Long story


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 ここまでの話を、既に華蓮は聞いているとのことだった。だからかは分からないが、亞希は終始秋生一人に向かって話しているようだったし、華蓮も耳を傾けている風ではなかった。

「それで、ここからはお前も聞くべきところだけど。続けるからな?」
「ああ」

 亞希の問いに華蓮は短く返した。
 とても話が聞ける風には見えないが、本人が聞くと言うのだから止めることはできない。

「契は、交わす者の力の程度に一定以上の差がなければ誰でも交わすことができる。その方法は至って簡単のように思えて、これがかなり難しい」

 亞希はそう言ってガラステーブルに腰を下ろした。
 行儀が悪いような気もするが、良狐など最初から机の上で尻尾を振っているのだから今更言うことではないだろう。

「その方法は、お互いが同時にお互いの血を呑むこと。それだけ聞けば簡単に聞こえるけど…この同時っていうのは、呑みこむタイミングまで本当に同時でなければいけない。更に、その血が体内に干渉するまでの時間、浸透する時間…あらゆるタイミングが同時でなければならない。だから普通、偶然に契を交わすなんて有り得ない」

 確かに、お互いの血を全く同じタイミングで呑みこむというのは、簡単なように見えて難しい。どこかのサイヤ人が合体をするために、同時に同じポーズを決めることでかなり苦労していたのと同じだ。
 呑み込むだけならあれよりかは、同時に血を呑む方が簡単ではあるのかもしれないが。体内に干渉する、更には浸透する時間まで同じとなると……そもそも、そんなことが出来るのかと思わずにいられない。
 
 しかしそれでも、そうする意志を持たずに偶然そうなるということは…天文学的確率なのかもしれない。


「実際起こっているのだから有り得なくはないということだが…」

 亞希は目を伏せ腕組みをしてから「やはり有り得ないな」と呟いた。
 そして、再び開かれた目が秋生に向く。

「その偶然が生んだ産物は、年齢も大きく関係してくる」

 先ほど良狐は、秋生が1歳で華蓮が3歳の時だと言っていた。

「契の強さに比例するのはお互いの力の強さでも、契を交わしてからの年数でもない。それを交わした時点の年齢だ。その強さは互いの血を舐めたら一目瞭然で、強ければ強いほどに相手の血を美味しく感じる。そして甘味は、その中でも至極の強さを示すものだ」

 その言葉を聞いて秋生はハッとした。
 華蓮の血は、我を忘れて自分からキスをしに行ってしまうほどに美味しかった。
 そしてそれは…、甘かった。

「甘味を感じるほどに強い契は―――妖怪でいうなら、まぁ生まれてから50年くらいか?」
「妖怪によって変わってくるじゃろうが…大体それくらいであろう。わらわたちの感覚での50年は、そなたらでいう5年程度じゃ」

 亞希は口を挟むなと言っていた割に自分から話を振っているし、良狐もそれに何の疑問も抱かずに当たり前のように答えている。
 きっとどちらも、言い争ったことさえすぐに忘れてしまう体質なのだろう。

「つまり、人間が最も強い契を交わそうと思ったら5歳以前にそれを行わなければならないということだ。だが普通、5歳の子どもが誰かと契を交わそうなんて思わない。霊能力一家となると子どもに交わそうとする場合もあるかもしれないが…だとしても、5歳にも満たない子どもが同時にお互いの血を呑むということはかなり難しい」

 確かに、「さぁ今よ」と言われて5歳児が上手く出来るかと言えば微妙なところだ。
 それに、仮に上手く飲み込めたとしてもその後の体内への干渉や浸透まで操作することは出来ない。
 お互いが人間ポンプ的な特技を持ってるなら…いや、それでも難しいだろうし、そもそも5歳児の人間ポンプなんて聞いたことがない。

「だから、偶然かつそれもお互いが5歳よりも以前に契を交わしているということは、奇跡という言葉で表すにしても言葉足りないくらいだ」

 奇跡ではないとするならば、それは運命とでもいうのだろうか。
 どこからその言葉が出てきたのは自分でも分からなかったが、秋生は何となくそんな気がした。そしてもし本当にこれが運命だとするならば、それほど幸せなことはないと思う。

「とにかくお前たちは何らかの偶然で甘味を感じるほどの強い契を交わした」

 何らかの偶然。
 たまたまあの時、秋生が唇を切っていた。たまたま華蓮の指を秋生が噛み、華蓮がそれを自らの口に入れた。華蓮が秋生にキスをしたとき、たまたまお互いの血がお互いの口に移り――そしてそれがいつかは分からないが、その血をたまたま同じタイミングで呑みこんだということだ。
 いくつもの偶然が重なった末の、奇跡という言葉でも言葉足らずになってしまうような事態。改めて状況を把握すると、その重なった偶然の凄さを痛感した。

「その契が一瞬で傷を治すほど強いということを、お前は既に目の当たりにしただろ」

 それは多分華蓮に向けた言葉であったが、当の本人はうんともすんとも言わなかった。
心配になって覗き込むが顔を埋めているためにその表情は見えない。
 話を聞くことに夢中になって気付かなかったが、改めて華蓮に意識を集中させると秋生の体に伝わってくる華蓮の体温が尋常でなく熱くなっている。明らかに大丈夫とは言い難い状況だ。

「…一度中断するか」

 華蓮の体調不良など気にも止めなさそうな亞希でも、流石に気を使うほどだ。
 しかし、その言葉を聞いた華蓮は少しだけ顔を上げて亞希を睨み付けた。

「いい。…聞く……話せ」
「聞いて頭に入る状況じゃないだろ」
「いいから、さっさと話せ…」

 これでは埒が明かない。
 まるで引き下がる様子のない華蓮に、亞希はどこか呆れたように溜息を吐いた。

「全く。…二度は話さないからな」

 本当なら今すぐにでも寝かせてやりたいところだが。どうせ華蓮はここで話を無理矢理切り上げて寝かそうとしても素直に寝てくれはしないだろう。
 それならば、早く話を終わらせて休ませるのが一番頭のいい方法に違いない。


「お前たちの血は傷を癒す。だが、一度に摂取する量が一定を超えるとたちまち猛毒に代わる」

 猛毒。
 その言葉に、背筋がゾクリをするのを感じた。



「妖怪たちが、生まれて50年以内に契を交わすことは滅多にない」

 亞希はそう言うとガラステーブルの上から降りて、秋生のすぐ目の前までやってくる。
 その目はいつもとはどこか違って、何かを警告しているように見えた。

「契の力が強すぎて暴走することは珍しいことじゃない。特に契りを交わした相手が異性か、恋人ならその確率は跳ね上がる。お互いの血が傷を癒すだけでなく、快楽を助長するものでもあるからだ。…その意味は分かるだろう?」

 秋生は言葉を発することなくただただ、頷いて見せた。

「契を交わすと、それだけで体の相性が良くなる。その上で血を交えたその快楽の境界線を一度超えると――もう戻っては来られない。後は堕ちていくだけだ。更にその先の快楽を求め、知らず知らずのうちに血を欲する。境界線を越えた者たちが摂取量の限界を超えるのは造作もないことだ」

 快楽に溺れ、更に快楽を求め、堕ちたそこにあるのは―――死。
 正に猛毒だ。

「だから普通は50年以内に契を交わすことはない。それはつまり、妖怪たちが怖れるほどにその契の力は強く危険なものだということだ。実際に朽ちた者を目にしたことがなくても避けるほどに、妖怪たちの中でそれは暗黙の了解となっている」

 特に決められたわけでもないのに、妖怪たちが怖れ自ら避けるほどに危険なもの。それほどまでに危険な契が、華蓮と秋生の間には交わされている。
 また、背筋がゾクリとするのを感じた。

「わらわがまだ神使じゃった頃に、一度だけ目にしたことがある。その妖怪はその血を、薄い砂糖水のような味だと言うておったから…そなたらほど強い契ではなかったはずじゃ。しかし、50年以内に契を交わしておったことも確か。そうでなければ、砂糖水程度でも甘味を感じることはないじゃろうからの。その者は契を交わした相手つがいではなかったが…一時の好奇心がそうさせたのじゃと言うておった。そしてそれが過ちであると気付く前に、その血に狂い堕ち、そして相手の妖怪ともども死んだ」

 亞希がガラステーブルに腰を下ろすと、良狐はその太ももの上にとすん、と頭を乗せた。
 良狐が見たその光景はそれほどまでに悲惨だったのか、狐の姿であるその体が少しだけ震えているように見えた。

「使い方を誤るでないぞ。その血に狂う姿は―――とても見るに堪えぬ。わらわは…あのような姿は二度と見とうない」

 それは最早、良薬と言うよりも麻薬と言った方が正しいように思えた。
 茨に棘。棘のない薔薇はない。

 既に棘は見えている。
 それでもその美しい花に触れてしまうかどうかは、自分たち次第ということだ。



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