Long story


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 叫び声をあげたのは、秋生の肩の上に座っていた狐だった。
 いつもあくびばかりして、大勢の場であまり口を開くことのない良狐がこんなに声を上げることなんて珍しい。もしかしたら、初めてのことかもしれない。

「ちょ、良狐っ、何…」
「ひーちゃん、おぬし、ひーちゃんじゃろう?」

 秋生の問いかけなど聞こえていないと言うように、良狐は肩から降りるとそのまま本来の姿になって狼と飛縁魔のいる方に歩み寄っていく。

「何だ…あ、ああ!きゅーちゃん!きゅーちゃんじゃないか!!」

 訝しげな表情で振り返った飛縁魔は、良狐の姿を見や否や声を上げた。
 さあ出発しようという狼から飛び降り、寄ってきた良狐の元に走りよる。

「やはりひーちゃんか!久しいのう!」
「何百年ぶりだよ!相変わらず美人だねぇ、きゅーちゃんは」
「ひーちゃんこそ、美しいのう」

 突然始まった女子トークに誰もがポカンと口を開けていることだろう。
 年代の話を除きまるで女子高生のような会話に、誰にんも口を挟む余地がない。

「……ん?ひーちゃん、お主…社はどうしたんじゃ?」
「もう随分と前に、ダムに沈んじまった」
「なんと、それは…、大変であろう…?」
「そうでもないよ。今は山で天狗のお守りさね、幸せな余生だ」

 そう言ってから、飛縁魔は良狐に何やら耳打ちをした。一体何を耳打ちしたのかは、全く聞こえない。そして、良狐にも変化がなく、表情から内容を推測することもできなかった。

「幸せならば、何よりじゃの」

 まるで耳打ちのことなどなかったかのように、良狐は飛縁魔に笑いかけた。
 飛縁魔もそれに笑顔を返す。しかし、その表情はすぐに何かを思い出したような顔になった。

「あんたこそ、いつの間にか神使の輪からいなくなって、どこ行ってたんだい?」
「…わらわも色々とあっての。もう社はなくなってしもうた」
「社が?…しかし、以前、あんたの神様を見かけた気がしたけどねぇ……」

 その言葉に、華蓮の中で亞希ざわつくのを感じた。
 前に亞希が苛立った様子で腐れ神だと言って文句を垂れていた、その神のことだろう。

「わらわの神様を…?」
「…いや、はっきり見たわけじゃあないからね。雰囲気でそう思っただけで、多分神違いだろうね」
「そうか。まぁ、人間の神はどれも似たようなものじゃからな」

 人違いならぬ神違いとは。
 相変わらず会話のノリは女子高生さながらだが、内容が別次元過ぎる。

「それより、あんたは大丈夫なのかい?」
「今はあの頼りないのがわらわの社じゃ。存外、楽しくやっておる」

 良狐は笑いながら秋生を指差した。
 頼りないと言われて若干顔をしかめる秋生だが、その点において言い返せることはないだろう。

「きゅーちゃんも趣味が悪いねぇ。選ぶ人間といい、鬼といい」
「わらわが選ぶ者に間違いはないぞ。おぬしこそ、人の趣味にケチをつける前に誰か選んでみればいいのじゃ」
「もうそんな年じゃあないよ。あたしは酒と花と余興があれば、それでいいさね」

 飛縁魔の満足するその選択肢を聞いて、なんとなく悪い予感がした。
 先程から全く顔を出す様子のない亞希も同じなのだろう。ざわざわと胸騒ぎが収まらない。

「ならば、わらわの家に遊びに来ればよい」

 嫌な予感とは、ほぼ必ず的中するものだ。
 多分、良狐が言っている家は良狐の家ではない。

「きゅーちゃんの家に?」
「わらわの場所は酒も花も申し分ないぞ。ちと賑やかじゃが…それが余興とでも思うてくれれればよい」
「そりゃあいい、楽しそうだねぇ」
「それに、心配事も見張れて一石二鳥というやつじゃろう?」
「それは確かにそうだね。でも、呼ばれればあたしは本当に行くよ。いいのかい?」

 飛縁魔の視線が華蓮に向いた。
 どうやら飛縁魔は良狐の言っている家が華蓮のそれであることを分かっているらしい。侑か、もしくはよく行き来している座敷童が話したのだろう。

「…好きにしろ」

 ここで華蓮が断ったところで、結果はそれほど代わりはしないだろう。
 そうすればきっと、良狐は秋生を言いくるめて華蓮にけしかけてくる。そして、秋生に頼まれて華蓮が断るわけがない。

「いや、そこは断ってくれよ…!」

 深月が懇願するように言うが、華蓮はその声が聞こえないふりをすることにした。



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