのは、幸か不幸か……それ以上に苦痛に感じる腕の激しい痛みのせいだ。

「そう簡単には行きませんよ」

 つい今しがた亞希に喉を裂かれたばかりの神は血まみれであるが、機能は既に再生されているようでその声は先ほど耳にした掠れたようなそれではない。
 神は自らの血にまみれたままニヤリと笑うと、両手を地面に叩きつるような動作を取った。途端に、揺れ枯れ果てた木々が亞希に向かい飛びかかっていく。


「生贄の命を対価に…、再生させているのか」

 飛びかかってくる木々を凪ぎ払いながら、亞希は低く呟いた。
 頭の中にひしめく怒りが、更に増幅する。


「ええ、その通りです。ですから…いくら私を傷つけようとも、殺すことなど出来ませんよ」

 そんな神の言葉など耳にしていないように、亞希は再びバットを振り上げ――迫る木々を前にその場から消えた。
 そして次の瞬間、神の背後にその影が見えた。

「!?…ッ…っ…がは…っ」

 ごぱっと、神の口から血が吐き出された。その背中から腹部に、バットが貫通している。
 普通ならば確実に死んでいるが、神は腹部に手を当てながらその首を背後に傾けた。



「……何度でも殺す。何十、何百の命を殺しても、貴様の命が尽きるまで」


 ずっ、と貫通していたバットを容赦なく引き抜くその様は……修羅と呼ばれるに等しいものだった。
 しかし、まだ頭の中で激しい怒りの感情がひしめいていることが、ただ命を殺すだけの修羅に堕ちた訳ではないことを意味している。



「死に損ないの鬼風情が…戯れ言を」

 ほんの数十秒の間に、腹部の傷は完全に癒えているようだった。
 苛立った声と共に枯れ木がその手に巻き付き、刃のように形成される。神が地面を蹴ると、先程の亞希と同じように一瞬でその場から消えた。

「ッ!」

 まるで瞬間移動のように背後に現れ木の刃のを振りかざした神を、亞希は寸前のところで受け止めた。
 その振動と、一撃の重さが華蓮にまで伝わってくる。

「私が…そう簡単に殺されるとでも?」
「く…っ!」

 ザクッと、地面から生えてきた枯れ木が亞希の右太もも辺りに突き刺さった。
 程なくして、華蓮も同じ場所に激しい痛みを感じる。

「っーーー…」
「せ、先輩…血が…… !」

 腕の中に顔を埋めていた秋生が声をあげる。
 密着していたことで華蓮の変化にすぐに気が付いたのだろう。その表情は驚きと、それから焦りに満ちていた。

「……ああ、分かってる。大丈夫だ」

 そう、見栄をはって言ってみたものの。
 これまで媒体である華蓮が亞希の力を借りて暴れることはあっても、亞希が自ら具現化して戦うということはなかった。
 そんなことがあるとも思っていなかったので、そうなった場合にどうなるかなど考えたこともなかったが。……まさか、これほどダイレクトに亞希の受けたダメージが自分にのし掛かってくるとは思ってもみなかった。
 普段、華蓮が怪我をしても亞希はいつも何ともなさそうにしてるというのに、こんな理不尽か話があっていいのか。


「余裕の表情ですが、修羅の鬼…貴方が人を媒体にしていることは分かっています」
「……だったらどうした?」

 先程の呪詛と今の怪我。亞希の受けたダメージが華蓮に伝わっていることを目にして、神はその事実に確信を持ったようだ。
 ちらりと向けられた視線がとても薄気味悪く、そしてどこか寒々しく感じた。


「それなら…話が早いと言うものです」



 どうっと、華蓮を目掛けて突風が吹いた。

「!」
「うわ…っ!?」

 咄嗟に秋生を突き放し、向かってきた突風を避ける。勢いでその場に転がった秋生から距離を取り、突風から追い討ちをかけるよに無数に飛んでくる枯れ木の弓矢のようなものを素早くかわしていく。しかし、流石にその全てを避けきることはかなわず、いくつかの枯れ木があちこちを掠めていった。
 バットさえあればこんなもの凪ぎはらってくれるのにと思うが――呼び寄せようにも、亞希が自分の中から出ている状態ではそれも無理だ。
 

「……人の割にはしぶといですね。大体は一瞬で串刺しですが」

 まるで、今まで何度も人間を串刺しにしたことがあるような口ぶりだ。

「だからと言って、どうということはないですが」


 視線が、合った。


「――――…」

 動けない。
 体内の四肢を動かす機能が止まってしまったかのように、全身に力が入らなくなった。
 自らの意思とは関係なく、すとんと地面に膝が着く。


「せ…先輩!?」

 秋生の声に、答えることが出来ない。
 顔を振り向かせることさえ、出来ない。

 枯れ木のこすった場所がチリチリと燃えるように痛みだし、黒い煙を立ち上らせ始めた。
 そこから全身に何かが流れ込んでくるような、奇妙な感覚に悪寒がする。

「先輩!どうしたんですか!?」

 駆け寄ってきた秋生に、今にも倒れそうになっていた体を支えられる。
 意識はハッキリとしているのに、声を出すことも出来なければ指の一本も動かない。



 ―――これが神の力です、人の子よ。



 すうっと、頭の中に声が流れ込んできた。
 チリチリとした痛みが、ズキズキと全身に響くようなものに変わる。


 ――そんな命、簡単に捻り潰すことが出来るのですよ。


 四肢だけでなく。
 体の全ての機能が停止しようとしているのが分かる。
 呼吸が浅くなる。心臓の動きが鈍くなる。


 ――私に命乞いなさい。


 ――地べたに這いつくばって、命を乞いなさい。


 もうじき、呼吸が止まる。
 鼓動も、止まる。


 思考が止まりきる前に。




 ――馬鹿だな、貴様は。




 華蓮はそう、神に告げた。




「……俺の媒体を随分と舐め腐ってるようだな」


 意識が遠退きかける中。
 亞希が容赦なく、バットを振り下ろすのが視界の片隅に見えた。



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