Long story


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 秋生が続行を希望すると、亞希は再び話を始めた。

「俺は神から咎められ、二度と良狐の前に現れないよう言われた。良狐の記憶も消し、全てをなかったことにすると」

 亞希はそれに従った。
 そして、2人は何百年も離ればなれになってしまうのだ。

「けれど、一度穢れてしまったものはもう戻れない。だから、良狐はそれまでのように神使の仕事を続けることはできなかった」
「え…?でも…俺が初めて会ったとき、良狐はあの神社にいたのに…」

 秋生はいつもそこで良狐と話をしていた。
 本人も、そこが自分の場所なのだと言っていた。
 良狐が神使であることができなくなったのなら、どうしてあの場所にずっといたのだろう。なぜ、自分の場所だと言って離れようとしなかったのだろう。

「記憶を消したのだから、良狐は自分に起きたことを知らない。逆に、神使の命を解くことになれば真実を教えることになる。だから、神は良狐に近くの村の世話をさせると言っていた」
「近くの…村…?」
「再会した後から良狐に聞いた話では、その村には大きな厄が迫ってきているから、村専属の守り妖怪となってほしいと言われたらしい。良狐は特になにも感じなかったが、神が言うのならとその村の守りに徹することにしたそうだ」

 神の言うこともかなり雑な気がしないでもないが、完全に信頼していた良狐は盲目的に従ったのだろう。
 まさか、自分が神使の資格を失っているなんて考える由もなく。ただひた向きに神に使えようとしていたのなら、心が痛む。

「しかし、幾年たてど厄は来ない。時おり神に連絡をするが、必ず厄は来るのでそのまま守りを続けるように言われるばかり。そうこうしているうちに、50年が経った」
「ご…!?…どんだけ気が長いんだ……」

 普段から呑気にあくびをしているから、気が短いわけではないと思っていた。しかし、焦れったいことがあると痺れを切らせて主人に術をかけるような妖怪だというのに。
 それが、神に言われたというだけで50年も従い続けるなんて。良狐がいかにその神に忠実だったかを、切々と物語っている。

「そしてある日突然、神に連絡をしても返事がなくなった。そればかりか、段々と自分の力が弱まっていることに気がついた。そこでやっと…、良狐は社に戻ったそうだ」
「遅すぎやしませんか…?」
「妖怪は長く生きる分、時間の流れにルーズなところがあるからね。人間が思うほど時間の経過は感じてないだ」

 そうは言っても、50年だ。
 良狐を擁護したい亞希の気持ちもわかるが、さすがに気づくのが遅すぎる気がする。
 言い換えれば、それほどまでに神を信じていたということなのだろうが。それにしたって、もっと早く気づけなかったものだろうか。

「社に戻ると、そこはもぬけの殻だったそうだ。そして、良狐は一人きりになり……更に随分と時が経ったのち、君と出会う」

 つまり、誰もいなくなった社で、良狐はずっと待っていたということか。
 どこに行ったのかもわからない神のことを。自分を捨てたのかもしれない神のことを、ずっと待ち続けていたというのか。

「…あの社はもう壊されたんだろう?」
「はい…。老朽化も激しくて危険だということで。…それで、そのまま自分も消えるって言い出した良狐を説得して、俺の中に取り込みました」

 初めてできた友達を、失いたくなかった。だから、秋生は消えようとする良狐に向かって泣いてせがんだ。
 一人にしないで。置いていかないで、と。
 もしかすると良狐は、その姿を自分と重ねたのかもしれない。
 良狐もあの場所でずっと。
 一人にしないでと、いなくなった神に向かって叫んでいたのかもしれない。

「もしも社が壊されていなかったら、良狐は待ち続けていたはずだ。今も…ずっとね」

 今も、ずっと。
 
 戻ってくるかも分からない、自分の神を。
 自分が力尽きるまで、ずっと。

「これは全部俺のせいで……俺が良狐の人生を壊した。そんな俺が、良狐が今まで心の拠り所をにしてきたものを…また、人生の支えを壊すような、そんなことを伝えるのは……正直、嫌だ」

 時おり途切れがちに続いた言葉からは、これ以上良狐を苦しめたくないという思いが痛いほど伝わってきた。
 亞希のその気持ちは、秋生の問いに対する答えなのだろうか。そうとも、そうでないともとれる言葉だ。

「だけど俺は…、伝えるべきだと思う」 

 黙っていると、亞希が再び口を開いた。
 今度のそれは、紛れもなく秋生の問いに対する答えだった。

「…嫌、なのに…ですか?」
「嫌だ。けど、それは俺の勝手な感情論だとも思うし…どうだろう、分からない」

 亞希ですら、答えがまだはっきりと決まっていないのだ。

 自分はどうか。
 亞希と同じように、答えははっきりと出てこない。

 良狐にこの話を伝えると、きっと神に会いたいと思うだろう。社に戻って来なかった、その真意を知りたいと思うだろう。

 仮に、会うことが出来たとして。

 まだ、神が良狐を捨てたと確定したわけではない。もしかしたら、何か事情があって社から離れなくてはいけなくなったのかもしれない。そんな甘い願望がある。それならばいいのに、心から思う。
 しかし、もしも本当に良狐が捨てられたのだとしたら。
 それを知った良狐は、どうなってしまうのか。そんなことを、考えるのも辛い。
 自分を支えてくれた友人に、そんな仕打ちをしてもいいのか。長い間、良狐の唯一の支えだった神を、奪い去るような真似をしていいのか。

 封印された助からなかった記憶が自分のものだと知った時点で、良狐は自分が神使ではなくなっていたことを察しているはずだ。
 それでも自分を側に置いてくれていたのだと、神のことを信じているはずだ。


 知らなければ、苦しむこともない。
 何も知らなければ、良狐の中の神様を奪い去ることはない。

 けれど、それでいいのだろうか?
 それを答えとして、いいのだろうか?

 そう疑問を持った時点で、答えは決まっているのと同じだ。


「俺も…そう、思います。…伝えるべきだと」

 それが、正しいことかは分からない。
 亞希と同じように、何度考え直して頭の中で気持ちがぐらぐらと揺れる。
 しかし、亞希の言うようにそれはエゴなのだ。

「もし、伝えなかったら…良狐は苦しくないかもしれない。けど、それは…俺が、良狐を裏切ることになると思うから。だから…、伝えて欲しいです」

 裏切りたくはない。
 自分を信じて一緒にいてくれた良狐を、自分が裏切るわけにはいかない。
 それに、良狐には亞希いる。だからきっと、苦しくても乗り越えられるはずだ。

「……そうだね。きっと、君は正しい」

 話すよ。と、亞希は言った。
 それは先程まで頭を抱えて思い悩んでいた様子から、少しだけ決心した様子に変わっていた。


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