Long story


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「…やっぱり圏外だ」

 睡蓮と出会った時もそうだった。山奥というわけでもないのに、この森の中に入った瞬間スマホの電波が途切れたのだ。
 そのせいで睡蓮は華蓮に助けを求めることが出来ず、鬼神様に神頼みをしながら逃げ回っていた。

「元々の悪い空気と、それを抑えている飛縁魔の妖気のどちらもの作用だろうな」

 前に睡蓮はここを自殺の名所だと言っており、実際に凄まじいものを目にした。あれでも抑えられているというのなら本来はどれほど悪しき場所だというのだろうと、想像しかけてやめた。
 亞希の言葉に秋生は思わず顔をしかめながら、ポケットにスマホをしまった。


「…本当に、こんなところに神様がいるんでしょうか?」

 秋生のイメージでは、神様というのはもっと神聖な場所にいるものだと思っていた。それが、こんな禍々しい邪気の漂っている場所にいるなんて。
 良狐が「神様」と呼んだそれを目にしたのは、つい昨日のことだ。
 だから居たことは確かなのだが、それでも疑わずにはいられない。もしかして、良狐の見間違いだったのではないか、と。

「わらわが神様を見間違えることはない」

 勝手に心を読んだ良狐が、そうハッキリと言い切りながら秋生の肩に座る。
 ふらふら揺れる尻尾が時おり背中に当たるが、昨日のように震えを感じることはない。

「見間違いではなくても、通り過ぎただけという可能性も十分にあるな。その子の言う通り、こんな所に神が身を置く理由はない」
「うむ…」
「いや、多分いる」

 華蓮の言葉に、亞希は思いきり顔をしかめる。良狐は獣の姿なので表情は読めないが、揺れていた尻尾がピタリと動きを止めた。 

「なぜ言い切れる?」
「今日…多分、丑三つ時辺りだろう。深月たちが、神を見たと言っていた」

 それは多分、リビングで話していた時に言っていたのだろうが。
 秋生にはまったく覚えがないことから、既に夢の中に入った後の会話だったのだろう。

「本人たちは場所をはっきりと把握していなかったが、多分この場所だ」
「…通り過ぎるだけにしては、長居が過ぎるということか」
「そうだ」

 昨日、買い物の帰りに見かけたのは、夕方の5時辺りだった。それから丑三つ時――午前2時というと、9時間近く経過しているということになる。
 確かに、通り過ぎただけというにしては長く時間をかけすぎだ。

「俺や睡蓮みたいに…迷子になったとか?」
「あはは、そりゃあいい。案外、いい線行ってるかもね」
「馬鹿か貴様は。神様がそなたのような間抜けであるわけないであろう」

 ………流行りなのか。
 華蓮の常套文句が、ついに流行り始めたのか。
 華蓮のように良狐から罵倒された秋生は、思わずそんなことを考えてしまう。
 この間は深月が春人に向かって使っていたし、これはもしかして流行の予感なのではないかと思わずにいられない。
 しかしここ最近、華蓮がその常套文句を口にすることはあまりなくなっていた。それは本来その台詞の9割以上を受け取っていた秋生に対して滅法優しくなったからだが…。
 もしかして、本人が最近あまり口にしなくなったことで、皆がそれを欲するあまり無意識のうちに自ら口にするようになったとでもいうのか。
 いつか…久々に言われた時に、何故かときめいた記憶が呼び起こされる。それは秋生が文字通り馬鹿だからだと思っていたが。
 知らない間に、皆あの言葉に汚染されていたというのか。まさか、全員が中毒症状にでもなっていると言うのか―――。

 最初の言葉を耳にして一瞬でそんな思考回路が巡ったお陰で、その後に続いた良狐の言葉が全く頭に入ってこなかった。


「…先輩、ついにここまで来ましたね」
「は?」
「気にせんでもよい。馬鹿に拍車が掛かっておるだけじゃ」

 秋生の心を見透かしている良狐は、きっと見下したような表情をしているに違いない。
 しかし、秋生はいくら馬鹿と言われようが頭の中で巡った思考回路を訂正する気はない。
 時代は来ている。


「俺は迷子に賭けてもいいけど」
「そなたもこやつと同等じゃの。低俗な鬼め」

 今度はその見下したであろう顔が亞希に向く。
 自分で思うことではないかもしれないが、流石にそれは亞希に失礼なのではないか。


「ならどうしてこんな場所にいつまでも長居しているというんだ?」
「それは…」

 良狐が言葉に詰まる。



「……禍々しいものを隠すためかもな」



 秋生だけではない。
 亞希も良狐も、訝しげな表情で華蓮に視線を向けた。

 それが亞希ならば、それほど不思議な発言ではなかっただろう。普段から、亞希は良狐の慕う神に散々な物言いをしている。
 しかし華蓮は。
 華蓮は、よく知りもしない人物を――それも、誰かが大切に思っている相手を…訳もなく貶したりはしない。


「何を知っておる?」


 良狐が人の姿になり、立ちはだかった。
 鋭い視線が真っ直に見据えるが、華蓮がそれに怯むことはない。



「お前はどれだけ、覚悟をしている?」


 そう、華蓮が問うた。


「問うておるはわらわじゃ」

 良狐は華蓮に詰めより、その首に手をかける。
 本来なら止めるべきなのだろうが、秋生は黙ってその様子を見つめていた。亞希も隣でじっと見つめているので、多分これが正解なのだ。


「俺はお前に優しくする義理はないからな。今のは忠告だ」
「煩わしい。率直に申せ」

 妖怪特有の尖った爪が、ゆっくりと手のかかっている首に食い込む。
 しかし、それでも華蓮は微塵も動じはしなかった。


「それは自分で確かめろ」


 これ以上、何も言うつもりはないようだ。
 良狐もそれを察したのか、大人しく華蓮の首から手を離す。そしてまた狐の姿に戻ると、今度は亞希の頭の上に腰を据えた。

「いいのか?あの子がいれば、首をかっ切っても死にはしないぞ」
「そうしたところで口は開くまい」

 治ればいいという話ではない。
 既に先を歩き始めている亞希の問題発言に顔をしかめてから、秋生は華蓮へと視線を移した。

「大丈夫ですか?」
「ああ」

 華蓮は短くそう答えてから、溜め息を吐く。
 首筋にうっすらと滲んだ血をジャージで拭き取りながらも、その視線は亞希と良狐の方に向いていた。

「先輩…ありがとうございます」
「何が?」

 妖怪たちに向いていた視線が、秋生に移る。
 その表情は、感謝の意味を理解していないというそれだった。


「良狐を、心配してくれて」


 華蓮は優しくする義理はないと言ったが。
 本当に優しくないのなら。
 わざわざ相手を逆撫でし、自分に害が及ぶかもしれない忠告なんてしないだろう。
 だから、良狐に向けた言葉に込められたそれは、きっと優しさに違いない。
 秋生はそう、確信していた。



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