Long story


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 某有名バンドメンバーたち3名が、2時間ほど前から行方不明となっていた。時折、外からその誰かの悲鳴のようなものが聞こえるような気がしたが、リビングに身を置く者は誰もそれを探そうとは思わなかったし、むしろ自業自得だとすら思っていた。
 ただ、それを容認している一方で、カーテンを閉め切って向こう側の光景を覗くことは誰もしなかった。きっとその先の光景は地獄絵図に違いなく、見るとしばらく寝られそうになさそうなのは、たまの悲鳴を聞いているだけで容易に想像できたからだ。


「夏川先輩、大丈夫かな」

 桜生が小声で呟いた。
 その視線の先にはソファの上に寝転んでいる華蓮の姿がある。寝ているのかいないのかは分からないが目を閉じていて、安静にしているのに息は荒く、その頬は今までになく赤くその体温の高さを露見させていた。

「死にはしないって、亞希さんは言ってたけど…」
「死なないから大丈夫ってわけじゃないでしょ」

 春人の言うことは最もだ。そして死なないから大丈夫というわけじゃないならば、これは明らかに大丈夫ではない。
 先ほど、華蓮が反抗できないのをいいことに体温計を加えさせたら、何度測ってもエラー表示になった。試しに秋生の体温を測ってみたら、36度という極めて健康的な体温がきちんと表示されたことから、壊れているわけではない。
 つまり、今の華蓮の体温は測れないほどに高い。
 体温計が検知できない体温なんて、普通の人間なら確実に死んでいる。それはつまり、普通の人間なら死んでいるほど辛いということだ。
 どこをどうとっても、大丈夫なんかじゃない。


「心配だけど、僕は華蓮にも人間っぽいところがあることに少し安心したよ」

 睡蓮はそう言って、華蓮の頬をつついた。
 確かに、華蓮がここまで素直に苦しみを露見させているのを見たことはない。これまでのように熱があろうと怪我をしていようと平気そうな顔をしているその姿は、睡蓮の言うように人間っぽいとは言えないだろう。


「あんまり触ると“秋の”夏川先輩が起きちゃうよ」
「そうだよ。“秋生の”夏川先輩なんだから」
「うっ、うるさい黙れ!」

 楽しそうににやにやと笑う春人と桜生に向かって秋生は声を上げた。
 つい2時限の自分のとんでも発言を、秋生は春人と桜生に指摘されるまで全く気が付いていなかった。それでも指摘されるとそう言っていたことは確かで、どうしてそんな発言をしてしまったのか自分でもわからないが、今でも思い返すと顔から火が出そうなくらいに恥ずかしいこともまた確かだ。
 いっそ気付かないままでいさせてくれればよかったのに、先ほどから今のように何度もわざとらしいイントネーションで秋生をからかってくるのだからたまったものではない。深月や侑たちが今、秋生をからかえる状況でなくて本当によかったと思った。


「華蓮ってば…秋兄の束縛宣言、ちゃんと聞いてた?」
「聞いてなくていいから…ていうか、確認しなくていいから…」

 睡蓮はまたも華蓮の頬をつつく。
 束縛宣言なんて言われると、ただでさえ火が出そうな恥ずかしさが更に悪化するではないか。いい加減にしてくれないと火が出るどころではなく、噴火してしまいそうだ。

「ああ」
「答えなくていいし!……え!?先輩!?」

 いつもより高い声だったが、それは確かに華蓮のものだった。
 驚きの声と共に視線を向けると、先ほどまで閉じられていた瞼がうっすらと開いている。

「華蓮…、起きてたの?いつから?」
「さぁ…覚えてない」
「僕たちの“秋生の先輩”発言、何回くらい聞きました?」
「そんなこと聞かなくていい!!」

 桜生に叫びながら、秋生は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
 羞恥で死ぬ。
 これは今すぐ死ねると、真面目に思った。

「項垂れてる暇があったら起こせ」
「起き上がって大丈夫なんですか?寝てた方がいいんじゃあ…」
「さっさと起こせ」
「はい」

 体の大きさが変わったところで何が変わるというわけでもない。
 秋生は華蓮に言われるがままに体を起き上がらせる。自分で起き上がれないくらいに辛いのならば、寝ておいた方がいいに決まっているのに。とはいえ、凄まれると逆らえないのだからどうしようもない。

「いやここはこうでしょ」
「は!?」
「うわっ!?…え!?」

 睡蓮はせっかく座らせた華蓮を抱き上げたかと思うと、おもむろに秋生をソファに押し倒し、その上に華蓮を乗せた。間髪入れないその動きに、秋生はもちろんろくに体の動かない華蓮も抵抗する術はなかった。

「睡蓮……俺はともかく、先輩の扱いが雑い」
「くそ頭がいてぇのに乱暴に動かすんじゃねぇよ……」

 頭を押さえながら文句を言う華蓮は体のバランスを取るのが難しいのか、ふらふらと揺れて今にも倒れてしまいそうだった。秋生はすぐさま体勢を整えると華蓮の体を抱き込むように支えた。
 すると、華蓮は秋生にもたれるように体に体重をかけて息を吐いた。火傷してしまうのではないかというくらいに、熱い体温が伝わってくるのを感じる。他の誰かなら暑苦しいだけのその体温も、華蓮のそれとなると話は変わる。じんと伝わってくるその熱さが、実に心地よかった。


「うーん、いまいち面白みに欠けるな」
「面白さなんか求めなくていいから」

 腕を組んで考え込むようなそぶりを見せた睡蓮に、すかさず秋生が突っ込んだ。
 せっかく普通じゃない兄が普通に苦しんでいるのだから、もう少し心配してあげればいいのに。睡蓮には全くそんな様子はない。


「いっそ華蓮も記憶がなくなってたら、もっと面白かったのにね」
「冗談じゃない」

 記憶がなくなったら一体どうなるのだろうか。
 以前の秋生のように人格もあまり定まっていない3歳児というわけでもないから、それほど変わらないのかもしれない。

「でも夏川先輩、今の時点でいつもとちょっと違うよね」
「あ、それ俺も思った〜。なんかちょっと違う」

 それは秋生も思っていたことだった。
 何が違うのかと聞かれれば答えには困るが、何となく違う。最近はよく見るようになったバージョンHに近いような気がしたが、それとも少し違うような気がした。



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