Long story


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「ていうか、一大事じゃない?僕だけただの人間なんだけど」
「……別に一大事ってことでもないだろ。それに、普通の人間はそんなに机を何個も投げまくったり出来ないよ」

 じゃがいもを手にした桜生が突然思い出したように喋り始め、秋生はその言葉の意味を理解するのに少しだけ手間取った。
 現在、最寄りスーパーの野菜売り場。普段は洗濯物当番をサボりがちな侑や深月が買い出しに行くことがほとんどだ。しかし今日は2人ともそれぞれの仕事でおらず、尚且つそろそろ食材のストックが切れるということで学校帰りに寄った次第だ。

「秋生だって筋トレしたら出来るんじゃない?」
「その筋トレの序盤でヘマして断念だな」
「言えてる。何でそんなとこ折っちゃうの?ってとこ骨折しそう」

 桜生と李月は揃って可哀想な子を見るような目で秋生に視線を向ける。
 なんとも失礼なカップルだ。

「いくらなんでも、筋トレくらいでそんなことなんないだろ」
「本気か?もう少し自分を省みろ」
「えぇ…先輩まで……」

 当たり前のことを言わせるなと言わんばかりの華蓮の態度に不安になるが、それでもそこまでドジなではないと思いたい。
 とはいえ、華蓮の言葉通りこれまでのことを省みると、確かに絶対に骨折をしないと自分で言い切れないところが切ない。

「僕もこう、力業じゃなくて妖怪的なものでもあればいいんだけどな。いつくんにも迷惑かけなくて済むかもしれないし」
「別に迷惑じゃないし、あるからと言って誰も迷惑かけないとも言い切れないだろ」

 なぜそこで揃ってこちらを見るのか。
 本当に全く、失礼極まりないカップルだ。

「…だとしても、なんていうかな。気持ち的な問題だよ」

 桜生はそう言って苦笑いを浮かべる。
 色々と思うところがあるようだ。

「じゃあ、死にかけの妖怪でも探すのか?」
「それはなんか、違うでしょ。どこかに妖怪が死にかけてないかな〜なんて…そんなのやだよ」

 確かにそうだ。
 それに、そんなことを考えている人間と一緒に生きていきたくもない。

「別に死にかけてる必要はないし、どっちにしても桜生には無理だ」
「どうして?」
「取り込んだ妖怪の妖力を抑え込む力がないから、体がもたない。それに、その妖怪を生かすために与える力もないしな」
「……うむ、なるほど。なす術もなしということですな」

 桜生は仕方がないと言わんばかりに頷く。
 妖怪を取り込むのに自分の力のことまで考えなければいけなかったとは、秋生はそんなこと全く知らなかった。なんてことを口にすると、また揃って罵倒されるに違いない。
 とはいえ、秋生が知らなくとも良狐はそれくらい見通していただろう。だから、秋生に力がなければ一緒に来ることはなかったはずだ。

「よし、格闘技でも習うかな」

 外的な力に頼ることはやめ、馬鹿力を生かす方向にシフトするようだ。
 桜生が格闘技とはあまり想像がつかないが、本人はやる気満々だ。

「その為にはまず美味しいご飯を食べないと!てことでー、今日の夜ご飯はコロッケね!」

 こじつけも過ぎるところだが、どうやら桜生は最初からその気で食材を手に取ったいたらしい。かごの中にはいつの間にかコロッケの材料が詰められていた。

「なら早く帰らないと、量もあるし時間かかるから」
「じゃがいも潰すくらいは手伝うよ」

 一番手間の掛かるところを率先してやってくれるとはありがたい。もう一人優秀な助手もいるし、その時間を利用して他にも何か作れそうなものだ。
 そんなことを思いながら歩いていると、あっという間に買うものが取り揃えられていた。桜生がばさばさと食材をかごに入れる一方で、秋生は喋るか考え事をしていただけだ。
 会計でもポイントカードを出した程度で、支払いは華蓮の高校生ならぬ財力によりカード一括で終え、食品の袋詰めも桜生が一人でこなした。というより、手伝おうとすると袋詰め奉行かと言わんばかりに文句を垂れるので、途中から丸投げしたのだ。
 そんなわけで、秋生はほとんど何もすることなくいつの間にか帰路についてしまっていた。



「一雨来そうだな」

 スーパーを出てしばらくして、空を見上げた李月が呟いた。
 この時間帯でも明るい季節たが、今日は厚い雲がかかっていて辺りはもう薄暗い。その雲が、黒みを増しているように見えた。

「来る前に帰れるといいね」
「学校を出るまではいけると思ったんだが…多分無理だな」
「どうして分か……冷たっ」

 桜生の顔に雨粒が落ちたことを皮切りに、ぽつぽつと雨が降り始めた。
 まるで、李月の言葉を待っていてかのような絶妙なタイミングだ。

「本降りになる前に帰れるか?」
「…いや、どこかで雨宿りした方がいいな。近くに公園があったろ?あそこまでなら大丈夫だ」

 華蓮の問いに、李月はまたも天を見上げながらそう答えた。
 ただの曇り空にしか見えないが、一体何が分かるというのか。

「いつくん、天気読めるの?」
「侑ほど正確じゃないがな。やり方を教えてもらったら出来た」

 どうやら、試しにやってみたら出来ちゃったみたいなノリらしい。
 本当なのかと疑うところだが、李月の言うとおりに近くの公園で足を止めた途端に小雨が土砂降りに様変わりしてしまい疑いの余地もなくなってしまった。


「なんか、ちょっと気味が悪い公園だね。雨で暗いから?それとも他になんかある?」
「どうかな。別に変なのはなんもいないけど……あ」

 何かいないかと思い辺りを見回して、秋生はあることに気がついた。
 この景色に、見覚えがある。

「え、何?なんかいるの?」
「いや、違う。ここ…睡蓮と初めて会った公園だ」

 もう随分前のことなので、すっかり忘れていた。公園の横に森のようなものがあり、あの中で睡蓮が鬼神様に助けをこうていたのだ。
 今も変わらず不気味に佇んでいる森を指差すと、ふわりと獣の尻尾が頬を撫でた。

「懐かしいのう。わらわが蹴散らしてやったのじゃ」
「…死にかけてたのに出てこれたのか?」
「うむ。なぜかは知らぬがよい空気であった」

 華蓮の問いに、良狐が不思議そうに答える。
 確かにあの時の良狐は、自分達にとっていい場所だみたいなことを言っていたような気がする。しかし、ここから見た限りでもあの時の様子からしても、とてもじゃないがいい場所とは言えない気がする。

「多分、ここが侑の山の一角だからじゃないか?前にあいつが落ちてきたのもこの辺だった」

 森の向こう側にある山を李月が指差す。
 他の山々に比べるとかなり大きく、あれがまるごと侑のものだと言われると持ち物のスケールが違うと思ってしまう。

「ほう、それなら納得が行くの。同じ神使であるひーちゃんの妖気が全体を覆っていたゆえ、わらわにも良い影響を与えたのじゃろう」
「……つまり俺と睡蓮は飛縁魔さんに助けられたってこと?」
「助けたのはわらわじゃ。頭に乗るでない」
「お前のその偉そうなのを先にどうにかしろよな」

 秋生は良狐に悪態を吐き、再び森に視線を向ける。
 すると、森の奥で何かがすっと動くのが見えた。

「え…?」

 見間違いかと思い、目をこすり再びじっと見つめてみる。
 すると、またふらりと何かが横切った。
 目を凝らして見たそれは、確かに人の形をしていた。




「神…様………?」



 隣で呟かれた声に、秋生は森に向けていた視線を移す。
 移した視線の先には、本来の姿に戻ったら良狐が佇んでいる。目は森の奥をじっと見つめ、その表情は愕然としていた。



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