Long story


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漆拾肆―――開かれた先に


 つむじ風に包まれる子どもが立ち上がろうとするのを、その出鼻を挫くように素早く地面に叩きつけた。
 鎌鼬のように鋭い風であるが、生身の体さえ触れなければなんということはない。

「桜生の居場所を教えろ」
「嫌だよ…ッ、…うぅっ!」

 唾を吐き捨てる子どもの背中を叩きつけ、長く延びた尻尾で手足を拘束して逆さまにつるし上げる。苦しげな表情と声を浮かべる子どもを見ても、微塵も可哀想などいう感情は抱かなかった。

「だったら探しに行った方が早いな」
「うっ…ぐ…っ!」

 手持ちぶさたにふらふらと遊んでいた尻尾で首を締め付けてやると、苦しそうな表情が一層険しくなった。

「…それとも、吐く気になったか?」

 決して可哀想になったわけではない。
 ただ、子どもだということを踏まえての最後のお情けだ。
 少しだけ尻尾の締め付けを緩めると、子どはニヤリと笑った。

「ボクを殺したって…、アイツがお前の大事な双子を殺すさ。よくて引き分け、お前がボクに勝つことはないんだよ」

 その気持ちの悪い笑みには、嫌悪感しかない。
 華蓮が普段から、自分に害のあるものを情け容赦なく蹴散らす気持ちがよく分かった。

「お前と同じ土俵になんて立つわけないだろ」
「ぐぁっ…ぅぅ……かは…っ」

 緩めていた尻尾に再び力を込める。先程よりも強く首を締め付けると、子どもはしばらく苦しげにもがき、やがて首をガクッと落とした。
 拘束していた手足を離し、支えのなくなったそのまま床に落ちる。それほど高い位置で吊るしていたわけではないので、何ら怪我もしてないだろう。

「なんじゃ、もう終いか」
「こんなところで時間食ってる場合じゃないだろ。桜生を探しに行かないと」

 良狐が姿を現し、同時に尻尾が消える。
 まさか自分にこんな芸当ができたとは驚きもひとしおだが、今は自分に称賛を与えている場合ではない。

「うむ。こやつが意識を失のうたことで動きは自由にとれるはずじゃしの」
「片っ端から探すしか…うおっ!?」

 突然起こった揺れに、秋生は見事に床にダイブをかましてしまった。改めて、自分が普段からどれだけ華蓮のおかげで助かっているのかを実感する。
 とはいえ、今のは普段のように自らのドジが招いたことではなく、物理的な障害があってのことなので秋生に非はない。

「…気色が悪いのう」
「何…、う……っ」

 振り返った途端、突風のように襲いかかってきた瘴気に思わず床に蹲った。
 久々に感じる。寒気と、吐き気と、とにかく色々なものが込み上げてくるこの感触を。

「どうやら、あちらも上手く事を凌いだみたいじゃな」
「……桜生は…無事?」
「うむ。とはいえ、また別の危機に面してないとよいが」

 無限に瘴気を放つ子どもが、ゆらゆらと立ち上がる。しかし、その目に生気はなく、まるで瘴気が一人歩きをしているようだ。
 良狐の言葉から察するに、桜生を連れ去った子どもにも同じような現象が起きているということだろう。


「助けに、行かないと…っ!」
「それよりもまずお主自身の心配をするべきじゃろう。…わらわももう持たぬ、早う逃げるのじゃ」

 すうっと、良狐の姿が消えた。
 凄まじい瘴気に実体を保っていることが困難になったのだ。

「逃げろったって…くそっ」


 久々に感じるからなのか、それともその瘴気が尋常な量ではないからなのか。
 異常な寒気ばかりか体が鉛のように重く、激しい頭痛に頭が引き裂かれそうだ。ゆっくりと近寄ってくる瘴気が、どんどん秋生を苦しめていく。

「さく、らお…」

 秋生は今にも意識が途切れそうな中で、はいずるように出口に向かう。
 

 もう、絶対に奪わせない。


 悶えるような苦しみの中に、その気持ちだけが強くある。
 伸ばした手を、今度こそ絶対に掴むのだ。だから、こんなところで立ち止まっている場合ではない。




「心配ない、あの子は大丈夫だよ」

 ふと、頭上から声がした。
 顔をあげると、すっと何かが通っていくのが見える。姿形こそ一瞬で見えなかったが、秋生はその声をよく知っていた。
 そして、通っていった何かがやってきた方向を見た途端、思わず安堵の溜息を漏らしていた。


「秋生、大丈夫か?」
「…そりゃあもう、余裕のよっちゃんいかです」

 つい今しがたまで、あんなにも切羽詰まっていたというのに。顔を見るだけでこれほどまでに安心と余裕が生まれるなんて。
 秋生は華蓮に抱き起こされながら、自分の現金さに呆れつつも感心すらしていた。最近はめっきり発動しなくなっていた超絶体温も健在だ。

「嫌な臭いだな。外に放り出すか」
「逃がしたんじゃ意味がないだろ。二度と悪さができないようにしておけ」

 先程秋生の頭上を通りすぎ子どもの近くまで寄って行った亞希が、顔を覗きながら呟く。それに続く華蓮の言葉に、亞希の表情はこれでもかと言わんばかりにしかめられた。

「俺にこの力を食えっていのうか?冗談じゃない」
「八都はできるのにか?」
「あんな雑種と一緒にするな。…ああ、そうだ。あいつにやればいいのか」

 妙案だと言わんばかりに手槌を打ち、どこからか酒瓶を取り出した。まさかこんなところで飲み会を始めるつもりかと一瞬驚いたが、どうやら持っているのは空の瓶のようだ。亞希が瓶の蓋を開けると、瘴気がみるみるうちに瓶に吸い込まれ始める。
 瘴気が薄れていくと、秋生を襲っていた異様な体調不良も徐々に収まっていった。しゅるしゅると瘴気を飲み込んでいく酒瓶が5本目を迎えることには、実体を保てなくなっていた良狐も再び秋生の肩に姿を現した。

「よし、これでもう大丈夫だ。この子どもにも、何の力も残ってないだろう」

 亞希は床に横たわっている子どもをなんの躊躇もなく蹴りつける。しかし、気を失っている子どもが目を覚ますことはなかった。

「そなたらはどうやって入ってきたのじゃ?そやつは誰も入れぬと言っておったが」
「この子たちに何かあって、入れないからはいそうですかって聞く連中だと思うか?妖怪使いが荒いったらあったもんじゃない」

 つまり、何らかの方法で無理矢理入ってきたということだ。亞希の口ぶりからするに、多分李月も一緒にいたようだが。
 桜生はもう大丈夫だというのはそういうことだったのか。もしも何かあったとしても、今ごろ李月が助けていることだろう。

「…でも、また結局…、何もできなかった」

 結果的に助かったからいいものの、それは秋生がしたことではない。
 伸ばして手も届かず、探しだすこともできず、助けることもできない。

 結局、自分は無力だった。

 その事実が、悔しくて悔しくて仕方がない。


「何もできなかったことはない。俺たちがここに入れたのは、お前があの子どもを叩きのめしたからだからな」
「え…?」

 華蓮の言葉に意味がわからず顔をあげると、泣くなと言わんばかりに頭を撫でられた。
 そうされて初めて、自分がまた泣きそうになっていることに気がついた。我ながら、脆さに特化した涙腺だ。

「君たちがお互いに子どもたちを蹴散らしたおかげで、結界の威力が弱まったんだよ。だから、無理矢理こじ開けて入ることができた」
「つまり、李月が桜生を助けに行けたのはお前のおかげだ。何もできてないどころか、お前がいなきゃ助けられなかった」

 助けることができた。

 直接的ではなくても、今度はちゃんと。
 無力ではなかった。

 そう感じることができると、今度はとてつもなく安心して涙が溢れた。


「結局泣くのか…」
「っ…ごめん、なさい」

 困り顔の華蓮に謝ると、苦笑いと共に抱き締められた。
 早く桜生の元に行って手を取ってあげたいけれど、このままでいたいという気持ちの方が少しだけ勝ってしまった。



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