Long story


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 この金木犀の木は、亞希の妖力で花を咲かせている。
 亞希は自分が華蓮の中に巣食うている限り、その花を咲かせ続けると金木犀の木に向かって約束していた。
 そして約束通り、亞希は毎晩花を咲かせ続けていた。

 しかし今、金木犀に花は咲いていない。
 この間、良狐とのことがあった時に一度夜になっても花が少ししか咲いてないことがあったが、全く咲いていないということはなかった。


「亞希!!出て来い!!」

 華蓮が叫ぶように声を挙げると、途端にふわっと金木犀の花が満開になった。
 その光景を目にした瞬間、思わず安堵の息が漏れる。



「うるさいガキだな」



 目の前に現れたその姿は、いつもの華蓮の幼いころを真似ているそれではなかった。
 最初に契約を交わしたときの、その姿だ。


「俺の感情が戻った」
「知っている」

 華蓮の言葉に、亞希は冷めた返事をする。
 亞希は初めて会ったときも、今の澄ました態度で、感情など持ち合わせていないような様子で華蓮と契約を交わした。
 そして、契約を交わしてからはまるで人が変わったように、そして華蓮を相反するように感情的になっていた。だが、今の亞希からはそんな感情的な面が全く見られない。それは全部、華蓮の感情が影響していたからだとでもいうのだろうか。

「……出て行くのか」
「それが契約だ」
「憑代がないとお前は消える」
「生憎だな。新しい宿主はもう見つかっている」

 亞希はそう言って、華蓮の後ろを指さした。

「……秋生…?」
「あの子はもしもお前の中から出て行くことになったら、自分の中に来てもいいと言っていた」

 亞希はそう言ってニコリと笑った。
 どうやら、感情がなくなってしまったわけではないらしい。
 だが。

「貴様みたいな屑を秋生の中にやってたまるか」
「否定はしないが、酷い言い草だな」

 亞希はそう言ってケタケタと笑った。
 屑呼ばわりされているというのに、全く嫌そうな様子も、怒っている様子もない。





「契約だ」


 手を伸ばすと、亞希は驚愕の眼差しを華蓮に向けた。

「俺の力は既にお前のものになっている。何の力も持たない妖怪と、一体何の契約を交わそうというんだ?」

 亞希は驚きの眼差しをそのままに、華蓮に問いかけた。
 華蓮はその瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、笑みを浮かべた。

「今まで通り、俺の体に巣食え。それと引き換えに、この力をお前に返す」
「はっ…戯言を。そんなことをして、お前に何のメリットがある」
「お前が秋生の中に住みつかない」

 その言葉に、亞希は露骨に顔を顰めた。
 だが、それはもうずっと前から決めていたことだった。

「…それが出来ないことくらい分かっているだろ」
「確かに、ひとつの体の中に2匹もの妖怪が巣食うのは不可能だな」
「だったら…」
「秋生が泣くだろ」

 亞希がいなくなれば秋生はきっと泣くだろう。華蓮はもう何度琉生に殺されるかも分からないくらいに泣かせているが、それでもできることなら泣かせたくはない。
 それに、良狐はどうなる?もう二度と離さないと言っていたのはどこの誰か。約束を交わして間もないのに、また約束を破ろうというのか。
 そして華蓮は前にも亞希に言った。
 その存在は基本的に迷惑でしかないが、いなくなられるともっと迷惑だと。
 華蓮の言葉を聞いて、亞希は先ほどよりも高い声で笑った。


「それだけのために、得た力を捨てるのか」
「それだけ?十分すぎる理由だろうが」

 亞希はまだ納得がいかないという表情をしている。
 だから華蓮は、もう一つだけ理由を付け加えることにした。



「それに、お前の咲かす花は好きだ」


 真っ白く咲き乱れるその花は。
 かつて見たことがないくらいに美しい。

 華蓮がそう言って笑うと、亞希はようやく観念したようだ。
 すぐ目の前までやって来て、伸ばされた手に爪を立てる。




「契約内容は、次の通りだ」

 ぷつっと、華蓮の手のひらに亞希の爪が食い込んだ。
 滴る血が、地面に落ちる。


「その力をもらう代わりに俺はその体を憑代にする」


「ああ」



「そして、貴様の大切なものを守る手助けを約束してやろう」


 今度は華蓮が驚愕の眼差しを亞希に向ける番だった。
 亞希は先ほど華蓮が笑ったのと同じような、不敵な笑みを浮かべていた。


「勘違いするな。貴様の大切なものと、俺の大切なものがたまたま同じだからだ」
「……そうか」


 随分と素直じゃない鬼だ。
 とはいえ華蓮も、人のことは言えた義理ではないが。




「契約――――…完了だ」



 傷口から亞希の爪がぐいっと華蓮の手のひらの中にくい込んで行き、そのまま華蓮に吸い込まれるようにすっと亞希の姿が消えた。それと同時に、手のひらの傷も滴っていた血もなくなった。
 顔を上げると、最近はすっかり桃色になってしまっていた金木犀が、純白の花を満開に咲かせているのが目に入る。
 そしてその木の枝には、まるで何事もなかったかのように澄ました顔の亞希が、いつものように幼い華蓮の頃の容姿で酒瓶を片手に晩酌を始めているのだった。


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