Long story


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 足を進めるごとに、感じる妖気が強くなっていく。
 正体がバレたことで隠す気も失せたのか、さきほどまでは甘い臭いと混ざって奇妙な臭いだった真由美からは、今はもうただ妖怪臭さしか感じない。

「こちらですわ」

 かなり大きめの部屋の前で立ち止まると、真由美は目の前の巨大な扉を開いた。その扉の大きさだけで考えると、先程の会場よりも大きい部屋のようだ。
 開かれた扉の向こうを覗くか、暗く部屋の広さすら見えない。廊下の明かりが全く室内に入り込んでいないのは、この妖気のせいだろうか。このままのこのこ入っていいものかと考えさせられる不気味さだ。

「深月!」
「げっ、夕陽……」

 背後から聞こえてきた声に振り替えると、夕陽が凄い勢いで近づいて来ているのか見えた。

「こんな瘴気の中で何してるの!?」
「瘴気?…妖気じゃなくてか?」

 やってきた夕陽は切羽詰まった様子でがなり立てる。しかし、強くなる妖気こそ感じるものの、瘴気に関しては全く何も感じない。
 深月が首を傾げると、夕陽は思い切り目を見開いた。

「はぁ!?これだけの瘴気も感じれないとかどんだけザコなの!?」
「お前…やって来た途端人をザコ呼ばわりかよ」
「そんなことどうでもいいから早く逃げないと!本当にヤバイって!」

 夕陽はそう言って深月の腕を掴んだ。
 ザコ呼ばわりをどうでもいいというのは聞き捨てならない。しかし、様子から察するにそれを指摘するよりも今は大人しく従った方がよさそうだ。


「いけませんわ」


 妖気が、増幅した。


「レディを放って帰るなんて、大鳥家の名に傷が付きますわよ」

 部屋の中に入るまでもなく、ここはもう既にこの妖怪の手の内にあったようだ。あるいは、この家そのものがテリトリーなのかもしれない。

「―――!!」

 深月と夕陽は引きずり込まれるようにして、無理矢理部屋の中に入れられた。抵抗する暇もなく、あっという間の出来事だっ。
 廊下からは暗く何も見えなかった部屋の中に、火が点る。


「ようこそ、私の要塞へ」


 引きずられて床に突っ伏していた顔を上げると、真由美の背後にその正体を現すそれが大きく掲げられていた。
 それをひけらかすように両手を広げ笑うその姿は、悪役そのものだ。先程までは臭い以外は少なくとも人間のようだったが、今は姿が人間であれとてもそうとは見えなかった。


「深月…また凄いのを見つけたもんだね」


 先程まだ怒り狂う寸前というとろまで怒っていた夕陽が、少しだけ口許に笑みを浮かべていた。
 きっと、深月も同じだろう。

「貴方たちも私の餌にして差し上げるわ」

 ミチミチと、人間の皮膚からその正体が顔を出してくる。そのグロテスクなものといったらないが、深月も夕陽も目をそらさない。
 両手足の皮から別の手足が伸び、背中からもう4本ほど手足が伸びてきた。その手足が部屋一杯に広がると、今度は胴体がぶくぶくと膨らみ身に纏っていた服と皮膚を裂いていく。背後に張り巡らされた糸、その巣に腰を落ち着け、巨大な蜘蛛の全貌が露になった。

「絡新婦…。でかいってのは知ってたが、実際に見ると凄い迫力だな」

 日本では絡新婦、雪女、妖狽妲己が美女であり、その他は皆恐ろしい顔をしていると言われている。
 しかし、深月は目の前にある蜘蛛の姿はもちろん、人間の時の姿さえそれほど美しいとは思うことはなかった。
 それこそ、身近な飛縁魔や良狐の方がよほど美しい。もちろん一番は天狗だか、それは依怙贔屓あってのことだろう。
 もしかすると、絡新婦の中には美しい者もいるのかもしれないが、何にせよ妖怪伝説というのも当てにならないものだ。

「大分殺してるみたいだし、いつもなら誉めてるところだけど…今日の深月は無能だから逃げるのもちょっとキツいでしょ」

 つい今しがた、一瞬だけ笑みを浮かべた夕陽が我に返ったようにしかめ面を向けてきた。
 腰を据えている蜘蛛の巣には、所々にミイラのようなものがぶら下がっている。人間の血を吸い尽くすと、あのような姿になってしまうのだろう。
 ミイラたちの装いは洋服から和装、武士が着るようなものと様々だ。その様子から、かなり長生きであるということと、相当昔から人を殺しているということが伺える。

「ザコの次は無能呼ばわりか。いい加減にしろよ」
「影踏みしか出来ないくせに。…それに、いるのはその蜘蛛だけじゃないんだよ。瘴気も、この中に入って増幅した」

 目の前に現れた大物に気をとられ、そんなことはすっかり忘れ去っていた。
 それに、増幅したと言われても深月は全くそれを感じとることは出来なかった。

「そんなすげぇの?」
「本当に何も感じないの?こんなに気持ち悪いのに?その妖怪アンテナ、少しくらい幽霊アンテナにシフトした方がいいよ」
「んなこと出来ねぇよ」

 気持ち悪いというなら、この妖気の中も大概だ。しかし、瘴気を感じる夕陽はもっと気持ちの悪さを感じているのだろう。
 ずっと顔をしかめたままの夕陽は、顔色も優れない。



「やっぱり君はぁ、あまり力を持っていないんだねぇえ」

 ふと聞こえた声に、視線を移す。
 絡新婦の下に、誰かいた。


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