Long story


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「本当にやるの?」

 こうなってしまった深月が引かないことは分かっている。しかし、もしかしたらもしかするかもしれないと最後にもう一度だけ確かめてみた。

「当たり前だろ」
「…そう言うなら止めないけど、せめて侑を呼んだら?無能じゃないって言っても、どこまで有能かも分からないんでしょ?」

 やはり全く引く気のない深月に、夕陽はせめてもの妥協案を提示する。羽が出せたからといって、他の全てが使えるとも限らない。それならば、確実に使える本人を呼ぶのが一番だ。

「冗談じゃねぇ。…ああ、遅くなるって連絡しとこ。何て送るかな」

 夕陽の言葉に嫌そうに吐き捨てた深月は、そう言いながらポケットからスマホを取り出した。どうやら、遅くなる理由を適当にでっち上げるらしい。

「本当のこと言った方がいいに一票」
「却下」

 本当のことを言えば、間違いなく侑は来る。だから深月は嘘を吐くのだ。
 確かに、捲き込みたくないという気持ちは分からなくもない。だから、深月が自分だけで大丈夫だと言うなら、夕陽はそれ以上何も言わないことにした。

「言っとくけど、この瘴気の中じゃ僕はほとんど役立たずだからね」
「お前の相手はあっちだ」
「…はぁ!?」

 深月が指差す方を見て、夕陽は思いきり顔をしかめた。今、どうして自分が役に立たないかということを全く聞いていなかったのだろうか。

「俺の邪魔しねぇように気ぃ引いとくだけでいいから」
「いやいや、そんな無茶な!」
「帰る分の妖気もちゃんと残しとけよ」
「自分勝手す……ちょっと深月!」

 夕陽がの言葉が終わるのを待たず、深月は羽を咥えて飛び上がる。
 名を呼ぼうと、振り替える素振りも見せない。

「もー!」

 今日の貸しは恋愛相談くらいでは終わらせない。少なくとも次の映画代は奢らせる。
 夕陽はそう心に決め、仕方なく気持ちの悪い瘴気の根元に向いた。


「ごめんね、標的じゃない僕が君の相手なんだって。まぁでも、あの蜘蛛を狩り終わったら相手してくれるだろうから、それまでは本気を出さずお手柔らかに頼むよ」

 それは切実な願いだった。
 多分、深月は絡新婦を狩り終わったらすぐに逃げ出すつもりだろう。しかし、こうでも言って少しでも手加減をしてもわないと、夕陽としては堪ったものではない。

「終わったらぁ…?あんな何の力もない人間に、真由美が殺られるってぇぇ…?」
「何の力もないっていうのはどうかな?君が強く認識出来るのは、霊力だけなんじゃない?」
「へぇ、それはどういう意味?」

 突然、口調が変わった。
 さきほどまでねっとりと喉に張り付いたようなものだったのが、はっきりとしたものになる。しかし、相変わらずその声質はどこか薄気味悪いものだ。



「ぎぃやぁああ!!」

 汚ならしい老婆の悲鳴のような叫びが聞こえ、夕陽は思わず振り返る。
 すると、先ほどまで8本あった蜘蛛の足が6本に減っていた。足の付け根から緑色の血と、妖気がだらだらと流れ出している。
 この部屋はなんということか、前を見ても後ろを見ても気持ち悪いものばかりだ。

「チッ、やっぱり威力が大したことねぇな」

 苛立ったように吐き捨てる深月は、片手に持っていた巨大な足をその場に投げ捨てた。よくもまぁ、あんなもの抵抗なく素手で触れるものだ。

「ぐ、ぎ…よくも……私の、足をぉ…」

 残った6本の腕のいくつかに、半透明の長い棒のようなものーー巨大は氷柱が突き刺さっていた。立ち上っている煙のようなものは冷気だろう。
 普段ならそこから骨の髄まで凍らせてしまうところ、突き刺さっている氷柱はもう既に溶け始めているようだ。


「………どうなってるんだ?」

 不思議そうに首をかしげているカレンだが、絡新婦が苦しそうにもがいているというのに全く心配する様子はない。
 こんな大妖怪ですら、手駒のひとつでしかないのか。

「安心しろ。次はちゃんと全部千切ってやる」
「ふざ…けるなぁ…ッ!」

 深月の煽りに苛立った絡新婦が、口から息を吹いた。吐き出された妖気が糸となり無数に散らばり、深月を捕らえようとする。
 しかし、その糸が絡み付こうとした瞬間、深月は闇に呑まれるようにその場から姿を消した。
 やはり、一番強い能力なだけはあって精度がいい。その力の正体を知っている夕陽ですら、どこにいるのか見つけることはできない。

「何…?どこに行ったのよ…!」

 ここは完全に絡新婦に支配された、自分の妖気に満ちた部屋だというのに。
 姿も見えない。気配もない。戸惑うのも無理はない。

「次は熱いのをお見舞いしてやるよ!」

 絡新婦の目の前に現れた深月は、全身が炎と煙に包まれていた。

「!?…ぎえええ!熱い!熱いぃいい!!」

 燃え盛る深月に足を捕まれた絡新婦は、左右不均等な足をバタつかせながら騒ぎ立てる。
 少し前までは、奥ゆかしいお嬢様の姿だったとは到底思えない。

「雲行きが怪しくなってきたかな…」
「おっと!そうはさせないよ!」

 瘴気が一本の巨大な手のように形成され、深月に向かって延びようとする前に夕陽はそれに飛びかかった。
 狼の姿で噛みつくとすぐに千切れたが、その瘴気の不味いことといったら、言葉にできないほどだ。

「うぇええ…最悪」
「へぇ、狼の妖怪か。そこそこの妖力が……ん?妖力?ーーそうか、そういうことだったのか!」

 夕陽の姿を見たカレンが突然話を止め、そうかと思うと何かを閃いたと言わんばかりに声をあげた。
 その様子はまるで、難しいクイズが解けて喜んでいる小学生のようだ。

「霊力じゃない、妖力というわけか」
「…ご名答」

 深月の方に視線を向けながらカレンはどこか納得したように頷く。
 視線の先にいる深月は、いつのまにか絡新婦の足をほとんどもぎ取っていた。残った2本の足で必死になって巣にしがみついている姿は実に滑稽だ。

「頑張るねぇ。そんなに地面は嫌いか?」

 炎の次は、風が舞う。
 竜巻のように上り詰めた風は、鎌のように鋭く通り道に邪魔なものを全て切り裂いてしまう。
 床に叩きつけられそうになるが、それを巨大な骨の手が受け止め、胴体の部分を摘まむようにして逆さに吊し上げる。

「やめろぉ…おろせぇ……」

 糸吹けば消え、視線とは明後日の方に姿を表す。絡新婦はなすすべもなく、されるがままだ。
 ここまでくるといっそ可哀想にもなりそうだものだが、今まで殺してきた人間のことを思うとそんな気も更々なくなってしまう。

「地面は嫌いなんだろ?」
「許さない…私を、こんな目に…!殺してやる…殺してやる!!」

 びちゃっと、深月に緑の血がかかった。強力な妖気の固まりでもあるそれは、普通の人間が浴びれば猛毒以外の何物でもない。

「うわ、汚ねぇな!」

 嫌そうなにそう言うと同時に、頭上から滝のように水が流れ深月を洗った。その威力は確かにかなり小さいものだが、もはや威力の問題ではない。
 ここまでくれば、あとは一思いに止めを刺すだけだ。

「一人百鬼夜行は絶好調だね…」

 夕陽は呟きながら苦笑いを浮かべる。
 侑を呼ぶべきだと言ったが、今はその必要性を一切感じない。深月を見くびっていたわけではないが、侑のおこぼれ程度の妖気でここまで出来るとは、流石に驚きを隠せないところだ。

「そう簡単にはいかせないよ」
「え?…ーーーーッ!?」

 目の前から雪崩のように迫ってくる瘴気に、夕陽は思わず身体を反らした。少し肩に触れただけで、狼の姿が勝手に人のそれに戻ってしまう程の威力だ。
 とてもじゃないが、あんなものに噛みつくなんてことは出来なかった。



「ーー痛ぅッ!」

 深月の叫び声につられて振り返るとーー巨大な蜘蛛がいた。

「前言撤回。…いや、口にはしてないけど」

 胴体だけの無惨な姿になっていた絡新婦が、見事な巨大蜘蛛に再生されている。それもただ再生しただけでなく、先程よりも倍近い大きさになっていた。
 ぶつぶつ独り言を呟き、瘴気に当てられてくらくらする頭を振りながら、夕陽は今一度狼へと姿を変えた。

「だから侑を呼んだ方がいいって言ったんだ」

 これを期に大層反省してくれることを願うばかりだ。
 夕陽は頭の隅でそんなことを考えつつ、目の前で巨大な蜘蛛に噛みつかれている深月を助けるべく、床を蹴った。



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