Long story


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「飛縁魔でひーちゃんっていうのはともかくとして、どうして良狐なのにきゅーちゃんなんだろう?」

 秋生が唐突にそんなことを言い出して、深月のゲーム操作に乱れが生じた。もちろん、秋生が唐突にそんなことを思ったわけではなく、今のタイミングを狙っての発言だということは誰にでも分かった。
 乱れが生じたことで動きの鈍くなった深月の操作する機体は、桜生の操作する機体に一瞬でその隙を突かれて撃沈されてしまった。
 作戦は大成功と言っていいだろう。

「いえーい」

 桜生と秋生がハイタッチをする隣で、深月は露骨に顔をしかめている。
 まさか、こんなところでまで「飛縁魔」なんて単語が出てくるとは思いもよらなかっただろう。

「お前らもずる賢くなったもんだな」
「僕たちの先生が悪いんですよ」

 深月とペアを組んでいた双月が苦笑いを浮かべると、桜生は笑顔でダイニングの方に座っている華蓮と李月を指差した。
 僕たち、と言う言い回しが若干気に障った華蓮だが、気にしないことにして目の前の携帯ゲーム機に視線を落とした。

「何にしても、負けは負けですよ!」
「分かってるよ。明日は昼飯後のデザート奢りだ」
「やった!」

 深月と双月はまさか負けるとは思ってなかったのだろう。自分達が勝っても何もいならいが、もし秋生と桜生が一番高いデザートを奢ってやると意気込んでいた。
 そしてその結果、秋生の見事な心理戦で敗北を期したわけだ。

「さーて、清々しいほどあっさり負けたし、寝ようかな」

 双月は立ち上がって背伸びをすると、時計に目を向けてからそうこぼした。
 時刻は午後10時。寝るのには若干早い気もするが、ずっとゲームをしていたから疲れたのかもしれない。

「負け終わりで寝るってんのも、すっきりしねぇな」
「もう1回やります?」
「おやすみ、皆の衆」

 秋生に問いかけられた深月は、さっと立ち上がってリビングの面々にてを挙げると、窓際で春人を介して世月と話をしていた侑を引っ張って出ていってしまった。
 その後を追うように双月と春人も自室に戻ると、リビングが一段と静かになった。

「でも、実際のところなんできゅーちゃんなんだろうな?」
「ねぇ。特に名前にきゅーが付くわけでもないのにね」

 先程こそ深月を陥れるためにだけ口にしたようだが、そうではなくてもそれなりに気になることだったようだ。
 秋生が首を傾げると、同じく桜生も首を傾げている。

「それは多分、九尾から取ってるんじゃないかな?」

 李月の後ろから八都がひょこりと顔を出した。いつもならこの時間から縁側で亞希と飲んだくれているというのに、どうやら今日は素面のようだ。
 もしかしたら、飛縁魔と良狐に追い出されたのかもしれない。

「九尾?」

 あまり妖怪というものに興味がなくても、知っている者が多い名の知れた妖怪だ。

「うん。そもそも飛縁魔ていうのは、個人の名前ではなくて妖怪でいうところの分類にあたる。だからそれからひーちゃんってことは、良狐姉さんのことも九尾という分類から取ってきゅーちゃんなんだと思うよ」
「つまり、飛縁魔ってのは犬、とか猫、みたいなもので、それとは別に名前があるってこと?」

 桜生が問うと、八都は頷く。
 秋生は桜生の言葉を聞いて、やっと理解をしたというような表情を浮かべていた。

「そうだよ。そもそも、妖怪の名前は命の鏡のようなもので、それはつまり簡単に他人に知られるとリスクが大きいってこと。だから、普通は簡単に口にしたりしない。まぁ、俺たちは人間を依り代にしているからね。その人間が死なない限り基本的には安全だから、知られたところで問題はないんだけど」
「でも…そもそも、やっくんたちは名前なんてなかったよね?」

 桜生はそう言ってから秋生を見て、なぜかどや顔で「僕が付けたんだよ」と言ってから八都に向き直った。
 自分に視線が戻ったのを話を続けろという合図と受け取ったようで、八都は再び口を開く。

「全部の妖怪に名前があるわけじゃないよ。妖怪は人間と違って、親が子供に名を与えるのが当たり前ということではないからね。もちろん、そうする親もたくさんいるけど、そうしないといけないわけじゃない」

 人間のように義務ではないため、必要がなければしないという者も少なくはないのだろう。もしくは、名がない方がリスクが少ないと考えて敢えて名付けない親もいるかもしれない。
 ただ、同じ種族同士が集まったときにどう呼び合うのか気にならないでもない。そもそも、集まったりすることもないのだろうか。

「じゃあ、あの人にも名前があるとも限らないってこと?」
「そうなるね」
「いや、多分名前はある」

 桜生と八都の会話にそう割り込みながら、華蓮の横に亞希が現れた。
 亞希までここに出てきたということは、いよいよ女性陣に縁側を占拠されたようだ。

「どうして分かるの?」
「…良狐が神使だった頃、名を教え合うほど仲良くなった神使がいるという話を聞いたことがある。その神使は、水の神に使えていて、とても美しいと言っていた」

 それを、飛縁魔に会ってはしゃいでいる良狐を見て思い出したのだという。
 飛縁魔は良狐との会話で、社がダムに沈んだと言っていた。つまりそれは、飛縁魔が元々神使であったことと、水の神に使えていたということを意味しているも同じだ。それにもちろん、良狐も認めるほどに美しい妖怪であることも確かだ。
 しかし、一般的に飛縁魔という妖怪はその美貌を武器にする一方で、火を操る妖怪という説もあったはずだ。それが水神とは奇妙な感じがしないでもないが。所詮、言い伝えなど噂話程度のものだ…ということなのかもしれない。

「神使なんて、それこそ名前は命綱だからな。お互い知っていても、誰かに聞かれないよう、普段から呼び合わないようにしていたんだろう」
「それなのに、亞希なんかにほいほい教えちゃうんだから。良狐姉さんも趣味が悪いよ、本当に」

 確かに、それはその通りだ。
 それほど名前が大切だというなら、それこそ修羅になっていたかもしれない鬼に易々教えていいものではないだろう。

「…………そうだな」

 いつもなら食って掛かるような八都の台詞だというのに、亞希はあろうことか同意するように声を発した。
 それどころか、丸で自分が良狐の名前を知っていることを後悔しているような、そんな表情まで浮かべている。

「え、なんかごめん。大丈夫?」
「…あの時の俺は死に損ないだったからな。名前を教えたところで危険が及ぶこともないと思っていたんだろ」
「……そっか。なるほどね」

 大丈夫か、という八都の質問に亞希は答えなかった。そして、普段の様子で喋り出す亞希に、八都も同じように答えた。
 どうやら、先程の発言は丸っきりなかったことにするらしい。



「はい」

 なんとなく話に区切りが着いたところで、ずっと聞くだけだった秋生が挙手をした。
 亞希と八都が同時に「どうぞ」と声をかける。

「俺ずっと気になってたんだけど。そもそも、神使って何なんですか?」
「お前、そんなことも知らずに良狐を取り込んだのか?」

 仮に取り込む時までは知らなかったとしても。もう何年も一緒にいるのだから、それくらい聞く機会はいくらでもあっただろう。
 ずっと聞くだけだった華蓮が思わず声を出すと、秋生は「何も知らないわけじゃ」と言いながら首を横に振った。

「何となくは知ってますよ。神社にいる神様のお付きみたいなもんですよね?でも、具体的に何をしているのかって話で…」

 どうやら、最低限の知識は持ち合わせているようだ。
 しかし、それでもわざわざこんなところで聞かなくても、本人に聞けばいいのではと思わなくもない。

「具体的な職務の話か。…それは俺も詳しく知らないな」
「知らないの?長いこと一緒にいるのに?」

 八都が不思議そうに聞くと、亞希は思いきり顔をしかめた。

「俺はあの腐れ神が嫌いなんだ。それなのに、わざわざあいつの話になるようなことを聞くわけがないだろ」

 亞希が良狐の使えてた神を毛嫌いしているのはもう周知の事実だ。
 本人が聞いていないのをいいことに、どこかれ構われ、いつでも「あの腐れ神」と言って罵倒の限りを尽くしている。

「亞希が知らないなら、僕も神様とはほど遠い存在だからなぁ。残念ながらノー知識だよ」

 八都もお手上げというポーズを取った。
 この妖怪たちに質問をして、全くなんの答えが得られないということも珍しい。
 それほど、神使というのは特殊な存在ということだろう。



「神使の仕事は主に社の管理をすることさね」

 ふと背後から声が聞こえて振り替える。
 すると、酒瓶を3本ほど抱えた美人の妖怪が、中庭から室内に窓をすり抜けて足を踏み入れているところだった。


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