Long story


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 つい先程まで蒸し暑いと感じていたのに、今はひんやりと肌寒さを感じる。ほぼ同時に、凄まじい強さの妖気が一瞬で溢れ身体中に鳥肌を立たせた。
 その悪寒のせいで、声の主の姿が見える前にその人物が誰であるかが分かった。

「ひ、飛縁魔…!」

 突然現れた人物を見た侑が悲鳴にも似た声をあげる。そして、すぐさま深月の隣に飛んできた。
 どうやら深月も口にはせずとも相当に衝撃的だったようで、踏みつけていた影を無意識のうちに解放していたらしい。

「お前は本当に、言うことを聞きやしないね」
「やっぱり飛縁魔の差し金だったんだね!このくそばばあ!」
「あんたって子は…!」

 やっと言い争いを止めたと思ったら、どうしてまた違う言い争いが始まるのだ。全く、うんざりすることこの上ない。
 それも今のは、100%侑が悪い。仮にも美を売りにした妖怪の前でくそばばあとは、流石にあの世月でも弁えそうなものなのに。

「まぁいい」

 また止めるはめになるのかと思いきや、飛縁魔はすぐに侑への苛立ちを落ち着かせた。
 その視線が、深月に集中する。
 見つめられるとたちまち骨抜きにされるというその美貌。かつては誰も、その視線に逆らうことはできず、目を合わせたその瞬間から誰もが我を無くしその眼の虜になるという。

「また俺を試しにわざわざ顔を出したのか?」

 問うと、飛縁魔はくつくつと笑い声をあげた。
 そしてひとしきり笑うと、睨み付けるように深月を直視した。

「お前が今しがたほざいた言葉の真意を確かめに来たんだよ」
「真意も何も、言葉通りの意味だ」
「お前が、ぬらりひょんの残党たちから侑を守ると?」

 深月はそんなことは一言だって口にはしてない。ただ、事が終わるまで見張りをしておくと言ったのだ。
 とはいえ、言葉の違いであれ内容としてはそれほど差はないのだが。

「つまり、俺よりあんたらの近くにいた方が安全だと?寝言は寝て言ったらどうだ?」

 先程まで喧嘩を止める立場であったのに、ついつい挑発的な言い方になってしまった。
 しかし、先におちょくってきた飛縁魔が悪のだ。

「相変わらず減らず口の耐えない奴だね」
「言い返せないってことはそういうことだろ。俺はあんたらとは違う」

 本当のところを言うと、先程言った通り山にいた方が安全だという気持ちに変わりはない。守ってくれる妖怪たちは沢山いるし、誰もが侑のためなら何だってするような奴ばかりだ。
 ただその一方で、自分と一緒にいるのが安全ではないというような言い方が癪に障るのだ。

「こいつは渡さない。どっかの百鬼夜行にも、あんたらにも、指一本触れさせないからな」

 目の前にいる女があまりにも癪だから、こんな大口を叩いてしまう。
 深月は飛縁魔を忌み嫌っているわけではない。だた、会うといつもこういう展開になるのは、きっともう宿命なのだ。

「それならば好きおし」
「…本当にいいの?」
「これ以上言っても無駄さね」

 夕陽の問いかけにそう答えた飛縁魔は、本当に諦めたようだ。飛縁魔がそう言うのなら、それ以上夕陽が侑と争う理由もない。
 やっと一件落着といったところだ。

「面倒かけたね。あの娘にもそう言っておきな」
「娘?」

 夕陽と、それから侑も不思議そうに首を傾げる。
 まさか、まだ何も気づいていないのか。こんな、アマゾンのような場所に立っているというのに。

「被害を最小限に押さえようと、一番気負っているのはあの娘だよ。あんたたち、気づいてもなかったのかい?」
「被害?……あ」

 夕陽が辺りを見回し、さっと青ざめる。
 次の瞬間、同じように辺りを見回した侑がムンクの叫びのような表情に様変わりした。

「ぎゃああああ!?」

 耳に響くというより、頭に直接響くような叫び声がジャングルにこだまする。

「僕の…っ、僕の生徒会室がぁ!なんてことなの!?」

 本当に気づいてなかったようだ。
 きっと自分は今、心底呆れたような飛縁魔と同じような顔をしているに違いないと思いながら、深月は深く溜め息を吐いた。
 

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