Long story


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「う、わ…っ!」

 森の中というのは、道がはっきりしていない上に凸凹しているので足を取られやすい。
 だから、森に入ってから地面に躓くのがもう6度目であったとしても、決してドジが加速した訳ではないと主張したい。

「……もういっそ、抱えて歩いた方がいいんじゃないのか?」

 間一髪のところで華蓮に助けられ体勢を立て直していると、亞希の呆れた表情が目に入った。
 その頭の上で、良狐が大きく欠伸をこぼしている。

「抱えられておっても、あの手この手で転げ落ちるに決まっておる。被害が拡大するだけじゃ」
「いくらなんでもそれは…ないと言い切れないのが…まぁ、可愛らしくもあるか」
「限度というものがあるであろう。ここまでいくと、腹は立てど可愛らしいことなど何もないわ」

 実に失礼極まりない会話だが、言い返す言葉はない。
 ただ、さすがに抱えられいて転げ落ちるということはないはずだ。大人しく捕まっておけばいいのだから。
 そもそも、本当にそんなことになったら転げ落ちる前に心臓が爆発する。…つまり心臓が爆発した結果、捕まることも出来なくなり転げ落ちるということか?
 ……悲しいことに、良狐の言葉は正しいかもしれない。

「試してみるか?」
「い、いえ、いや!心臓が爆発しますので!」

 そして結果的に転げ落ちてしまう。
 結果が明白すぎて、とてもじゃないが試すことなんて出来ない。

「慣れないねぇ、君は」
「この間も抱えられておったではないか」
「あの時は熱でぼーっとしてから…」

 ちなみに、それでも内心は爆発寸前であった。
 それよりもっと前に、同じように熱を出して学校で抱えられた時もそうだった。
 一度おぶって貰った時は、まだ華蓮への恋愛感情を認識していなかったので大丈夫だったが、今同じことをされると確実に爆発する。

「別に嫌ならいいが、目を離した隙に転ぶなよ」
「い、嫌とかじゃなくて…うわぁ!?」

 目を離される間もない。
 しかし、今のはこれまでのドジとは少しだけ違った。

「お前な…」
「…い、今のは何かが…!」

 何もないところで躓いたのではなく、何かに足を引っ掻けたのだ。
 呆れ顔で腕を引く華蓮に、秋生は弁明の如く声を上げ地面を指差し視線を向ける。すると、先程まで先を歩いていた良狐と亞希がいつの間にかその場所を覗き込んでいた。


「……これは…」

 良狐が目を見開く。
 そして、次の瞬間に足元が煙のようなものに覆われた。

「お前たちは見るな」

 亞希に睨み付けられ、秋生は思わず一歩後退る。
 一体、何に足を躓けてしまったというのだ。それを問いたいのだが、凄まじい迫力を前に問いかける勇気がない。

「何だったんだ?」

 亞希の迫力に物怖じした秋生の代わりに、華蓮が問いかける。
 何だか恐ろしい答えが返ってきそうな気がして、秋生は思わず華蓮の腕を握っていた。



「生贄だ」 



 ぞわりと、背筋に悪寒が走った。


「それも、妖怪の生贄だ」

 煙に巻かれて見えないそれに、亞希は視線を落とす。
 その表情はどこか苦しげで、それでいて哀れむようなものだった。



「なんと…惨いことか…」

 そう呟きながら、良狐が亞希の頭から降りた。
 獣の姿のまま、顔の半分程度までが煙に巻かれてしまっている。

「…弔うか?」

 亞希の問いに、良狐は静かに頷いた。


「少し、そこで待っていてくれるかの?」

 すっと人の姿になり立ち上がった良狐が、こちらに視線を向ける。
 秋生と華蓮は、その問いに無言で頷いた。

「すまぬの」

 ふわりと風が吹く。
 煙が高く立ち上ぼり、亞希と良狐の姿が消えた。



「生贄って…神様に命を供えることですよね?」

 その言葉そのものは、現代でも多くの人が聞いたことがあるはずだ。
 秋生でさえも、何となくだがその意味を知っている。

「その多くは牛や蛙なんかの動物がほとんどだが…人身御供といって、人を生贄とすることもある」
「……人を」
「人にとって何より価値のあるものが人であり、その最も価値あるものを捧げることが最上級の奉仕…という考え方だ」

 深月情報だが、と華蓮は最後に付け加えた。
 どうやら深月は妖怪マニアというだけではなく、日本の風習などにも詳しいようだ。…妖怪を調べていると、どうしてもそういうことにも詳しくなっていくのかもしれない。

「じゃあ…、妖怪を生贄として捧げたのは妖怪なんでしょうか?」
「そもそも、正当に生贄として捧げられたのかも定かじゃないからな。それ以前に…このご時世に、生贄を捧げようと思うほどのことがあるのかも疑問だ」

 確かにそう言われてみれば。
 生贄を捧げるということは、それほどまでに何かに困っているということだ。
 遥か昔ならば、農作物の不作や水不足、さらには疫病などで貧困に陥り命の危機に面することもままあっただろうが。
 どのどれもが、今の時代にはまず直面することのない事態だ。
 




「理由など必要ないですよ」

 
 突然、背後に気配が――凄まじい悪寒がした。



「―――っ」




 赤い。



 赤く、染まる。




「秋生!」
「っ!!」


 突如聞こえた声に、振り返り。目の前に現れたものを目にした瞬間、視界が一瞬で赤く染まりかけた。
 しかし、華蓮に腕を引かれ現実に引き戻される。
 気付かないうちに、バランスを崩して倒れかけていたようだ。自分の足が地面に崩れ落ちそうになっていた。



「せ…先輩……あれ、あの人っ」
「落ち着け、大丈夫だ」


 華蓮に支えられ、体を引き寄せられる。
 見上げた先のその視線は、険しい表情で目の前に現れた人物に向いていた。

 人物―――「人」と言っていいのかも分からない。
 姿形は確かにそれだが、それ以外はとても人と称せる代物ではなかった。
 だからといって、何と表現していいかも分からない。
 その周辺に漂っている禍々しい、それは瘴気なのか、妖気なのか。それとも、全く別の何かなのか。

 
 未だかつて、こんなものを目にしたことはない。


 これほどまでに恐ろしく、そして直視するのも憚れるほどにおぞましい目の前のそれに、秋生は再び視線を向けることが出来ない。


 頭の奥底で、何かがちらついている。




 赤い。




 赤くて、恐ろしい。



「……ああ…君は…そうか」


 耳に響く声が酷く不快で、思わず華蓮にしがみつくように顔を伏せる。そのまま抱き寄せられると、頭の隅にあった何かが引いていくのを感じた。
 しかし、完全には消えない。



「安心なさい、君の記憶ではありませんよ」



 どういう、意味だろうか。



「君の脳裏に写るそれは、私が封印したあの子の記憶です」


 ―――あの子。

 一体誰のことを言っているのか。


 頭に浮かぶ、その名。



「そこにいるのでしょう?」



 その名を、呼んでしまうのか。



「良狐」


 その名を、呼んでしまったのか。

 目の前にいるそれが、ずっと待ち続けていた人物だというのか。


 もしも、本当にそうだというなら。



「―――久しいですのう、神様」



 それは、その事実は。

 決して、望んでいたものではない。


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