Long story


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「そんなに大事にしているところに…良狐なんて入れてよかったのかな。狸と狐って相性悪いんじゃあ……」

 華蓮がいつかの宿題の答えを導き出していた横で、秋生が深刻そうに腕を組んでいた。
 そう言われてみれば確かに、狸と狐は仲が悪いと聞く。

「主が連れてくる人に、悪い人間も妖怪もいないから…大丈夫」
「そっか…それならよか―――うわああ!!?」

 突然、隣に狸の置物が座り込んでいたことに気が付いた秋生が、声を上げて華蓮にしがみついて来た。
 確かに、お世辞にも可愛いとは言えないその容姿が突然真横にあったら驚くだろう。良狐や亞希、八都よりもよほど妖怪らしい。正に化け狸だ。


「こんばんは」
「こっ…こんばんは!え?狸さんって動けたんですか……?」
「この家の中ならどこでも。ただ、恥ずかしいからあまり姿は見せない。あと、僕はこの人たちみたいに位の高い妖怪ではないから、敬語を使う必要はないと思う」

 だから狸の置物に入ったままなのか。その置物の姿で現れるのは逆効果だし、別に恥ずかしがるほどの容姿でもないだろうに、と華蓮は思いながらその姿を見下ろす。
 秋生は一呼吸おいて落ち着いたのか、しゃがみ込んでまじまじと置物を見つめた。

「はぁ…そうなんだ。良狐なんかより、よほど可愛いと思うけどなぁ」

 もしそれがこの置物のことを言っているならば、秋生の「可愛い」の観点は大分ずれている。
 秋生が不思議そうに狸の頬をつつくと、狸はごとごとっと後ずさった。照れているらしいが、やはり可愛いとは言えない。

「なにこれ、可愛いっ」

 ずれている。
 完全にずれている。

「確かにその狸は実に愛くるしい容姿をしておるが、わらわよりも可愛いとは何事じゃ!」

 ふらっと華蓮の頭の上にやってきた良狐がぴんっと尻尾を立てた。
 愛くるしい。一体何を目にしてそんなことを言っているのだろうか。理解不能だ。
 自分の中にいる妖怪に感情を感化されることはないはずだが、華蓮は今少しだけ不安になった。ペットは主に似ると言うから、きっとそういうことなのだろうと思いたい。


「亞希も言うてやらぬか!この狸よりもわらわの方が愛くるしいであろう!」
「お前は愛くるしいっていうより、美しいからなぁ…。それで言うなら一番だ」
「……うむ…まぁよしとしよう」

 よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなことが言える。聞いている側の方が恥ずかしくなりそうだ。

「何だこのバカップル!どっか行け!!」
「何を怒っておるのじゃ。そなたも早く伴侶を見つければよいこと」
「冗談じゃない。他の頭は知らないけど、僕はそんなの御免こうむる」

 八都は思いきり顔を顰めて両手を振って見せた。
 今の言い方を聞く限り、他の頭たちには恋人がいる者もいるらしい。華蓮は一度だけ全部の頭が出ているところを見たことがあるが、あの時は目の前のことに必至だったために、他の頭がどんな姿でどんな性格だったかはあまりよく覚えていない。
 そもそも、一応ベースの体が同じであるのだから、別々に恋愛なのできるのかも疑問だ。

「お前たちはそれぞれで持っているものが違うのか?人間でいう多重人格のようなものじゃないのか?」
「媒体は一つだけど、それぞれに脳があるから多重人格ではない。元々は妖怪としての体があったけれど、今は君たちと同じように媒体は李月だ。だからこそ他の連中は愛だの恋だのに現を抜かすようになったんだ」
「つまり、どういうことだ?」
「亞希や良狐姉さんはもう体が消滅している上で媒体を憑代に魂だけ残っていて、今そうして目に見えたり触れたり出来るのは媒体の力を借りて実体化しているからだろう?僕たちも基本的はそれと同じ。基本的に媒体の力を使っているから、亞希が酒を飲むと次の日こっちが二日酔いになるように、僕が酒を飲めば李月が二日酔いになる」
「へぇ…そうだったんだ」

 秋生がどこか感心したように頷いて見せた。
 それを横目に見た華蓮は、そんなことも知らないで良狐ほどの妖怪の媒体をしていたのかと驚きが隠せない。

「とはいえ、基本的には分離体だからね。やりようによっちゃ干渉させないことも出来る。だから…今後かもう既にか知らないけど、この二人に発情期が来ても干渉されたりはしないから大丈夫だよ」
「言い方をどうにかしろ、言い方を」

 八都の言葉に亞希が顔をしかめる。
 今後だろうと既にだろうと、そんな情報は欲しくもないところだ。

「それなら二日酔いもどうにかしろよ」
「いや、干渉させないようにするのって凄く大変なんだよ。君たちにも負担がかかるし、二日酔いの方がお得だって」

 何がお得だ、自分に都合のいいようにしているだけではないか。
 百歩譲って、その言葉が真意だとしても、それならばそれで飲むのを控えるべきだ。

「下らないことで話を遮るでない。八都、そなたの話の続きをせぬか」

 全く下らないことなどない。
 二日酔いがどれだけ辛いか知らないからそんなことを言えるのだ、この狐は。

「ああ、うん。僕たちは李月の中に巣食うときに八頭が別々の脳を持っていたことで、魂が8つに分かれた。だから、元は同じ一つの妖怪だし、今でも力的にも根本的にもそれは変わらないけど、一つの個体としては別々に分かれているってこと。だから司る感情はそれぞれあるけれど、妖怪の時には入り込んでくことのなかったその他の感情が入り込んでくるようになった」
「それで…他の頭が愛だの恋だのに現を抜かすようになったと?」
「そういうこと。僕としては、余計な感情が入ってくるのは酷くうっとうしいんだ」

 八都の普段の性格を見る限り、そんな風に思っているとは少し意外だった。
 ただ、八都が何の感情を司っているのかは知らないが、確かに何か一つの感情を司っているにしては、先ほどの亞希と良狐に対して苛々していたこともしかり、随分と感情が豊かなように思われた。

「まぁ…魂が別れたことで、各々が自由に動けるようになったから、それはいいんだけど」
「えっと…一つの個体としては個々に分かれてるって…要は李月さんの中には8匹の妖怪が住んでいるってことですか……?」
「そうだね、簡単に言うとそんな感じ。とはいえ、僕たちは元々一つの妖怪だから1匹じゃあ大した力にはならないし、8匹いても李月にかかる負担も君たちと変わりはないよ」

 力の大きさうんぬんよりも、自分の体の中に8つも魂がいるなんてうるさくてとても我慢できそうにない。
 華蓮は亞希だけでもいっそ追い出してやろうとかと何度も頭を抱えたことがあるというのに、その話を聞いて悔しいけれど少しだけ李月を尊敬した。

「じゃあ、2人がいっぺんに具現化することも…?」
「もちろんできるよ。そもそも李月が僕ばっかりこき使うのは、僕の司っている感情が“楽”という一番扱いやすい感情で、尚且つ他の頭たちがあまり外に出てきたがらないからってだけ。そうでなければ、8頭全員をここに呼ぶことだってできる」
「……みんなその顔なんですか?」

 つまり、李月が八人並ぶということか。
 それは流石に、怖い。

「うーん、そうだな…。亞希が普段から媒体の姿をしているのと同じで、僕にも本来の人型の姿があるんだ。それだと全員ほぼ同じ容姿になってしまうけど、僕がこうして媒体の姿をしているように、他の頭たちも自分好みの姿になって出て来るんじゃないかな。試しに呼んでみる?」
「えっ…出来るんですか?」
「うん。流石に8匹呼ぶと李月の雷が落ちそうだから…っていうか、この時間だとどいつもこいつもいないか……ああ、そうだな。四都(よと)なら大丈夫だ」

 どいつもこいつもいないとは聞き捨てならない。
 仮にも契約を結んだ身で、こんな時間からどこをほっつき歩いているというのだ。勝手に出歩いて、もし何かあったらどうする気だ。
 明日にでも、李月に告げ口をするとしよう。

 華蓮がそんなことを考えているその目の前で、八都がすうっと目を閉じる。
 次の瞬間、いつの間にか八都の隣に同じくらいの背丈に子どもが増えていた。

「やだ…なぁに、こんな時間に……あらぁ?」


「なっ…!?」

 華蓮の脳裏に焼き付いた警告音が一瞬で音を立て、体に染みついた条件反射が一瞬で作動した。
 まるで脱兎のように一瞬で部屋に戻ると、物凄い勢いで襖を閉める。木の部分が破壊されるのではないかというくらいにバアアンッと、激しい衝突音が響いた。



「よ……世月…さん…?」

 襖の向こうから秋生の声がする。
 そう、現れた四都の姿は、華蓮が毎日のように酷い目に遭わされていたころの世月そのものだった。

「四都はあの人の姿がお気に入りみたいだね」
「え?何なの?何の話?」

 話し方までそっくりなのが尚悪い。
 もしかしたら、つい数時間前まで自分自身もその頃の大きさだったせいでその余韻が残っているのかもしれない。まるで容赦なく、華蓮のトラウマを呼び起こしていく。

「あいつの怯えよう半端じゃないな」
「せ…先輩……大丈夫ですか…?」



「…………大丈夫だ」



 そもそも、華蓮は以前に一度世月を出くわしてしまっている。
 そうだ、本物を見ているのだからいくら恐怖の対象だった頃の世月の姿そのままだといっても、所詮偽物だ。どれだけ世月に似ていようとも、世月ではない。
 華蓮は一度深呼吸をしてから、襖を開けた。


「李月は馬鹿なのか…?どうしてこんなおぞましい姿を容認している」
「あら、私があの子にこの姿を見せるはずないじゃない」
「だろうね。そもそも四都が司っているのは愛情で、使い勝手が悪いから全員が呼ばれること以外には呼ばれることもないから…見せることもないよね。全員の時は妖怪の姿だし」

 多分、以前怪物のようなものを消した時に見た姿がそれなのだろう。
 華蓮としては、そんなおぞましい姿でいられるよりは蛇の頭の姿になってもらったほうがよほどありがたいところだ。

「それ以前に、外の世界は汚いから嫌いだもの。でもここは…とても綺麗な場所ね。気に入ったわ」

 気に入らなくていいからさっさと李月の中に戻って欲しい。
 華蓮のそんな思いとは裏腹に、四都はそう言ったかと思うと、辺りをくるりと体を回転させて見回した。しかし360度回転する前に、動きを止める。

「あら、あらあらあら!!なぁにこの狸!何て愛くるしい狸なの!!」
「え」
「あなた化け狸なのね!素敵!」
「え」
「ふふ、置物のセンスも抜群だけれど、中身も愛くるしいわねぇ」
「えっ」

 戸惑っている相手に容赦なく突き進んでいく辺りも、世月にそっくりだった。
 もしかて、性格も似ているからその容姿を選んだのかもしれない。

「あーあ。僕ってば、やらかしちゃったかもしんない」

 八都が頭を抱えながら、半ばやけくそに酒を煽った。
 この分だと、李月は何も知らない間に明日には二日酔いになっているに違いない。




「主…僕、戻る」


 狸は置物のままごとっと動くと、そのままどろんと効果音が付かんばかりにその場から消えてしまった。
 逃げていくその姿が幼少期の自分と重なった華蓮は、狸に酷く同情した。


「私、嫌われちゃったかしら…?」

 世月ならばそんな心配はしないし、しゅんとしたりもしない。
 その姿を見た瞬間、目の前にいる子供が世月ではないと確信した華蓮は、少しだけほっとした。

「ぐいぐい行きすぎだよ。誰だって知らない相手に突然捲し立てられたらびっくりするでしょ」
「そうね…、これまで汚い世界しか見てこなかったのに…あまりに愛くるしい姿に興奮して…つい。今度は気を付ける。あ、でも…また会ってくれるかしら?」
「大丈夫だよ、理由を説明すれば…って、僕は何をアドバイスしてるの?馬鹿なの?死ぬの?」
「お前、もう呑むのはやめておいだ方がいいんじゃないのか」
「こんなもの呑んでないとやってらんないよ!」

 亞希が心配そうに苦笑いを浮かべるのに対して、八都はそう言って新しい酒瓶を両手に引っ張り出してきて再び酒を煽り始めた。
 この様子では、いつかの酷い二日酔いの再来も否めないかもしれない。


「寝るか」

 これ以上見ていても、李月が可哀想になるだけだ。華蓮はそんなことを思いながら、逃げ込んでいた部屋から足を踏み出した。

「先輩…自分の部屋に行くんですか?」

 華蓮とは打って変わって楽しそうに妖怪たちが戯れる光景を見ていた秋生が視線を寄越す。その瞳が何を訴えたいのかは大体察することができたが、華蓮は敢えてそれを見なかったことにした。

「体も元に戻ったし、熱も下がったしな」
 
 秋生がその心情を自分から口にすることがないだろうということは明らかだ。
 だから、返ってくるのが少し俯いて寂しそうな表情と、それから一段と小さい声であいさつであることは容易に想像できる。
 ただ、今の時点で華蓮には自分の部屋に戻る意思がなくなっていたとしても、もしかしたらということを少しだけ期待してそう返した。


「……おやすみなさい」

 予想通りの返答だった。声のトーンから俯き加減からその表情まで、想像したままだった。
 やはり、そう簡単に事は上手く運ばない。期待することなく、気長に待てばいいことだろう。
 華蓮がそう思いつつ、部屋に戻る意思がないことを伝えようとした途端――秋生が俯いていた顔を勢いよくあげた。


「や――――やっぱり、いっしょにっ……いて……ほしい………です………」


 その声は最初こそ勢いだっていたものの、一瞬で小さくなっていき、最後の方はかろうじて聞き取れるくらいの大きさだった。そしてせっかくあげた顔も、声が小さくなっていくのと同じようにまた俯かれてしまった。

「お前……」

 秋生の予想外の態度に、華蓮は少しだけ身をこわばらせた。
 理性とは恐ろしいものだ。少しのことで簡単にどこかに行ってしまいかねない。華蓮はいつどこでどんな状況に対応できるように、細心の注意を払わなければとつくづく感じた。

「先輩…?」
「なんでもない。もう寝るか?それともそこの馬鹿どもを見物するか?」
「え…あの……一緒に…いて、くれるんですか…?」
「当たり前だろ」

 そう返すと、俯いていた秋生の顔が華蓮を捕え、そしてその表情に笑みが灯った。

「じゃあ…もう少しだけ見物します」


 そう笑う秋生の背後では、金木犀が青色の花を満開に咲かせて揺れていた。きっと、これからは毎日その日によって様々な色を付けるのだろう。
 もう決してその花を絶やしたくはないと、華蓮はそう強く思っていた。


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