Long story


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 やっと食事にありつけた。
 ここまでの道のりは長く険しいものだった。今この時のために生き抜いたと言っても過言ではない。
 目の前に出された夕食(時間帯的には年寄りの朝食だが)を目の前にして、深月はこれ以上ないほどに感慨深い思いを感じていた。

「で、一体何があったの?」

 手を合わせさあいただきますと言うところで、向かいにいた侑が話しかけてきた。
 帰ってきてから30分近くも待たされた原因であるこの人物に、素直に答えてやる義理はない。

「今から食うんだから邪魔すんな。いただきます」

 目の前で侑が思い切り顔をしかめるのを無視して、深月は出来たばかりの夕食に手をつけ始めた。
 そんな顔をしてところで今は1ミリも愛情を感じない。自業自得だ。

「結論から言うと、今日の会食で秋生くんの
分身に襲われたんだよ」

 もう既に食べ始めていた夕陽が、見かねて説明を始めた。それでも食べる手は一切止まる様子を見せず、器用なものだと感心する。

「えっ…?」

 食事を作り終わった秋生は、シュークリームの乗った皿を手に華蓮のいるソファに移動していた。
 体ごと振り向いたその手には、そのシュークリームが握られている。今まさに食べようとしていたのだろう。

「正確には桜生ちゃんだよ」
「同じ顔だしどっちでもいいよ。とにかく、その分身に殺されかけたの」
「えっと…あの、すいません」
「別に秋生のせいじゃねぇよ、夏のせいだ」
 
 申し訳なさそうな秋生に見かねて深月は箸を止めて声を出した。
 本当は別に華蓮のせいであるとも思ってはいないが、今は誰かに八つ当たりをしたい気分なのだ。

「夏くん、あんなヤバい歌出すからヤバイのに愛されるんだよ。ふーちゃんファンもびっくりのサイコパスっぷりだねあれは」
「そもそもあいつ人間じゃねぇからサイコパスってのはちょっと違うだろ。それに、夏が好かれたのはもっと前だし」
「あーそうだっけ?まぁ、どっちにしてもあの歌はヤバいけどね。もはやストーカー製造曲だと思うよ」

 それについては深月も多少なりとも責任がある。華蓮が歌詞を書く際に、よりやばそうな言葉をチョイスして提案したのは自分だからだ。まさか、曲がつくとあれほど危ない歌が完成するなんて思ってもみなかった。

「ちょっと、話が脱線してる」
「ああ、そうだね。…どこまで話したっけ?」
「まだ何も始まってないね」

 侑が不機嫌そうにそう言うと、夕陽は苦笑いを浮かべた。それから、茶碗のご飯を一度空にしてから秋生に許可を得た上でおかわりをよそい、再び椅子に座る。
 そして、話す準備は整ったと言わんばかりに口を開いた。

「そもそも、深月が美人の女にたぶらかされてほいほい付いて行ったのが悪いんだよ」

 それは、これ以上ないほどに悪意の籠った喋り出しだった。
 深月は思わず夕陽を睨み付け、箸をその顔の前に突き出していた。ひすいが見ていたら手を叩かれていたに違いない。

「お前もう黙れ、俺が喋る。…遡ること数う時間前のことだ」




 遡ること数時間前。
 いくつかの会社経営者の集まる会食に深月が顔を出すように言われたのは、つい数日前のことだった。
 本来、行かなくてもよっかった会食に呼ばれたその理由は実に単純だ。祖父が会食の主催者でもある、取引を予定している会社の社長に娘がいるということを知ったからだ。深月をその娘と仲良くさせて取引を円滑に進めようとういう見え見えの魂胆だった。
 そんなわけで、深月は窮屈な礼装をさせられて会食に引っ張って行かれたのだ。

「なんか、変な臭いがするね」

 会場に入ってすぐ、深月の執事として一緒に参加している夕陽が顔をしかめた。



「いやいや、待って。まずなんで当たり前のように夕陽が執事なの?」
「しばらく前に元執事が事故で仕事ができなくなったとかで、急遽要請されたんだ。恋愛相談と引き換えにね」

 せっかく話が始まったかと思えば侑が割って入る。放っておけばいいものを、夕陽が律儀に説明するものだから話が途切れてしまった。

「それがじじいにも好評だったから、今でもたまに出てきてもらってんだよ」
「あの爺さん、僕の正体が妖怪だって知ったら腰抜かすだろうね」
「僕はダメで夕陽はよくて、クラスも映画も一緒で本当に何なの?これじゃあ夕陽が恋人みたいじゃん!ひすいと言うものがありながら、このアバズレ!」
「ひすいも了承済みだし、侑は最初から妖怪バレしてるんだから仕方ないよ。クラスは偶然だし、今度また一緒に映画行くけどそれを誘ってきたのは深月だからね」
「はぁ!?」
「お前また余計なことを…。まぁいい、これ以上話を逸らすなよ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ侑は全く納得していないようだが、そんなことよりもとにかく話を終わらせて食事をしたい。
 深月は今度こそ話が途切れないように、侑が何か騒いでも反応しないよう夕陽にも釘を指して再び口を開いた。


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