Long story
漆拾漆――朝焼けに見える幻か
先程食べ終わったばかりだというのに、話をしているとまたお腹が空いてくる。それも、隣で食事をしている人物がいれば尚のことだ。
「ちょっと待って、お腹空いた。…もう一回おかわりしていい?」
「好きにしろ」
「またおかず作りましょうか?」
「いや、深月の貰うから大丈夫」
「ふざけんなやらねぇぞ。どんだけ食うんだお前」
「仕方ないでしょ。お腹空くんだから」
夕陽のベースは人の方であるが、なぜか胃袋に関しては巨大な狼の方に寄っていて大量の食事を必要とする。
だから、人が食べる程度の量など一瞬の満足にすぎない。またすぐに空腹になるので、そうならないためには最初から大量摂取が不可欠だ。
「…作りますよ」
苦笑いを浮かべた秋生が立ち上がってキッチンに向かう。
横を通りすぎて行く際、前にひすいが食事のお返しとして渡した簪が光るのが目に入った。
「ありがとう。でも、僕にはひすいみたいにお返しできるものもないから申し訳なくなってくるね」
「だったら遠慮して、さっさと続きを話してくれない?」
「そのための腹ごしらえなんだよ。ていうか、侑のために喋ってるんだから侑 がお返ししてあげてよ」
もしくは深月の代わりに喋ってるともいえるので、深月が代わりに何か返すということでもいい。
とにかくどちらにしても、秋生のことをあまり知らない夕陽よりはいいに決まっている。
「そんなの自分で考えなよ。秋生くんはなっちゃんに関するものなら何でも喜ぶから。head様でも可」
「え、そんなのでいいの?じゃあ、夏くんの小さい頃の隠し撮り写真とかあるけど、いる?」
「え!?」
ちょうどおかずを作って持ってきてくれた秋生に問うと、一瞬で目が耀いた。どうやら、夕陽でも秋生を喜ばせることができそうだ。
「待て、どういうことだ?」
「別に夏くんだけじゃないから、そのバットしまって。深月も侑もふーちゃんもいなくなる前のいつくんも、全員分ちゃんとあるんだよ」
「え、僕たちまで?」
「何やってんだお前」
別に夕陽に隠し撮りの趣味があるわけではない。
いつだったか突然やって来た世月に、いつか誰かが有名人になったときに高く売り捌くため隠し撮りをしたいから手伝ってくれと言われたのだ。
本人は常に一緒にいるので撮ることはできないが、夕陽が彼らと遊ぶことはなかった上に全員の素性も知っている丁度よい人材だったのだろう。
「結局、皆が有名になる前に死んじゃったから使い道はなくなっけどね。捨てるのも勿体ないかなと思って取ってあるんだ」
李月を除き、まさか全員が有名人になるなんて思ってもみなかったが。
とはいえ、夕陽は別に金儲けをしたいわけでもないのでただ保管しているだけだ。捨てるのが勿体ないというのは、それまでの自分の苦労を思ってに過ぎない。
「そんなものすぐ捨てろ」
「いやいや、今せっかく使い道が出来たところなのにそんな殺生な。今度フォトブックにしてあげるね、沢山あるから」
「小さい先輩が沢山…!」
「そう言えば、あの子が死んでからやめちゃったけど、shoehornの初御披露目は撮ってるよ。それもいる?」
あれは確か、侑の姿を山の皆に見せてあげようと思って撮ったのだ。
それが思いの外好評で、今でもCDやライブのDVDが出ると必ず届けている。本人たちには絶対に内緒だが、山の連中にもshoehornのファンは多い。
「初御披露目って…幻の、文化祭の……!」
「うん、それそれ」
「あなたが神か!!」
まさかここまでとは。
その勢いの凄さに苦笑いを浮かべる他ない。
「秋生くんほんと、Head様大好きだよね」
「もちろんです。数多くのファンの中でも俺が一番好きですからね」
秋生は自信満々に言い切る。
しかし、ファンというのは決まって誰でもそう言うのものだ。
「夏とどっちが好きなんだ?」
「そりゃ先輩の方が好きに決まってるじゃないですか」
「あ、それは即答なんだ」
どっちも華蓮なのだからどっちがどっちというわけでもないのだが。
同一人物だからこそ、一瞬で答えてしまうのがまた意外だった。
「Head様はなんていうか、もう好きが上り詰めてますからね。誰より好きですけど、これ以上は好きになりようがないです。でも、先輩は毎日鰻登りですから、このまま一生上がり続けてそのうちストーカーになります」
最後の最後でとんでも発言が飛び出した。
一体どう湾曲すればそんな結末をどや顔で話すようになるのか、皆目検討も付かない。
「凄いのろけてきたと思ったら急に犯罪予備軍って、ぶっ飛びすぎでしょ」
「馬鹿なだけだ、気にするな」
当の本人がそんなことでいいのか。
もし本当にストーカーになったらどうするつもりなのだろうか。
そもそも、ストーカーの定義とは何だろう。現在進行形の恋人同士でも成立するのか。
「夏は平然としすぎだろ、ちょっとくらい気にしろよ」
「いつも言ってるからな。馬鹿は治らん」
「馬鹿は治らなくても、ストーカーはできますよ!絶対につきまといますからね!」
仮に出来たとしても。
そんなに高らかに宣言することではないし、実際に行ってはいけない。
「その前に俺が離さない」
「えっ、な…っ、そんな急に!」
何の躊躇もなくストーカーするほど好きだと公言出来るのに、その程度のことを言われただけで沸騰するほど赤くなるとはどういうことだ。
全く謎な思考回路すぎる。
「秋生くんも慣れないねぇ。いつもはもっとラブラブしてるって聞いたけど」
「え、そうなの?」
これくらいのことで茹で蛸状態なのに、これ以上いちゃつくことなんて出来るのか。
不思議に思って夕陽が問うと、侑はなぜか物足りなさそうな顔で頷いた。
「って、桜生ちゃんは言ってたけどね。夜はラブラブ率が高いって聞いたから、なっちゃんも呼びつけたんだけど」
「これで?」
「いや、口振り的にはそんな感じじゃなかったよ。でしょ?」
「さぁな」
侑の質問に華蓮は素っ気なく返す。否定しないところを見る限り、もしかしたら普段は本当にラブラブなのかもしれない。
ただ、侑の前でそんなの見せても百害あって一理なしだ。華蓮もそれを分かっているに違いない。
「何でもいいけど、俺は風呂入って来るからさっさと終わらせとけよ。ごちそうさま」
「自分のことなのに丸投げだなぁ。まぁ、沢山食べちゃったからには、最後まで任務を遂行しましょうか」
「任務って言うほどのことか」
「うるさいな。もうさっさと行って、しっし」
追い払うように言うと、深月は「お前の家じゃねぇぞ」と顔をしかめる。しかし、それに対し「お前の家でもない」と華蓮にキッパリ言われてしまい、返すこと言葉なくそのままリビングを後にする。
それを見送った夕陽は、出されたおかずお供にご飯5杯を美味しくいただき(流石に食べすぎを自負してるので今度米を持ってくるつもりだ)、満足したところで話を再開することにした。
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mokuji
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