Long story


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「あー、これはヤバイな。最悪だ」

 その人物の顔を確認した深月は、思わず頭を抱える。
 何となく次は自分かもしれないと予感はしていたが、まさかこんな場所でお目にかかるとは思ってもみなかった。

「何…どういうこと?あの子…いつくんと一緒にいる子だよね?……大分禍々しいけど」

 夕陽は絡新婦の下にいる人物を指差して目を見開き、その表情のまま深月に向いた。

「……あれがカレンだよ」

 深月も自分の目で見るのは初めてだ。
 夕陽の言う通り確かにベースは桜生だが、全く桜生には見えない。本体が出てきたことで深月にも見えるほどのどす黒い瘴気と、その気色悪い表情ひとつでこうも見え方が変わるものなのかと不思議なくらいだ。

「え、何それ。最悪じゃない?」
「だからそう言ってんだろ」
「ちょっと、君たちの問題に僕を巻き込まないでよ」
「んなこと俺に言うな、アイツに言え」

 深月とて別に巻き込みたくて巻き込んだわけではない。
 これ以上ないほどに迷惑そうな顔をされても困るというものだ。

「ちょっと、ラスボスさん?どうしてよりにもよって今なの?深月を殺したいなら、他にもタイミングはあったでしょ?」

 だからといって、本当に聞くのもどうかと思うが。
 確かに、言われてみれば深月は割と一人で行動することも多いし、タイミングはいくらでもあったはずだ。

「確かにぃ君からは全く力を感じないから、一番楽チンだと思ってたんだけどぉお…」

 夕陽といいカレンといい、酷い言われようだ。
 しかし、このどす黒い瘴気に今まで気づかなかったことと、目の前にしても目に見える以外の影響がないことが、それに関して言い返せることがないことをありありと示している。

「それにしてはぁ、あの子が気にする様子もないからぁあ、屋上の子みたいに何かあるのかなぁあ…と、思ってぇえ」

 あの子というのはきっと華蓮のことで、屋上の子というのは間違いなく春人のことだろう。春人が襲われた際、カレンには見えない何かによってその目論みは阻止された。そのため、同じように霊力のない深月も謎の何か――つまり世月に守られているのかと警戒していたようだ。
 しかし残念ながら、世月は全く深月を守る気などないだろう。今も双月と春人の間を行き来しているか、最近は加奈子と一緒にいることも多いと聞く。

「それでぇ、ずっと見てたのにぃ……」

 カレンはそこで、一呼吸置いた。


「全くなにもないから拍子抜けしちゃったぁああ」


 くねくねと揺れる姿が気持ち悪い。
 そして何より、馬鹿にしたように高笑いする様が腹立たしい。

「ぷっ…」
「……何で笑ってんだよ」
「だって…あんな高らかに何もないって…。完全無能認定されてるから…」

 夕陽はクスクスと笑いながら今一度「完全に無能だって」と、言う。
 目の前の敵をどうこうする前にはっ倒したやろうかと真面目に思うほど、腹立たしく感じた。

「でもぉお、もしかしたら何らかの形で天狗に護られてるかもと思ってぇ、この子を連れて来たんだぁあ」

 カレンはそう言い、絡新婦の頬を撫でた。
 これほどの妖気を垂れ流す大妖怪を相手に、まるでペットを可愛がるような扱いだ。

「カレン様が細心の注意をと仰るから…貴方が一人の時を狙うためにお父様を洗脳してこの家の養子になり、大鳥グループに取引を持ちかけるよう仕向けたのですわ」
「結果的にぃ、変なのもくっついてきちゃったけどねぇえ。まぁぁ、その程度は想定の範囲内ということにしておこうかなぁあ?」

 つまり、深月の勘繰っていた通り、最初から全て仕組まれていたということだ。
 場合によっては今日ここにやって来たのは李月だったかもしれないが、それならばまた別の機会を設ければいいだけのこと。どちらにしても、いずれはこの状況が待ち構えていたということなのだ。
 ただ、夕陽に至っては巻き込み事故以外の何者でもない。とはいえ、先程から深月に対して数々の無礼を働いているので謝る気もなければ、むしろ様を見ろくらいには思う。

「なるほど…まぁ、筋は通ってるね。でも、どうも腑に落ちないな。どうして君みたいな大妖怪が、その人に従ってるの?」

 夕陽は不思議そうに首を傾げる。
 誰かに従わなくても一人でやっていけるだろうと思うその意見には、深月も賛成だ。
 そもそも、妖怪が好き好んで誰かに従うというのは珍しい。よほどの信頼関係が築かれるか、もしくは力でねじ伏せて従わせるかの二択がほとんどだ。
 とはいえ、ごく稀に気まぐれで人間と親しくしている妖怪もいるが、それはかなり珍しい部類だ。そう考えると、華蓮やその周りの妖怪たちは珍妖怪たちばかりだ。

「あら、カレン様の魅力が分からないなんて。こんなにも完璧な方なのに、どうしてかしら?」
「はぁ、なるほど。侑の魅力をちっとも分からないのと同じってことだね」
「お前、いい加減にしねぇと絡新婦の前に狩るぞ」

 巻き込まれたことに腹を立てているのか知らないが、ここまでくると深月もそろそろ堪忍袋の尾も切れそうなところだ。
 睨み付けると、夕陽はまさかと言うような表情を浮かべる。

「ちょ、え?は?…ちょっと待って?今なんて?」
「先にてめぇを狩るぞってんだよ」

 これ以上馬鹿にしたら本当に狩ってやるぞと思いながら、深月は更に目付きを険しくする。

「そっちじゃないよ!絡新婦を狩るって言った?」
「なんだ文句あんのか」
「いや…いやいやいやいや!ごめん、ごめんって。深月は無能なんかじゃないから。侑だってひすいの次くらいに魅力的だと思うよ、本当だよ!巻き込まれたことに苛立って八つ当たりしただけだから。謝るから、冷静になって!」

 突如、夕陽は人が変わったように捲し立てる。その必死さたるや、怒り寸前だった深月が思わず後退ってしまうほどだ。
 そして、やはり夕陽は巻き込まれたことへの八つ当たりを深月にしていたということが判明した。

「落ち着け、俺は冷静だよ」
「どこが!?冷静な人は影踏みしかできないくせに、あんなデカいの狩るなんて言わないよ!」

 どうやら夕陽が焦っているのは、自分が煽ったせいで頭に血が上った深月が無謀なことをしようとしていると思っているかららしい。
 しかし、深月とてそこまで馬鹿ではない。

「お前、言ってただろ。俺がずっと侑と一緒にいるから、妖気が漏れて影響が出てんじゃねぇかって」
「……それが?」
「もし本当にそうだったとしても、影踏みしか出来ない無能だって言うか?」

 試しに足で軽く床を叩くと、影かゆっくりと上に伸びてきた。
 そして、一部分だけがぷちっと切り離され、深月がかざした手の上にふわりと落ちる。現れたのはどこからどう見ても、真っ黒い羽だ。
 無能ではないということが証明された今、目の前の大物をみすみす逃がすような真似は御免だ。これを見て尚も夕陽に反対されたとしても、強行する気は満々だった。
 

 


 と、そこまでで限界がきた。

「それで色々あって帰って来た。話は終わりだ」

 話し出すと結局食べる手は止まってしまい、一向に空腹は解消できない。
 とうとう我慢ならなくなってしまい、深月はかなり強引に話を切った。

「は?全然終わってないよ。肝心なところすっ飛ばし過ぎだよ」
「今ので大体分かったろ。いただきます」
「分かるわけないでしょ!」

 全く納得していない様子で喚く侑を無視し、深月は再度手を合わせ冷めかけている食事に手をつけ始めた。
 何度も言うが、今はとにかく腹が減って仕方がないのだ。


「……深月先輩って、妖怪なんですか?」
「ああ、そうだ」

 秋生がシュークリームにかじりつきながら問うと、華蓮は平然とした様子で頷いた。
 そのやり取りに深月はおもわず吹き出し、夕陽はケラケラと笑い声を上げた。

「おい夏!さらっとホラ吹くんじゃねぇ!」
「似たようなもんだろ」
「全然違ぇよ!俺は普通に人間だ!」

 秋生はどっちを信じていいか分からず、困り顔で華蓮と深月を交互に見ている。
 そんな秋生に向かい「俺は人間だからな」と念を押してから、深月は再び食事を再開した。

「深月が如何に人間離れしてるかについては、またの機会に夏くんに聞いてもらうとして。不満そうな侑のために僕がさっきの話の続きをしてあげよう」

 当たり前のように法螺を吹き込む華蓮に説明をさせるなどもっての他だが、目の前で沸騰せんばかりに苛立っている侑を落ち着かせる方が先だという夕陽の判断はきっと正しい。
 深月が食事を食べ進める横で、今度は夕陽の解説が始まった。


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