Long story
水柱が桜生を包み込んだことで、瘴気がっ完全に遮断された。するとぐったりとしていた一都が元気を取り戻し、再び蛇の姿で首に巻き付いてきた。
明らかに水の中にいるという状態なのに、服が濡れる形跡もなければ息も全く苦しくない。
「何だぁこりゃぁ?」
「ぼ、僕にもさっぱり…」
何がなんだか分からないままに、水柱をじっと見つめる他ない。
しばらく見つめていると、ザザアと音を立てて前方から水柱が裂けた。その向こうに、先程まで広がっていた教室の景色が垣間見える。
「もう大丈夫だよ。…まぁ、あたしが出るまでもなかったかもしれないけどねぇ」
「ひ…飛縁魔さん?」
「桜生、大丈夫なのか?」
「うあっ、いつくん!?」
右の窓から飛縁魔、左の出入り口から李月が突如現れ、桜生の脳内は処理が追い付かず大渋滞だ。
先程まで一人きりで秋生の所に行くために頑張っていたというのに、突然多勢が過ぎるというものだ。
「ーー秋生!!」
こんなところで、脳内大渋滞を起こしている場合ではない。
「華蓮が行ってる」
「……よかった」
それなら、きっと李月がこちらに来たことも伝わっているだろう。
秋生のことだから心配して泣き出しているかもしれないが、華蓮がいるならば泣いていても安心だ。
「あの子ども、どうしたの?」
「ああ、汚い瘴気を根こそぎ洗い流してやったよ。これでもう、ただの子どもだ」
八都の問いに飛縁魔はそう答えながら、いつの間にか手にしていた子どもを床に転がした。しかし、子どもが目を覚ます気配はない。
「どうして飛縁魔さんが…?」
一体どうしてこんなところにいるのかも不明であるし、それ以上に失礼ながらよく知らない人を助けるようなタイプにも見えない。
特に飛縁魔は、侑の山の妖怪の中でも人間をあまり好いていないようにも思える節もあるため余計にだ。
「本当はあの小僧が約束を守っているか見張りに来たんだけどね。麒麟の子に、特ダネ調査中だから入るなと、追い出されたんだ」
「……キリンの子…?」
飛縁魔の言う小僧というのは十中八九深月だ。そして、約束というのはこの間生徒会室で交わされてたものだろう。
そこまではいい。問題はその次だ。
特ダネ調査なんて口にする人物は、多分、春人くらいしか思い浮かばない。しかし、春人がどうしてキリンの子なのだろうか。
「なんだ、知らないのかい?あの子は麒麟の加護を受けているよ。まぁ、それほど大きいものではないみたいだし、人間を依り代にしているなら気づかなくも無理はないかもしれないねぇ」
説明を受けても全く意味がわからない。
キリンの加護とは一体何なのか。
桜生が首をかしげながら説明を求めよううと八都の方を見ると、口をあんぐりと開けて呆然としていた。
「まさか、そんな…いや、でも。…ああ、だから、あの天使が見えたのか」
八都は一人でぶつぶつ呟き、一人で納得している。
どうせなら、全員を納得させるような説明をして欲しいものだ。
「…それで、追い出されて何でこんなところに?」
「ああ、そうだね。…帰ろうと思ったら桁外れな瘴気を感じてね。ちょっと寄ってみたらこの子があの子ども相手に丸腰で挑んでいるから、ちょっと見物していたのさ。どのみち、結界が強くて入れる状態でもなかったけどね」
一都が話を元に戻すと、飛縁魔は桜生の方を見ながらクスリと笑った。
つまり、桜生が悪戦苦闘しながら子どもと戦っているのを窓の外から見ていたということだ。
「しかしまぁ、窓から飛び出そうとするとはね。面白いものを見せてもらったし、ちょうど結界も弱まったから助けることにしたんだよ。とはいっても、あたしが入るのと同じタイミングで蛇の男も来たから、余計なお世話だったけどねぇ」
なるほど。それで右から飛縁魔、左から李月という構図になったというわけだ。
しかしながら、あの時はアドレナリンが出まくっていて、飛び降りても逃げ切れると確信していたが。よくよく考えると、骨折でもしてしまったら元も子もなかったかもしれないと今更ながらに思う。
李月が来たのは廊下側からだから、もしかしたら桜生が飛び降りるのには間に合わなかったかもしれない。そう考えると、飛縁魔には感謝してもしきれないところだ。
「え、じゃあ…あれ一人でやっつけたの?」
「ううん、一都くんと一緒にだよ。ね?」
「楽しかったな」
一都と目を会わせて笑い会うと、八都がとても人には見せられないというほどに酷い表情になった。いくら李月の顔とはいえ、これはさすがに頂けないという具合に、酷い。
「何で、お前まで…」
「おかしいか?…俺は嫌いじゃねぇぞ、こういうのも」
「……なんだよ、何で、どいつもこいつも。全然意味わかんないよ」
八都は顔をしかめてから吐き捨てると、すっとその場からいなくなってしまった。
どうしてだろう、八都の司る感情は「楽」ではるはずのに、消える直前のその表情はとても苦しそうに見えた。
「…なんだあいつは、反抗期か?」
「んや。どっちかってぇと、思春期かな」
その言葉に李月は何かを悟ったのか、溜息を吐いてそれ以上八都を無理矢理呼び出そうとはしなかった。
しかし、桜生には何のことか理解はできない。全く、理解できないことだらけだ。
「じゃあ、あたしは帰るからね」
「あっ、助けてくれてありがとうございました」
「面白い余興が見れてよかったさね。その負けん気、無くすんじゃないよ」
「はい!」
飛縁魔は満足そうに笑って窓の外に吸い込まれるように消えていった。
何度見ても、美しい妖怪だと思った。
「…結局、自分では行けなかったよ」
桜生は李月に苦笑いを向ける。
せっかく自分の力でどにか出来ると思ったが、それは大きな思い違いだった。
やはり、自分はこれからも誰かを待ち続けるしかないのか。自分の行きたいところに、自分で行くことはできないのか。
それならば、この足はなんのために付いているのだろう。行きたいところにもいけず、伸ばされた手を取ることもできない。
何もできない自分が、どうしようもなく悔しい。
「今から行くだろ、自分の足で」
「…それは、飛縁魔さんが助けてくれたから行けるんだよ。それに、秋生を助けたのは僕じゃなくて夏川先輩だし」
助けなくてはと、思った。
泣かせてはいけないと、強く思ったのに。
思いだけではどうにもならないのだ。
「飛縁魔が助けにこれたのも、華蓮が助けに行けたのも、桜生のお陰だ」
「……どうして?」
同情なんてかけて欲しくはない。
しかし、李月はそんなことをするような人間ではない。
「桜生があのガキをぶっ潰したからか」
一都が思い付いたように言う。
どうやら、しばらくは八都と交代して李月の側にいるようだ。
「そうだ。あの子どもが気絶したこどで結界が弱まって、飛縁魔や俺たちがここに入ることが出来た。つまり、華蓮が秋の所に行けたのも桜生のお陰だ」
「…ちゃんと助けてんじゃん。桜生が、自分で助けたんだ」
一都がそう言って笑う。
何もできなかったわけではなかった。
直接的に助けられたわけではない。
けれど、自分の力で大切なものを守る手伝いくらいはできたということだ。
「…よかったぁ」
涙が溢れた。
自分は無力ではないと、そう思えることが嬉しかった。
そして、大切なものを今度こそ守れたことが、何より安心した。
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mokuji
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