Long story


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 運動部の部室は汗の臭いで男臭いとよく言うが、水泳部の部室は何と表現すればいいのか。小学校や中学校のプールの臭い。気分を害すような臭いではないが、好むような臭いでもない。誰かから「プールの臭いがするね」なんて言われていい気分がする者がいない。この独特に臭いを好む者もいるだろうが、少なくとも深月はそうではない。
 そんなことよりも、意外だったのは華蓮と春人が思いのほか上手くやっていたということだ。もちろん、全く性格が合わない2人ならかけ合わせたりしない。春人は相手を見てその相手に合わせて態度を変えるため、華蓮とも探し物に支障がない程度に合わせられるだろうと思ったからこそ組み合わせたのは確かだ。それにしても予想以上だった。合流したとき、華蓮はどこか考え込んでいるようだったがそれはいつものことだ。問題は春人だ。春人は思いのほか上機嫌で――今回の件以外の話はしないだろうと読んでいたが、それ以外にも色々話したらしい。それだけでも驚きだが、春人が何か今回の件以外で手ごたえを感じている様子なのがこれまた驚きだ。

「吉田隆が思い出しのか?」
「それプラス、俺の名推理の成果だよ〜」

 センスを疑う現代文の教科書を抱えながら春人が笑う。それを手に取って中を開くと、メモが一枚挟まっていた。

「それを見て、吉田さんが少しだけ思い出してくれたの〜」

 それから春人は、吉田隆が思い出したことと春人の推理について説明した。ここに合流することになった経緯が大体分かった。

「話すのもいいですが、手も動かしてはいかがでしょうか」

 秋生が不機嫌なのは、春人が思いのほか華蓮とうまくいっていたからに加えて、加奈子が自分ばっかり頑張ったと告げ口したからだ。もちろん、加奈子の言っていたことは間違いではない。それだけならまだよかった。その結果、華蓮が「そうか」と言いながら加奈子の頭をなでられたもんだから、秋生の機嫌は絶不調だ。

「自分が真面目にやらなくて招いた結論でしょ〜。俺たちに当たらないでよね。俺は真面目に探して結果を出して夏川先輩に褒められた。加奈子ちゃんも真面目に頑張ったから夏川先輩に褒められた。秋生は真面目に探さなかったから褒められなかった。それだけのことでしょ」

 春人は誰に対しても、時々厳しい。
というか、春人も褒められたのか。それは言わない方がよかったのではないだろうか。

「うん。そうだな…ごめん……褒められた?春人も?」
「え?あっ…」

 春人はしまった、とう表情を浮かべたがもう遅い。また一つ、秋生の機嫌が悪化してしまうだろう。

「……ああ、俺はここに居る誰よりも役立たずの無能だ」

 機嫌の悪さを通り越して何とやら。秋生は時計を探す手は止めないものの、一気に肩がガクッと落ちた。

「あの〜、秋、ごめん」
「別にいいよ。悪いのは俺だし。…心配しなくても、これが終わればshoehornの話は出来る。いや、する。そうでもしないとやってられるか」
「…それは、ありがとう」

 春人は苦笑いを浮かべている。投げやりになっている秋生に同情しているのだろう。

「無駄口を叩いている暇があったらさっさと探せ。でなければ出て行け」

 華蓮は自分の話題なのにもかかわらず全く興味を示さない。それが夏川華蓮という男なのは分かっているが、少しくらい興味を示してもいいんじゃないかと深月は思った。

「そうは言うけど、この部室思いの他でけぇしなー」

 部室が体育館よりでかいってどういうことだ。しかもただだだっ広い体育館と違って、隅から隅までロッカーが備わっているのだから質が悪い。水泳部員は一体何人いるんだ。それとも、生徒会に認められている部活はどの部もこれくらいの部室をもらっているのか。だとしたら、新聞部は実にお粗末な扱いを受けているということになるが。とはいえ、これほど大きいと逆に落着けないから新聞部くらいの大きさでちょうどいいと深月は自分に言い聞かせた。

「だから人手が必要だということが分からんのか」
「分かっておりますが、人手が足りなさすぎてやる気が失せておりまーす」
「それは同感だ」

 華蓮はそう言いながらも手を止めない。深月も華蓮の後ろで同じように手を止めない。2人の進む速度は全く同じ。別に合わせているわけではなく、話をしながら作業をしていると自然と同じになるだけだ。

「運よく見つからないと今日中には終わらな…って、手が止まってますよ、夏川さん」

 先ほどまで進む速度は同じだったのに、いつのまにか深月の方が数メートル先に進んでいた。華蓮は立ち止まって、ロッカーの中を覗いてから中に手を伸ばしてを繰り返している。

「深月…見てみろ」
「うん?」

 隣に行って、華蓮が覗いていたロッカーの中を覗く。汗臭い、というのは置いておくとして。ロッカーを上下2つに区切った間仕切りの奥に何か引っかかっている。今まで誰も気付かなかったのか、それともこのロッカーを誰も使っていなかったのか――誰も使っていなかったということはないだろう。現に、床には華蓮が取り出した思われる部員の私物らしきものが散らばっている。

「引っ張っても取れない」
「貼りついちまってんじゃねぇの。ほら、交代」

 華蓮に変わって深月がロッカーの中に手を伸ばす。しかし、どんなに引っ張っても奥にあるものは取れなかった。

「秋生にやらせてもしょうがない」
「春人も同じだ。で、俺と夏よりも力がある知り合いは?」
「1人いる」
「それは却下。絶対却下」

 深月は華蓮がどんな知り合いを出してくるのか予測できたようだ。華蓮の言葉に嫌悪感丸出しでそう言いながら腕でバツ印を作る。それに対して、華蓮は一瞬顔を顰めてから、ため息を吐いた。

「あと5回で取れなかったら、呼ぶぞ」
「それ、俺と夏でそれぞれ5回ずつな」
「合わせて5回だ」
「じゃあフェアに6回で」
「今すぐ呼ぶぞ」
「合わせて5回でいいです」

 1回くらい、それほど大して時間が変わるわけじゃない。深月がどんなに不満げな表情を見せても、華蓮は意志を変えないだろう。

「じゃあ俺に3回やらせろよ。夏が3回やって取れなかったら、俺はお前を恨むぞ」
「好きにしろ」

 華蓮の返事を聞くと深月はロッカーの前に立つと腕まくりをした。特に腕まくりをする必要はないが、気合を入れるためだ。
 一呼吸おいて、ロッカーの中に手を伸ばした。奥に引っかかっている何かはこれといって持ちやすい場所がない。そのせいで上手く力を掛けられず、思いきり引っ張ることができなのだ。ならば、まずは思いきり引っ張れるような場所を見つけることが先決。

「見てろよ」

 手を伸ばして何かに触れる。劣化しているが紙質だ。紙袋か何かだろうか。もしこれを引っ張り出して、このロッカーの持ち主のコンドームとかだったら殴ってやる。深月はそんなことを思いながら、ロッカーに引っかかっている物を引っ張り始めた。
 さて、それから深月がロッカーを探っている間に、秋生は春人と話しながらも大分先に進んだ。加奈子や吉田隆がどうしているかは深月には見えないが、多分、同じようにかなり探し進めたに違いない。
 進んでいないのは残りの2人だけだ。華蓮は腕を組んで、今にも射殺しそうな勢いで深月を睨んでいる。深月がロッカーの奥に貼り付いているものを引っ張り始めて10分が経った。華蓮の苛立ちが目に見てきたということは、すなわちこれはそろそろ長引かせるのも限界だということだ。

「深月、いい加減にしろ」
「時間制限はなかった」

 これは間違ってない。

「今すぐ呼んで欲しいのか、あいつを」
「交代します」

 人の弱みに付け込むなんて、なんと性格の悪いことか。
 とはいえ、あの華蓮が10分待ってくれただけでも上等と考えるべきかもしれない。深月はそう自分に言い聞かせ、ロッカーから離れた。

「少しは取れやすくなっているだろうな」
「努力はしましたとも」
「結果が全てだ」

 華蓮はそう言ってロッカーの奥に手を伸ばし、そして引っ張った。間もなく、ベリっと紙が千切れるような、剥がれるような音が聞こえた。

「10分粘った甲斐はあったみたいだな」
「てかもう少し俺が粘ってたら、俺の手柄だったと思うんだけど!」
「結果が全てだ」

 華蓮はそう言いながら、ロッカーから取ったものを掲げた。朽ちた紙袋だ。どうしてロッカーの奥に貼り付いたのかは謎だが、取れればどうでもいい。

「中身がコンドームとかだったら俺はこのロッカーの持ち主を許さない」
「ロッカーの奥に物があることにも気付かないようなガサツな奴は、そんなものは使わない」
「それもそうだ」

 深月は華蓮から袋を受け取ると、その中身を手のひらに出した。
形はブレスレッド。元は銀色だったのだろうが、すっかり茶色く錆びついてしまっている。随分と長い間放置されていたということだ。錆びついていないガラスの部分の中には時を刻んでいた針がある。既に動いてはいないが、これは紛れもなく腕時計だ。

「ビンゴ!」

 これが吉田隆の探している時計であれば、言うことなしだ。
 華蓮が時計を手にして、頭の位置まで掲げている。吉田隆に確認を取っているのだろう。この確認が終わるまでは、まだ喜べない。

「吉田隆の時計だ」
「よっし!やったな、夏!」
「ああ」

 深月は喜びのあまり思わずハイタッチをしようと手を掲げてしまって、そうしたら華蓮も手を掲げたものだから結果的に2人はハイタッチをしてしまった。これは付き合いの長い華蓮と深月の癖のようなものだが、学校内ではなるべく出さないように心掛けていたのに、とんだ失敗だ。華蓮もハイタッチをしてしまった後、少し眉を顰めた。
 ともあれ、目的は達成した。


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