Long story
「やぁ、こんばんは」
空からやってきた狼ーー夕陽は、音も立てずに静かに地上に着地した。それからそう挨拶をした次の瞬間にはもう人になっている。瞬きをする間もない早業だ。
そして、夕陽が人になると先程までは見えていなかったもう一人の人物も顔を出した。
「腹が…減った!!」
夕陽の背後から出てきた深月は、そう言うや否やその場に倒れ込んだ。
そんな深月を肩車するように起こす夕陽は苦笑いで「大変だったんだよ」と、それは侑に向かっての言葉だった。
「……何?どういうこと?」
「話は後だ!飯!」
「みっきーの分、僕がもう食べたよ。会食でさぞ美味しいしご飯食べてきたんでしょ?」
深月は家の方を指差すが、それに対して侑はあっけらかんと言い放った。
その言葉を聞いた深月の顔が、一瞬で絶望を目の当たりにしたようなそれに変わる。
「はぁ!?てめぇふざけんなよ!」
「そりゃないよ!僕もおこぼれ貰うつもりだったのに!」
「どこかのご令嬢と仲良くご飯食べたんでしょ?だったら別にいらないじゃん。夕陽に至っては意味わかんないし」
先程、リビングで秋生と会話をしたときの侑は、気にもとめない様子で割り切っているというようなことを言っていたが。
これが嫉妬しているのだということは秋生でも分かる。
「ほーらー!だから僕はちゃんと本当のこと伝えた方がいいって言ったんだよ」
「あの状況でそんな説明してられっか。そもそも、言ったら絶対来るだろこいつ」
「でも侑が来てたらもっと早く帰れたし、ご飯だって残ってたよ」
「それはお前が瘴気に当てられて点で役に立たなかったのが悪いんだろ」
「ちょっと、責任転嫁はやめてくれませんか?大体、あんな瘴気の中で動き回れるほど霊力低いとかドン引きだし、そのせいでこんな目にあったんだからね」
「そんなの今に始まったことじゃねぇだ…っ痛ぅ!!」
永遠に続くのではないかと思われたいいあいだったが。深月の頭に何かが落ちてきたことにより、争いは突如終息した。
一体何が落ちてきたのかと目で追ってみると、地面には見慣れたバッドが転がっている。
「うるせぇな、殺すぞ」
どうやらここは華蓮の部屋のすぐ下だったようだ。
冗談ではなく、本当に殺されそうなほどの威圧感に思わず肩をすくめてしまう。
「いくらなんでも頭にバットはねぇだろ。つか、元はと言えばお前のせいじゃねぇか!」
「はぁ?」
「お前のせいで俺は酷い目に遭った挙げ句に飯もねぇんだよ!俺の飯を返せ!」
「深月先輩…ご飯なら作りますから。あんま叫ぶとまたバット飛んできま…」
「いってぇ!!」
時既に遅し。
頭を抱えて踞る深月を見ながら、秋生は苦笑いを浮かべる他なかった。
「やれやれ…取りあえず食材持って入ろうか?」
「そうですね」
秋生の方に向けられた侑の顔には、同じように苦笑いを浮かべていた。
「せっかくだし、なっちゃんも一緒にどう?もれなく秋生くんをプレゼントしちゃうよ」
「えっ」
侑に両肩を捕まれ、ずいっと前に押し出される。思わず侑を見上げると、にやにやと笑みを浮かべていた。
自分の嫉妬からくる鬱憤が晴らせなかったからといって、他人をからかう方向にシフトするのはやめて欲しいものだ。
「元々俺のだ」
「えっ」
今度は思わず華蓮の方に視線を向ける。
その先の華蓮は、さも当たり前だと言わんばかりに澄ました表情をしている。恥ずかしさで熱を帯びてきた頬を押さえてあたふたしている秋生とは正反対だ。
「言うねぇ。…まぁでも、今は僕の手の中にあるわけだから、返して欲しかったら奪いにきたまえ」
侑にぐっと肩を引き寄せられる。秋生はどうしていいのかも分からず、ただされるがままだ。
秋生としては華蓮がいてくれるのならそれに越したことはない。しかし、侑がどうしてそこまでして華蓮を呼びたいのかは全く分からなかった。
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mokuji
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