Long story


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 頭の中に、記憶が溢れだす。
 ずっと忘れていた、思い出したくなかった、封印されていたその記憶。

「あの、とき……」

 なぜ自分が、保健室を毛嫌いしていたのか。
 自分の頭の中を染めようとしたあの男。
 あの恐ろしい男。
 赤い恐怖。
 迫り来る恐怖の、正にその原点。

 そして、その恐怖から救ってくれたもの。
 風。
 確かに知っていた、同じだった。



「あのとき…先輩が…助けてくれたんですね……」

 あの風が吹いた後。
 そのに現れた人物を、古い記憶でも間違えるはずはない。
 だから、いつかメイド服を着て記憶を思い出しかけたときも。保健室で赤く支配されそうになった時も。
 華蓮を感じて、デジャヴのように思えたのは…自分が確かに、その風を知っていたからだ。

「秋生…お前」
「…学校が、火事の時…保健室で……」

 秋生が説明しようとすると、華蓮は驚きの表情を浮かべた。
 それから、どこか辛そうな表情を浮かべて秋生に手を伸ばす。抱き締められると、いつも守られていることを改めて実感した。

「…思い出した…のか」
「はい…でも、大丈夫です」

 頭の片隅に、恐怖はある。
 しかしもう、その恐怖に呑まれることはない。
 いつかのように、自分の気持ちに不安になることもない。


 言葉にした通りーーー大丈夫だ。


「先輩が、いてくれるので」


 華蓮が隣にいてくれる限り、決して屈することはない。
 そうはっきりと、言いきれる。



「……ああ、忌々しいですね。まるで私を裏切ったお前を見ているようで、実に忌々しい」

 鬱陶しそうに頭を振った神の視線が、良狐に向く。
 その視線を受けた良狐は、首を傾げながら顔をしかめた。


「………私が…貴方を裏切った…?」
「その通りです」

 神は大きく頷く。
 しかし良狐は、意味を理解しかねるように首を傾げたままだ。
 そしてそれは、秋生も同じだった。


「なぜ…そのようなことを…仰るのですか?」


 良狐はずっと、あの崩れそうな社で待ち続けていたのに。何をもって裏切りというのか。
 むしろ、良狐を置いていなくなった神の方がそう言われるべきではないのか。そう、思わずにはいられない。


「先程も告げたでしょう?……お前が悪いのだと」


 神の手が、良狐に伸びる。


「ーーー!!」

 その手を見た瞬間、保健室での記憶が再び脳裏にフラッシュバックしてきた。


 赤い記憶ーーー…その、全貌。


 頭の片隅から全体に広がる記憶は先程よりもより鮮明で、目の前で起こった事実を明白に脳裏に焼き付ける。


「……どうして…」


 自分に手を伸ばしていた男は、旧校舎の保健室で会ったあの男。
 そして、その背後にいた赤い誰かはーー。



「……神よ、どうして…」



 良狐も見たのだ、その記憶を。

 迫り来る男のその背後にいた、赤い人物を。



「貴方が秋生の記憶にいるのですか?」



 その問いに、神は静かにほくそ笑んだ。


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