Long story


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 亞希が晩酌を始めてしばらくもしないうちに隣に良狐が現れ、反対側の枝に八都が腰を下ろした。良狐はいつも通り獣の姿で、どこかけだるそうに欠伸をしながら尻尾を揺らし、八都は亞希と同じように酒瓶を手にしていた。
 それは華蓮がかつてこの家に住んでいた時の光景に、少しだけ似ているように思えた。

「これでお前ももう死すことはない」

 亞希は唐突に、木に向かって笑いかけた。

「俺が自由になった今、貴様は俺に縛られることはない。かつてそうだったように、多くの者がお前に様々な花を咲かせてくれるだろう」

 そう言ってあっという間に酒瓶を一本空にした亞希は、もう次の瞬間には新しい瓶を手にしていた。

「ふむ、ならばわらわが第一号…」
「てやっ!」

 八都がバッと立ち上がり両手を挙げると、ぶわっと風が吹いた。
 風が止むと、金木犀の色が快晴の日の空に近い色になった。青色より淡く、水色よりも少しだけ濃い色だ。

「八都…!」
「ごめん良狐姉さん、我慢できなかった」
「こやつめ…どうしようもない蛇じゃのう……」

 良狐はそう言いながら、亞希の太ももにどさっと顔を乗せる。
 どうやら不貞腐れてしまったようだ。

「ちなみに僕はこれまででも一瞬程度なら変えることができた。これほど鮮やかな色にはならなかったけど」
「それなら尚のことわらわに譲るべきじゃ」
「良狐姉さんは毎日のように変えてたでしょ。綺麗とは言い難い桃色」
「あれはこの木が亞希と繋がっておったゆえ勝手にそうなっておっただけじゃ。本来のわらわの色ではないわ」

 良狐は亞希の背中にバシバシと尻尾を叩きつける。それも九本の尻尾を間髪入れずに連続で叩きつけるものだから、酒を煽っていた亞希が咽てしまった。

「ごほっ、げほっ…痛い!」
「ああ、すまぬ」
「謝る気があるならもう少しすまなそうな顔をしろ。大体、そんなに変えたいなら変えればいいだろ」
「一夜一色というであろう」
「そうそう。分かってないなぁ」

 十人十色は聞いたことがあるが、一夜一色なんて聞いたことがない。
 ただ、華蓮がここに居た頃も、夜の間に何回も色が変わることはなかったように思う。もしかすると、妖怪の世界では暗黙の了解なのかもしれない。

「何だお前ら、腹立たしいな」

 亞希は再び酒を煽り始めた。良狐はその太ももの上で欠伸をし、八都も亞希と同じように酒を煽る。金木犀が自分の色になって気分がいいのか、珍しく亞希よりも空の瓶を出す頻度が高かった。




「大勢住んでいたって言うのは…妖怪とか霊のことだったんですね」

 妖怪たちが戯れている様子をぼうっと見ていると、ふと、秋生が横から顔を覗かせた。
ずっと長かった髪が、本来の短さに戻っている。
 きっと、一度亞希との契約が完遂されたことでその力が途切れたのだろう。

「ああ。そもそも侑と会ったのも、あいつが家を抜け出してここに迷い込んできたからだ」
「そうだったんですか」
「亞希がああ言っていたところを見ると…また増えるな」

 亞希が縛っていたこの木が解放されたということは、少しずつ広がっていくこの木の匂いに誘われて暇な妖怪か行き場のない霊が寄ってくることだろう。

「いっぱい寄ってくるってことですか?」
「今いる奴らが一癖も二癖もある奴ばかりだから…すぐにはそう増えないだろうが。そのうち、うっとうしくなるだろう」
「うっとうしいって言ってる割に、嬉しそうですね」
「うるさい」

 秋生が笑うのを横目に、華蓮は表情を歪めた。
 しかし、内心でまたここが賑やかになることを待ち望んでいることも確かだった。



「ところで、亞希が来る前にこの木を守っていたのは誰だったの?」

 ふと、八都が酒を飲む手を止めて亞希に視線を向けた。
 そういえば、亞希は最初にこの木に触れた時に誰かの妖気が残っていると言っていた。しかし、華蓮は結局誰の妖気が残っていたのかを聞いていない。

「それはあいつだよ。蛻の殻になってからも、ずっとこの家を守り続けていた優秀な番人だ」

 亞希も酒を煽る手を止めて、庭から玄関に向かう道筋を指す。
 玄関に向かう曲がり角から、狸の置物がこちらをちらりと覗いていた。


「狸―――…」


 華蓮が声をかけると、置物はさっと陰に隠れてしまった。


「俺は狸の妖怪であれほど優秀で忠実な奴を見たのは初めてだ」
「ほう、亞希にそこまで言わせるとは」

 良狐が驚いたように顔を上げる。その言葉には華蓮も同感だった。
 亞希はあまり狸と接触していないようだったが、まさかそこまで評価していたとは。

「あいつは本当に優秀だ。こいつに忠誠を誓っているのが勿体ないくらいに」
「それはそなたも一緒であろう」
「俺にはこいつと一緒にいるメリットがある。だがあの狸には全くメリットなどないだろう。それなのに、あいつはいつ帰ってくるとも、もしかしたら二度と誰も帰ってこないかもしれないこの家でこいつを待ち続けていた」


 そういえば、最初にこの家に戻って来たときも、狸はいつもと変わらない様子で華蓮に「おかえり」と言った。その時は何も思わなかったし、それからこれまでも狸の存在が当たり前のように思っていたが。
 本来ならば、他の誰もが家を離れて行ったように、狸も家を離れて行っていても不思議ではない。
 むしろ、それが普通だ。


「どうしてそうまでしてこの家を?」
「この木を譲り受ける時に言っていた。ただ守りたかった、と」

 八都の言葉に亞希が返す。


 守りたかった。

 その言葉が、華蓮の脳裏に突き刺さった。


「自分が何よりも大切なこの家を、誰よりも大好きな主が帰ってくる場所を、守りたかったのだと」


 何よりも大切な。


 誰よりも大好きな。



「ああ―――そうか……」



 華蓮の中に、唐突に一つの答えが浮かんだ。
 それは、数日前に出された宿題の答えだ。

 何を原動力に闘っているのか。
 自分が一番大切なものが何か気が付いた華蓮だからこそ、出た答えだ。

 そしてそれが分かった今、華蓮は今度こそあの男をこてんぱんにしてやると思った。
 いや、出来ると確信していた。


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