Long story


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 ここはどこのアマゾンだと、突っ込みたくなりそうなほどのジャングル具合だった。深月はイライラしながら草木を掻き分け、言い争いの声がする方に向かう。
 まるで本当のアマゾンにいるのと錯覚しそうにはなるが、いくらジャングルとはいえ生徒会室という部屋の中。目的地にたどり着くのにはそれほど時間を要さなかった。

「言っとくけど、何回言われても僕は引かないし、何ならあの山ごとシャットアウトしてやるからね!」
「侑がシャットアウトしてもこっちからは来れるって知ってる?手足縛り付けてでも連れて帰るよ」

 侑の言葉にそう返しているのは、生徒会執行部副会長こと奏馬夕陽(そうまゆうひ)だ。
 普段はきちんと着こなされている制服がところどころほころんでいるし、黒目に見せるためのカラーコンタクトもどこかに飛んでいってしまっていて、名前の由来でもあるオレンジがかった瞳が薄暗いジャングルで異様に目立っている。
 叫び散らす侑とは対照的に、どこか諭すようにいい放つ様子は、まるで我が儘を言う子供の相手をしている親のようだ。

「そんなことさせるもんか!」

 侑の叫び声に合わせて、木々がメキメキと成長していく。そしてそのまま夕陽を目掛けて勢いよく飛んで行くが、いとも簡単に素早く避けられてしまった。
 行き場の失った木々はそのまま壁に突き進むが、ひすいのお陰で壁をつききることができず、苦しそうにその場でひしめき合っていた。

「お前ら、いい加減にしろ!」

 割って入るようにして、深月は二人の間に足を伸ばした。

「み、みっきー!?」

 思いもよらない人物の登場に侑の動きが止まり、その目が見開かれた。その向かいで、夕陽も同じように驚きの表情を浮かべていた。

「…珍しいね、君がこんなところに来るなんて」
「来たくて来たんじゃねぇよ。あんまりひすいを困らせるな」

 深月は面倒臭そうにそう言ってから、ため息を吐く。
 ジャングルの如き部屋は蒸し暑く、緑のみずみずしさのお陰で湿気もすごい。じゃんけんで負けさえしなければ、こんなところに足を踏み入れることもなかったのだ。握りしめた拳を恨まずにはいられない。

「…まぁ、理由はどうであれ丁度いいや。一緒にこの我儘っ子をどうにかしてよ」
「言っとくけど、みっきーが加勢したって僕は引かないからね」
「そうやってすぐおっぱじめようとすんじゃねぇよ!」

 再び動き出そうとした2人に苛立ちを感じながら、深月は片足で地面を叩いた。足を伝う影がゆらりと揺れる。それは、ひしめき合っている木々の影を伝って、あっという間に2人の影まで延びた。

「うわっ」
「っ」

 前に進もうとした2人が同時に前に躓き、そのまま再び動きを止める。
 迫力と威力で言えば華蓮と李月に遠く及ばないところだが、無駄に破壊活動を増やさないという点では自分が来て正解だったかもしれないと思わなくもない。

「どっちの味方もする気はねぇけど、まずは理由を教えろ。話はそれからだ」 
「嘘つけ、どうせみっきーはそっちの見方でしょ」
「それ以上無駄に喋ると問答無用で山に放り込むぞ?」

 深月の言葉に侑はぐっと口ごもったが、すぐに「ほらみろ」と小さく呟く声が聞こえた。
 本来ならこれですでに夕陽と協力して山まで強制連行するところだが、深月は寛大な心で今のはノーカウントにすることにした。



「侑が怒ってる理由は、今日からしばらく山に帰れって言ったからだよ」
「…何でまた?」

 どうして突然そんな話になったのか。深月が問うと、夕陽はポケットからぐしゃぐしゃになった紙を取り出した。
 受け取ってみるとそれは和紙で、広げるとずいぶんと古くさい書体の字で文章が綴られていた。

「ごめん。読めねーわ」

 国語が苦手な深月はもちろん、古典だって大嫌いだ。これは古典というほど古い字ではないのかもしれないが、深月にとってはどちらも同じだった。

「…ぬらりひょんの敵に死を。我が百鬼夜行が主を殺めし百鬼夜行――その総大将、山の神の命を貰い受ける…って、書いてある」
 
 呆れたように、夕陽が文章を読み上げる。
 その内容を聞いた途端、深月は自分の表情がひきつるのを感じた。

「何でまた、今更」

 ぬらりひょんが討たれたのは、もう随分前の話だ。

「飛縁魔がごにょごにょ言っていたけど、忘れちゃった」
「お前なぁ…」
「理由なんてさほど重要じゃないよ。問題は、百鬼夜行っていうほどの妖怪たちがうちの夜行…と言うよりも侑を狙っていて、いつどこで襲ってくるかもわからないてこと」

 夕陽はそう言って侑を睨み付けた。
 この手紙は昨日、飛んできた矢と共に山に届いたらしい。つまりそれが届いた瞬間から侑は危険にさらされているということだ。
 今まさに、大量の妖怪たちが侑を襲ってくるかもしれない。

「なるほど。…で、お前の言い分は?」
「僕は別に、山に帰るのが嫌だって言ってるんじゃないよ。でも、夕陽は仕事も学校も行っちゃダメ、文化祭に出るのもダメって言うんだもん!」

 最後の一言だけ、格段と声が大きくなった。どうやら、侑にとって一番の問題は文化祭の参加を禁止されることにあるらしい。

「文化祭なんてバカみたいに人が集まる場所に、おちおち行かせられるわけないでしょ」
「人が集まるからって攻めてくるとは限らないよ!むしろ、本気で殺しにくるなら寝首かくんじゃないの!?」
「百鬼夜行で来るってことは、それだけ自分たちの力を誇示したいってことだよ。それが、誰も見てないような寝床を襲って何になるって?」

 一旦争いを止めてから1分と待たないうちに、また言い争いがヒートアップしてきた。
 深月が二人の影を踏みつけているので動くことはないが、しかし争いの熱は収まる要素を知らない。

「言い分は分かったから、2人ともすぐ噛みつくんじゃねぇよ」

 お互いがお互いに譲り合おうとしない。
 このままでは、ひすいの体力が尽きてせっかくの新築校舎がアマゾンになってしまうのも時間の問題だろう。

「なら、言い分を聞いた深月の意見は?僕の側に付く気になった?」
「…確かに、お前の言い分は最もだな」

 深月が夕陽の言葉に返すと、侑が再び「ほらみろ」と呟いた。
 今度こそ山に放り込むところだが、最後の情けでノーカウントということにしてやろうと深月は思う。

「じゃあ、一緒に…」
「だからって、お前のを味方するとは言ってない」

 夕陽の言葉を遮ると、遮られた本人はもちろん、侑までも驚きの表情を浮かべた。
 それはそうだろう、あの話を聞けば誰だって侑を山に帰すことが得策だとわかる。もちろん、深月だってそれに反対はしない。ただ、他にも思うところがあるだけだ。

「どうせ山にいたってどこにいたって、来るときは来るんだ。わざわざ隔離することもないだろうよ」

 むしろ、妖怪たちが有意義に暮らしている場所を敢えて荒らさせることもない。
 
「そんなことは皆分かってる。そうじゃなくて、来ることを前提に危険度を低くするための話をしてるんだよ?」
「俺もその話をしてる。だから、仕事に行かせないって点では賛成だ。時間帯も場所まちまちだし、把握すんのも大変だからな。けど、学校なんて大した範囲じゃねーんだから山にいるのと危険度なんて大差ないだろ」
「でも…」
「何より」

 納得出来兼ねる様子で何かを言おうとした夕陽を、深月は更に言葉を重ねて遮る。

「こいつがどれだけ文化祭を楽しみにしてるか知ってるだろ。それをお前、珍しくこいつのせいでもねぇのに奪ってやんなよ」

 深月の思う一番のところはそれだった。  
 文化祭が延期になる前から、侑はその準備に終われていた。時折文句を言いつつも、誰よりも楽しそうに取り組んでいたのを、夕陽だって知らないはずがない。
 それを、勝手に逆恨みして襲ってくるような連中のせいにして奪いさってしまうのは、いくらなんでもあんまりだ。

「そ…それはそうだけど。でも、そんなこと言って自由にさせて、本当に襲われて取り返しがつかなくなったらどうする気なの?」
「自由にさせるとも言ってない」

 深月の言葉に、夕陽は顔をしかめた。
 言っている言葉の意味を理解してないと、表情が全力で訴えているのが分かる。

「そいつらを片付けるまで、俺がずっとこいつを見張っとく。それでいいだろ」

 それが一番手っ取り早い話であり、これ以上ないほどの名案だ。
 学校でも、家でも一緒の自分ならいつだって侑を監視できるし、すぐに対応できる。一石二鳥どころの話ではない。

「ほんとに…?」

 夕陽の驚く表情に勝り、侑はこれ以上ないというほどに驚いて深月に視線を向ける。
 深月が侑の肩を持つことなどほとんどないからだろう。まるで深月が深月であることを疑っているよな顔つきだ。

「仕事は禁止だからな。全部キャンセルしとけよ」

 深月が厳しい目付きで侑を睨むと、侑は驚きの表情をそのままに小さく頷いた。

「あと、座敷童と遊びに行くのも禁止だ。いや、座敷童以外の奴等も全員だ」

 深月の言葉に、侑はただ頷く。

「他にも山ほどあるけど、とにかく全部守れよ」
「うん、うん。ありがと、ありがとう深月!うわっ」

 今にも飛びあがりそうな侑だったが、深月が影を踏んでいるせいで足が動かず、またしても前のめりに躓いてしまった。
 
「ちょっと待って。そんな勝手に…」
「その言葉、偽りじゃないだろうね?」

 ふと、ジャングルの空気が暗くなるのを感じた。夕陽の言葉を遮り聞こえてきた第四の声に、その場にいた全員が一瞬で静まり返った。


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