Long story


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「………うるさい」

 秋生と話したことで何かが吹っ切れたらしい良狐は、上機嫌で酒盛りを始めた。その酒の匂いに誘われ顔を出した亞希は良狐を心配する素振りを見せたが、大丈夫だと分かると一緒に酒を呑み始めた。
 妖怪2匹くらいなら大したことはないのだが、いつになく上機嫌の良狐は玄関の狸を呼びつけ、そうすると今度は四都がやって来た。
 いつもならば八都が皆を制して多少なりとましなのだがなぜか今日はその姿がなく、代わりに一都が出てきていた。しかしこれが周りを制すどころか大酒呑みも凄まじく、周りを掻き立てるのだからたまったものではない。
 そんなこんなでいつも以上に大宴会たるやの縁側では、耳栓など何の役にも立たないほどの騒ぎとなっている。


「作りおきでもするか…」

 秋生は仕方なく起き上がり、リビングに向かう。この状況の中で唯一の幸運と言えば、明日(もしくは既に今日)が、休みだということだ。
 そのことに感謝しつつリビングまでやってくると、扉の隙間から光が漏れていた。まさかまだ李月の桜生がゲームをしているかと思ったがそれにしては静かすぎ、しかし耳を済ますとテレビが付いているような音がして首をかしげた。

「わっ、なにこれ映り悪!もっと上手に撮ってよねー、もう!」
「侑…先輩……?」

 中から聞こえてきた声に再び首を傾げて、秋生はドアノブを引いた。
 1人でリビングにいた侑は、ソファーに座ってガラステーブルに紙を沢山散らかし、以前学校で行われたshoehornのライブ映像を見ながら文句を言っている。

「あれ、秋生くん?やっほー」

 扉の開く音で秋生に気付いた侑が、リモコンを持った手を振る。秋生は反射的に手を振り返しながら、リビングの扉を閉めた。

「こんな時間に何してるんですか?」
「みっきーが帰ってくるまでの暇潰しに、BGM流しつつ文化祭の資料作ってる。秋生くんは?」
「うるさくて寝れないので、作りおきでもしようかなって」
「あはは、すっかり主婦だね」

 別にそんなつもりはないのだが、そう言われて悪い気がしない辺り色々と毒されているのかもしれない。

「深月先輩、今日は随分遅いですね」

 キッチンに向かいながら時計に目をやると、時刻が3時を回っていて思わず二度見してしまった。
 自分が悩んでいた時間が長かったのか、それともばか騒ぎに我慢していた時間が長かったのか。後者ならばもっと早くに出てきていれば既に何品か出来ていたはずなのに。
 それにしても、こんな時間まで深月が帰ってこないというのも珍しい。そして、冷蔵庫に入れておいた深月分の食事がなくなっているのはどういうことか。

「どっかのご令嬢に捕まってるらしいよ」
「こんな時間まで?」

 一体どうなったら、夜中の3時を回ってまで捕まるような羽目になるのだろう。

「今日は会食だけだから本当はさっさと帰ってくる予定だったらしいけど、お祖父様が新しい取引先の人と仲良くなってんだって。そのまま呑み直してるから、それが終わるまでご令嬢の相手をしなきゃいけなくて帰れないってさ」
「はぁ…それはまた、大変ですね」

 どこもかしこも、酒ばかりだ。
 秋生は飲んだことがないので分からないが、翌日に苦しむ華蓮や李月たちの姿を見ているととてもじゃないが飲む気にはなれない。

「ま、ご令嬢からしたら、仲良くなって見合いにでも持ち込んだら御の字だからね。大鳥グループに嫁入り出来れば一生遊んで暮らせるわけだし」
「……心配じゃないんですか?」

 侑は深月が他の女性と一緒にいることも、あまつさえ見合いすることにも気にもとめてないようだ。
 秋生の問いに侑は答えなかった。それどころか、更に質問をぶつけてきた。

「秋生くんは、なっちゃんが他の人と仲良くしてたら心配?」

 侑に問われ、考えてみた。
 華蓮の仲の良い人物は沢山いるが、誰を当てはめても特に心配するようなことはない。まぁ、李月と一緒の時は破壊活動的な意味で心配な節もあるが、それはまた別問題だ。
 他は特に、深月も侑も、双月も世月…に至っては華蓮が一方的に怯えていて仲が良いというのかも疑問であるし、春人とは先輩後輩という関係が強く仲良しという感じではない。そういう関係で言えば桜生も先輩後輩のはずだか、本来の柵を忘れ去ったように華蓮に馴れ馴れしいところがある。華蓮も、桜生には他よりも少しだけ扱いが優しい気がしなくもない。

「……心配っていうか…嫌です。桜生に優しくしてるのとか見ると、凄く嫌です」

 前回のテスト週間の際のことが頭をよぎる。
 桜生が華蓮に勉強を教えてもらっていたことを思い出すと、思いきり顔をしかめてしまった。

「凄い顔してるよ。…でも、なっちゃんのとこ信じてるし、心配はしないでしょ?」
「そうですね…心配はしてないです。でも嫌です」

 思い出すと、桜生に苛立ちを覚えてしまうことも多々ある。
 とはいえそれは甘え上手な桜生が悪いわけでなく、それができなち自分が悪いということも分かっている。
 だから、正確には苛立ちというよりも羨みといった方が正しいのかもしれないが。

「僕も同じだよ」
「つまり…深月先輩のこと信じてるんですね」
「信じてもいるけど、そう割り切らないとやってらんないからね。僕は見ての通り独占欲強いし、夕陽と映画に行ったことも許してないし」
「ああ…あの、アバズレって夕陽先輩のことだったんですか」

 そう言えば夕陽が副会長だと双月に説明して貰ったような、説明して貰わなかったような…あの時は入ってくる情報量が多過ぎて、あまり覚えていない。

「そう、本当何考えてんのって感じ。今まで挨拶交わす隣人程度の関係だったのに、同じクラスになるだけで一緒に映画って何さ!そもそも、恋愛相談って何?あの2人僕たちが付き合うずっと前からラブラブなんだよ?そんなカップルの相談に乗る暇があったら僕に構ってくれたらいいと思うよね?」
「ま、まぁ…落ち着いて下さい」
「ああ、ごめんね。お腹空いてるからイライラしやすいのかな」

 どうしていいか分からず在り来たりな言葉で止めると、侑は苦笑いを浮かべた後で夕陽の恋人がひすいであることを教えてくれた。
 しかし、生徒会室での一幕やこの間の朝食風景を見た限りでは、ラブラブというよりかは夕陽が尻に敷かれているような感じが強かったように思う。

「…何か作りましょうか?」

 そもそも秋生がリビングにやってきたのは、料理をするためだ。その料理がすぐ誰かの胃に入るのか、しばらく寝かされのるかは別にどちらでもいい。
 侑のそのイライラが食べ物で治るのなら、喜んで調理するところだ。

「え?ほんと?じゃあお願いします。さっきもみっきーのご飯食べたんだけど、育ち盛りかな…?」

 聞き捨てならぬ発言である。
 いや、聞かなかったことにして再び作って冷蔵庫に入れる方が得策かもしれない。

「何がいいです…って、何もねぇ」

 チルド用の場所から野菜室、冷凍庫を開けた秋生は、ほぼ何の料理も出来そうにないほどの空き具合に思わず声を漏らした。
 それから、今日買ってきて使わなそうなものを、とりあえず全部納屋に押し込んだということを思い出した。

「納屋?取りに行こうか?」
「…いえ、あるもの見てから考えるので行ってきます」
「じゃあ一緒に行くよ。そしたらデザートも作ってくれる?」
「別に普通に作りますけど…ありがとうございます」

 というわけで、侑と2人で納屋に向かうことになった。こうして2人だけで歩くのは学校の資料室かどこかに、調べものをしに行って以来かもしれない。
 あの時はまだ、有名人である侑の存在が近くにあることに現実味がなく夢のような感覚だった。それがこんなに普通に接するようになるなんて、あの時は全く思ってもみなかった。しかし、今となってはそれすらも何とも思わない。

「慣れとは恐ろしいものですね……」
「急にどうしたの?」
「いや、前に2人で資料室に行ったときは、まだ侑先輩が雲の上の人のようだったので」
「あー、生き霊事件の時か。確かに、あの時はまだ親しくなかったからね。まさか僕の正体がバレるとも思ってなかったし」
「俺もまさか外国人の天狗がいるなんて思ってもみなかったですよ」

 天狗と言えば、赤い顔に長い鼻が特徴的で、髪は白髪で目の色…はよく分からないが、そんな感じを想像するのが普通だ。
 だが侑にはそんな様子は全くない。ちらと横を見ると、綺麗な金髪が靡き暗闇でも分かる色白の肌に、ぶつかった視線は青みがかっている。

「本当はもう少し天狗っぽいんだけどね。それもあって親にもバレて隔離されてたわけだし」
「…天狗っぽい?実は鼻が長いんですか?」
「いや、鼻が伸びたりはしないよ。そうじゃなくて…雰囲気っていうか…なんていうか」

 侑は説明し辛そうにごにょごにょと言っているが、秋生には雰囲気というのもさっぱり分からなかった。
 だが、普通の人間である親に見抜かれるということは、何かよほどすごいオーラみたいなものでも纏っているのかもしれない。とはいえ、それを見せられて勘の鈍い秋生が気づくのかと言われれば、それはまた疑問であるが。

「でも、今更どんな姿見せられてもそんなに驚かないですよ」
「僕たちの周りには普通の人なんて集まりようがないからね。春人くんもいよいよ脱凡人を成し遂げちゃったし」

 それどころか、その能力の大きさはともかくとして、種類に至っては誰よりも特殊と言っていいだろう。
 なんと言っても、神の領域だ。侑もある意味では神と呼ばれることもあるが、話を聞いた限りでは土俵が違いすぎる。

「桜生は自分だけただの人間になったって嘆いてましたけどね。それもどうだか」
「馬鹿力なんでしょ?それに…これまでの過程が普通じゃ無さすぎるからね、あの子は」
「俺もとうとう尻尾が生えてきたし、陰陽師も大きい狼も見たし、学校でまだ他に知り合いいます?」
「尻尾?…まぁいいや。学校に僕たちと親しい人はもういないよ」
「ならきっと大丈夫ですね」

 それならば、もうこれ以上は驚きようもないだろう。とは言い切れないが、大抵のことは多少驚きはしても冷静に対処できるような気がする。

「秋生くんはなっちゃんと一緒にいるから、特に色々目にしてるからなぁ。僕を襲ってくるらしい妖怪百鬼夜行を目にしても素通りできるかもね」

 そう言えば、それを失念していた。

「それは…流石に、腰抜かすと思います。大きい狼だってそこそこびっくりしましたし」
「じゃあ身構えとかないと。何たって僕を殺すなんて豪語してるんだから。夕陽なんて可愛く思えるくらい、さぞ巨大な妖怪を準備してるんでしょうねぇ」

 まるで馬鹿にしたように侑は笑った。
 そんな妖怪が来ても負ける気がしないと表情が語っている。


「僕が何て?」


「え?」


 頭上から声がしたことで秋生と侑はほぼ同時に足止め、そして空を見上げた。
 噂をすれば影とはこのことか。

 上空から、巨大な狼が降ってくる。


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