Long story


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「世の中にこんなに美味しいし味噌汁があるなんて、今まで損して生きちょったねぇ」

 味噌汁をすする和服美人というのは引き立つものだ。その場所が洋風のダイニングではなく、畳部屋の和室なら尚のこと様になっていただろう。

「魚の焼き方も完璧だしね」

 和服美人の隣には、箸でさんまをつついている狼人間もどきもいる。こちらは見た目も洋風なので、むしろ魚が不釣り合いに見えなくもない。

「いやいやいや、何してんのお前ら?何で俺の席で普通に朝飯食ってんの?」

 家のことで夜更けまで外出していることが多い深月は、そのせいかここ最近は華蓮よりも朝が遅いことが度々ある。本日も一番最後の起床だ。リビングに入り、ひすいと夕陽が当たり前のように朝食を取っているのを目にして顔をしかめていた。
 2人がここにいる原因とも言える秋生は、苦笑いを浮かべる他ない。

「飛縁魔に帰るから迎えに来いって言われて来たんだよ」

 そう。1時間ほど前、飛縁魔に呼ばれたと夕陽はやってきた。どうやらこの家に来るのは初めてではないようで、門番のタヌキは普通に招き入れた。この家に窓からではなく、玄関から入ってくる客は珍しい。

「それが何で飯食うことになるんだ」
「入ってきて早々お腹すいたなんて言い出したら、秋生君はご飯どうですか?と聞くじゃないですか」

 着々と食べ進めている夕陽の代わりに双月が説明する。
 そして、本当にいいのかと聞かれ、本当にいいと答えた。ついでにひすいも連れてきていいのかと聞かれ、華蓮に視線を向けると好きにしろと言われたので、大丈夫ですと答えた。
 そして、飛縁魔を連れて帰って後、和装美人と共に戻ってきたというわけだ。

「飯なんか食ってこいよ」
「ご飯3合食べてきたんだけどね。いい匂い嗅いだらまた空いちゃって」
「この胃袋宇宙が。まぁいい、食ったらさっさと退けよ」

 自分の席を取られている深月は顔をしかめてからソファの方に移動した。
 それからしばらくもしないうちに、一足先に起きて洗濯物を干していたらしい侑がやってきてデジャブが起こるが、これは割愛する。

「やっぱり夏川先輩ともなると、深月先輩とは目の付け所が違うんじゃろうね」
「まぁ確かに、僕も侑なんか絶対やだな。百害あって一理なしとはことことだよね」

 深月も侑もいるこの場で、なんとも酷い言いようだ。
 しかもその引き合いに出されてるのが自分ともなれば、反応に困るところである。

「ちょっと、唐突に僕のことディスらないでくれる?」
「俺まで間接的にディスられてるし」
「お似合いですねって言いよるんですよ」
「それならそう言えばよくない?」
「何でわざわざ癪に障る言い方するかな」
「僕たちの癪に障るからだよ」

 確か聞いた話では、ひすいは侑の親友であると双月は言っていた。それから、夕陽は侑の山に住む妖怪だとも。
 また、2人とも生徒会執行部委員で、実質的に侑の部下にあたる。それなのになんとまぁ、まるでそんな様子の伺えない態度だ。
 

「つーか、百害あって一理なしってんなら、校舎ぶっ壊した夏なんて百害どころの話じゃねーだろ」
「そうだよ!僕は生徒会室しか壊してないもん!」

 そういう問題ではない。
 そもそも、あの時は李月も一緒だったし、その他大勢を守るため仕方のない部分もあった。
 だが、今回の侑が生徒会室を破壊した件は、全くの私情によるものだ。

「私利私欲と特別待遇業務とを比較するのは違うじゃろ。比べる対象にもならんよ」

 ぴしゃっと言い切られて、返す言葉はなかったらしい。
 深月も侑も、顔をしかめて押し黙った。


「ぶっ壊したと言えば、少し前に廃ビルひとつ倒壊させたでしょ?」

 ふと思い出したように、夕陽が華蓮に視線を向けた。
 一体何をどうするとビルを倒壊させる事態に陥るのかという疑問がまずひとつ。そして、ビルを倒壊させることが石ころを蹴る程度のことのような、いとも簡単にという風な口ぶりで言っていることに驚きを隠せない。

「何の話だ?」
「あれだけ鬼の臭いさせといて、言い逃れは無理だよ」
「…仮にそうだったとしても、お前には関係ないだろ」
「大いに関係あるの。おかげで僕は大変だったんだからね」

 夕陽はそう言い、少し怒ったように箸で華蓮を指す。するとすぐさま、ひすいに行儀悪いと手を叩かれていた。
 秋生はこの2人がどういう関係なのかは知らないが、とにかく上下関係だけはハッキリと分かるような場面だ。

「何が大変なんだ?あの場にいた奴等は全員消したはずだし、仮に残っていたとしても妖怪に絡むような奴はいなかった」
「そっちじゃないよ。生きていた一番醜い人間のこと」

 夕陽の言葉に、華蓮が露骨に顔をしかめた。
 どうやら、何を指しているのか気がついたようだ。

「それこそ、お前らに絡むような知力も残ってなかっただろ」
「あんな醜いもの、山に入ってくるだけでも大迷惑。君たちには分からないかもしれないけど、酷い臭いなんだよ?もう本当に、表現できないくらいにね」

 その顔を見れば、実際に分からなくても想像することは出来た。多分、本当に凄まじく酷い臭いなのだろう。

「飛縁魔から始末してこいって言われた僕の身にもなってよね」
「…始末したのか?」
「いいや、もう既に死んでたよ。だから余計に、始末が大変だった」

 生きていたら移動させるだけでよかったものを、死んでいるとなると死体の処理までしなくてはならない。
 夕陽は本当に大変だったのだと恨めしく華蓮に文句を垂れるが、当の本人は全く耳にしていないようで訝しげな表情をしている。

「自死だったか?」

 そして、夕陽が捲し立てた恨み言はまるっと無視してこの発言である。
 夏川華蓮とはこういう男だと、再認識させてくれる。

「あれは自死ではないね。大方、臭いに苛立った他の山の妖怪にでも殺られたんでしょ。うちの連中は腐っても人を殺すことはないし、殺し方もかなり惨かったし」
「自業自得だ」

 この上なく苦しんだなら尚いい。
 そう華蓮が呟くのを、秋生は聞き逃さなかった。

「いやいや、何とも思わなすぎ。お願いだから、もうあんなの作らないでよ。仮に作るとしてもすっごい遠くの方にして。百歩譲って隣県ね」
「あんな人間、早々いてたまるか」

 一体何があったというのか。
 気にならないと嘘になるが、秋生はそれを聞くきにはならなかった。いや、聞いてはいけないとこだと、確信していると言った方が正しい。

「ご馳走さまでした」
「えっ、もう食べたの?早くない?」
「あんたが無駄話しよるけぇじゃろ。はよ食べんにゃ置いて帰るよ」
「待って待って。すぐ食べるから!」

 夕陽が話をしている間も、ひすいは箸を止めることはなかった。あまり食事が美味しくなるような話ではなかったが、まるで気にも止めてなかったようだ。
 急いで食事を掻き込み始めた夕陽を横目に、ひすいは食べ終わった食事を持って秋生のいる台所までやってきた。

「ぶち美味しかったよ、ありがとうね」
「え、いいえ、そんな」

 方言の意味はわからなかったが、それでも誉めてくれているというのは分かった。
 この前は距離を置いて見ているだけだったが、間近で笑顔を向けられると怯んでしまうほど大人びた表情だ。ひとつしか年が違わないとはにわかに信じがたい。

「これはほんのお礼に」

 ひすいはそう言うと、この間と同じように帯の中から和紙と筆をを取り出した。
 そして何やらすらすらと書き記すと、それを両手に挟む。

「牡丹に蝶」

 その言葉が放たれたその瞬間。
 ふわりと、秋生の周りを牡丹の花びらと蝶が舞った。

「え?えっ!?」

 美しい風景だったが、それは一瞬にして目の前から消えてしまった。辺りを見回しても変わったことは何一つない。
 何が起こったかさっぱり分からず、たった数秒だけ夢を見ていたような気分だ。

「おー、さすがひすい。やることが粋だなぁ」
「綺麗だねぇ〜」
「は?」

 双月と春人が秋生を見て拍手をしている。
 しかし、何がなんだかサッパリわからない。

「悔しいけど僕より可愛い!同じ顔なのに…!」
「は?」
「窓で自分を見てみろ」

 桜生の言っていることも意味がわからず首を傾げていると、李月が窓を指差した。
 言われるがままに窓に行き、ガラスに写し出された自分を目にする。

「ええ!?何だこれ!」

 写し出された自分は、どうしてか全身和装で統一されていた。
 黒地に赤色の牡丹が散りばめられた着物は、ガラスに写した状態でもその見映えのよさが際立っている。いつの間にかまた長くなっている髪は上の方でまとめられいたがひすいとは少し異なり、そして髪飾りは蝶をあしらった簪だった。
 窓越しに見る自分は確かに自分なのだが、まるで別人を見ているみたいだ。それは、いつか亞希が秋生を勝手にイメチェンした時と似ていたが、それよりも少し違う感覚だった。
 というか、こんな服装になったら歩くときに気づくだろう。と、自分の感の鈍さに頭を抱えずにはいられない。

「あ、あの…これは…」
「一食のお礼。嫌じゃったかね?」
「い、嫌なんてそんな…!でも…!」

 秋生はいつものように作った朝食を振る舞っただけだ。それも、最初から大量に作っているので手間が増えた訳でもない。
 それなのに、そのお返しがこんな凄いものだと恐縮せずにはいられない。
 
「せっかく似合ってるんだから、受け取っとけ」
「えっ…」

 華蓮から思いもよらない声をかけられ、秋生の動きが止まる。
 そしてその言葉が頭の中でリピートされ、あっと言うまに顔が赤くなっていくのを感じた。

「受け取ってくれる?」
「あ、あの…えっと…ありがとうございますっ」

 華蓮からそんなことを言われてしまって、受け取らないわけがない。秋生が礼を言い頭を下げると、ひすいは笑顔を返してくれた。


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