Long story
突っ込んでくる風を避けつつ時に跳ね返し、その合間で机や椅子を投げつける。
同じ動作の繰り返しに体力ばかりが削られるが、桜生に向かってくる子どもはまるで疲労など感じていないようだ。
「ちょっと休憩!」
「そんなこと聞くわけないだろ」
「ですよね!」
突風に向かって椅子を投げると、風がひゅるりと椅子を避けた。こう何度も同じことの繰り返しになると、学習してくるというものだ。
こうなると子どもが動きを止める時間もなくなってしまい、ますます桜生の体力ばかりが削られるばかりだ。
「一体、君たちの何が…危険だったの?」
さすがに疲れてきた桜生は、話をすることで動きを止めようという作戦に出ることにした。子どもというのは話すのが好きであることが大半だから、口車に乗ってくるのではと思ってのことだ。
とはいえ、カレンの僕になるような子どもでもある。上手くいくか心配なところではあったが、今にもまた突進してきそうだった子どもの動きが鈍くなったことから、作戦の成功が垣間見える。
「ボクたちは一緒にいると犯罪者になるからだよ」
特に何か答えを予想していたわけではないが、仮に予想していたとしても絶対に外していただろう。
桜生はその思いもよらない返答に、顔をしかめて「どうして?」と聞くのが精一杯だった。
「アイツといると楽しいんだ。色々なものが見えて、色々な世界が見える」
アイツ、というのはもう一人の子どものことだろう。
話している様子は先程までの怒りが嘘のように、楽しそうに笑みを浮かべている。
「…それは、僕にも分かるよ。自分では思い付かないようなこと、するからね」
というよりも秋生の場合、仮に思ったとしてもやらなおようなことばかりと言った方が正しいかもしれない。
桜生が秋生のやんちゃで色々迷惑を被ってきたことはもう、誰もが知っている周知の事実だ。
「そう!アイツはいっつも凄いんだ。何だって、楽しいことばかり考える!だからボクはアイツと一緒に色んなことをやりたいんだ」
それは普通の感覚だ。何も危険なことなどない。
そう思えるはずなのに、その笑顔に違和感を覚えずにはいられない。
「虫を殺すのも、猫を殺すのも、人を殺すのも、何だって一緒にやるから楽しいのに…!」
それが違和感の正体だった。
楽しそうに笑う姿が、狂気に満ちている。
「正気の沙汰じゃないな」
「一都くんでもそう思うんだ」
「俺は別に好き好んで殺してたわけじゃねぇよ。気を晴らす方法をそれしか知らなかっただけだ」
桜生はこれまで、一都が誰かを殺すところを見たことはない。
それは単に李月が阻止しているだけではなく、本人の意思でその必要がないことを知ったからということだ。
「まぁ他の奴等から見たら俺も変わりねぇんだろうけどな」
「…そんなことないよ。一都くんはあの子とは違う」
もちろん、他の感情を含め彼らがしてきたことは決してしてはならぬことだった。桜生とて、それ自体を肯定する切らない。だが、彼らはその行為を決してそれを良しとしていたわけではない。
しかし、目の前の子どもはそうではない。決してしてはならぬことをし、否定されているにも関わらずそれを良しと捉え、あまつさえ快楽にも似た感情をも持っている。
同じ過ちであったとしても、その罪の重さは雲泥の差だ。
「君たちは間違ってるよ。引き裂かれて当然だ」
「違う!間違ってるのはお前たちだ!…ボクたちは、これからはもうずっと2人でいるんだ。そのためには他の双子は邪魔なんだ。お前たちのせいで、ボクたちが間違ってると勘違いされるんだからな!」
だから、双子を狙っているのか。
大方、ここに来れば双子に会えるとカレンに唆されたのだろう。
これが初めてのことなのか、これまでにもう罪を重ねたのか。どちらにしても、きっともう後戻りは出来ないだろう。
「勘違いしてんのはてめぇらだよ。低能なガキ共が」
「うるさい!黙れ!」
一都の一言が子どもの怒りを逆撫でし、休憩時間が終わりを告げた。
それほど体力の回復は見込んではいなかったが、少し休むだけでも意外と動けるようになるものだ。
「黙らないよ!」
「なら、黙らせるまでだ!」
最初の突風を転がる避けると、子どもはすぐに向きを変えてまた向かってきた。
休憩時間のおかげで体力も多少回復して反撃の準備は出来ている。
「一都くん!弾き返して!」
「言われなくても分かってら」
「ッ!」
二度目の突進を避けることはせず、桜生と共に待ち構えて一都によって子どもは弾き飛ばされた。
「これでも食らえ!」
間髪いれず桜生が投げつけたいくつもの机は、再び体勢を立て直そうとしている子どもの頭上を通り抜けて行った。
もちろん、体力が思うように回復しておらず外してしまったというわけではない。
「どこ狙って…あっ!?…うわぁあッ!」
一瞬、馬鹿にしたように桜生をみた子どもがすぐさま慌てたように声をあげた。しかし、風を起こすにはもう遅すぎた。
桜生が子どもの攻撃を避けながら気付かれないように積み上げた机たちは、あっという間に子どもを呑み込んでしまった。
「はっはっは!桜生ちゃんアンド一都君の大勝利!」
「いえーい。ザマァミロ、くそガキ」
机に埋もれた子どもが気絶しているのを確認して、桜生と一都はハイタッチをした。
行き当たりばったりの作戦であったが、我ながら完璧に事を運ぶことができたと思う。とはいえ、前しか見てない子どもだからこそ通用したのだろうが。それも踏まえての作戦勝ちということだ。
「これで秋生の所にも行けるよね?」
「ああ、多分な」
これで秋生を迎えに行くことができる。
誰に頼ることなく、自分自身で。
「…何だ?」
「え?…わっ、わわ…っ!?」
出口の扉に手をかけるのとほぼ同時に、一都が何かに反応したように後ろを振り返った。
桜生も後に続こうと扉から手を離した次の瞬間、何の前触れもなく床がぐらりと歪み足を取られてしまう。
「おいおいマジかよ…」
どこか絶望にも似た呟きをする一都の視線の先には、宙に浮かぶいくつもの机。それから椅子たちだ。
「何!?気絶してたんじゃないの!?」
「目が覚めた風じゃねぇ。この忌々しい感じ…力が制御できなくなって暴走してんだ」
まるで重力をなくしたように宙に漂う物の周りに、黒い煙のようなものが霞んで見えた。
体が戻って以来すっかり何も感じなくなっている桜生ですら、うっすらと寒気を感じるほどの気持ち悪さだ。
「どうしよう、開かないッ」
今の衝撃で立て付けが悪くなってしまったのか、扉を開けようにもびくともしない。
「ぶっ壊してやりてぇけど、瘴気が強すぎて動きが…きつ……」
「一都くん、無理しないで!」
部屋中に充満していく瘴気にあてられた一都が床になだれ込むよに倒れ込んだ。李月の側を離れて動いている上に、先程までの戦闘で限界が近いのだろう。
桜生は蛇の姿になった一都を抱えると、扉を開くことをやめて反対側にある窓に向かう。幸いなことに、こちらはいとも簡単に開けることができた。
「窓から飛び降りてでも、秋生の所に行くんだから!」
このまま瘴気に呑まれるか、机の下敷きになるのは御免こうむる。それならば、一か八かの賭けにで他方がマシだ。
窓から下を覗くと、どうやらここは2階のようだった。下はコンクリートの道だが、それを押し退けて色んな箇所雑草が生い茂っている。
行ける。桜生はそう思った。
せっかく自分の足で行く道を切り開いたのだから、どんな障害があっても進んで行く。
「酔狂な娘だねぇ。気に入ったよ」
これ以上四の五の考えてしまう前に行くしかないと、窓枠に足をかけたまさにその瞬間の出来事だった。
「え?」
どこからともなく聞こえてきた声に思わず飛び出そうとした足を止めた。
振り替えると、巨大な水柱が何本も溢れだし、やがて桜生の周りを綺麗に覆い囲った。
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mokuji
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