Long story


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 華蓮が縁側のあるす部屋に戻ったのは早朝、睡蓮が起きてきたからだった。
 引きずってきた布団を敷き(かなり斜めになったが気にしなかった)それに横になった瞬間、襖が開いた。そこに立っていたのは睡蓮で、まさか学校に行けなくても規則正しく起きろと言い出すのかと思って冷や冷やしたが、そうではなかった。
 話の内容は、秋生が少し体調を崩しているようだから休ませる、こき使ったら承知しない――という指示だった。秋生のことが心配になった華蓮だったが、睡蓮が「少し」と言っていたこともあったし、再び動こうにも既に体は限界だったので、そのまま寝ることにした。
 しかし、そんな睡眠も数時間も経たないうちに無理矢理覚まされることになった。



「秋生」

 声をかけると、クッションに埋まっていた顔が少しだけ動いた。
 頬に触れると、尋常ではないくらいに熱かった。

「せ…んぱ……」

 秋生は、まるで消えるような声で小さく呟いて華蓮を見上げた。その目は虚ろで、本当に華蓮が写っているのかどうか怪しいくらいだった。
 亞希に叩き起こされて随分と憤慨したが、そんな思いもこの秋生の有様を見れば一瞬で消え去ってしまう。

「病院に連れて行っても意味はないな」
「どうして?」
「その子の症状は、良狐の妖気が生み出しているものだ。それも故意に」

 突然現れた亞希は秋生を見下ろしながら、腕を組んだ。

「お前の差し金じゃないのか」
「馬鹿言え。お前ならともかく、俺はこの子にそんなことはしない。…これは一瞬の仕置きだな」
「仕置き…?」
「よく人間は“夜ご飯抜きにするわよ”とか言うだろ。あれだ」
「あれだ、って…スケールが違いすぎるだろうが」

 夜ご飯を抜きにされても苦しみはしない。せいぜい、夜寝られなくなる程度だ。
 しかしこれでは、夜寝られないという次元の問題ではない。

「その辺は妖怪と人間の感性の差かもな。それほど長く苦しめることもないだろうが…自然に引くのを待つしかない」
「どうにもできないのか?」
「良狐の気が変わらない限りはな。そして残念ながら、あいつの気は変わらないだろう」

 亞希の言葉を聞いて華蓮は溜息を吐いた。
 とりあえずこんなところに転がしておくわけにはいかないが、しかし今の華蓮には秋生を抱えて移動するだけの労力はない。

「せ…ん、ぱ…い」

 秋生がそう言って手を伸ばしてきた。
 華蓮はその手を取り、その瞬間に思いきり顔を顰めた。

「お前…どうしたんだこれ」

 手が血だらけだ。
 目を凝らすと、人差し指から大量の血が流れていた。

「あ…すいま、せん…」
「謝るな。噛み傷か…?」

 指からこれほどまでに血が出るものかと不思議になるくらい、まさに溢れんばかりに血が流れている。
 どういう状況だったのか、よくよく見るとその血は秋生の首元を赤く染めているし、服にまで滴っていて、白い服を赤く染めている。

 ふと―――自分が同じような状況だった時のことを思い出した。
 それは数日前のことで、流していた血の量は秋生よりも大分多かった。黒かったので服の変化は見ただけでは分かりにくいが、多分ほとんどが血に染まっていたに違いない。

 そんな華蓮に珍しく自分からキスをしてきた秋生は、その血を甘いと言った。
 そのことを思い出しながら、華蓮は秋生の指を自分の口に含んだ。

「ふぁっ…!?」

 ビクッと、秋生の体が跳ねてうつろだった目が見開かれた。

「……甘い」
「え…」

 秋生の血は甘かった。
 砂糖のようでも、はちみつのようもであって、それよりも柔らかく――癖になる甘さだった。

「なるほど、お前が積極的だったのもうなずける」
「!?…せ、せん、ぱい…っ」

 秋生の首元に顔を埋め滴っていた血を舐めると、肌が異常に熱いのが舌に伝わってくる。
 やはり、甘い。



「それが契だ」

 亞希の声が耳にして、華蓮は顔を上げた。

「血が甘いのが?」

 契を交わした相手の血が甘くなったからといってどうだというのだ。
 性欲の話よりも、どうでもいいメリットのように思われるが。

「甘いだけではない。自分の体を確かめてみろ」
「体?体がどう―――――――痛くない」

 それだけではなかった。
 まるで動きもしなかった利き腕が、多少痛みは感じるものの動くようになっている。何もしなくても全身に駆け抜けていた痛みは、動くと痛みを感じる程度になっていた。

「契を交わした相手の血は、飲むだけでどんな傷も癒すことができる」
「……冗談だろ」
「冗談なものか。契りで治せないのは病だけだ。特にお前とその子の契はかなり強いものだから、コップ一杯程度の血で瀕死でも一瞬で完治するだろう」

 まるで人魚の血だな――と華蓮は思った。

「逆に、使い方次第では一瞬で殺すこともできるが……詳しい話は、その子の体調がよくなってから一緒にしよう」
「ああ」

 華蓮は再びクッションに突っ伏している秋生に顔を寄せた。
 秋生の顔が少しだけ上がる。

「少し移動するぞ」
「は…はい……」

 華蓮の言葉に、秋生は小さく頷いた。もしかしたら、華蓮が接近していることで秋生の心情はいつものようにてんやわんやなのかもしれないが、今の状況ではとてもじゃないがそれを目で確認することは不可能だった。
 抱え上げると、秋生の尋常ではない体温をひしひしと感じることが出来た。これではきっと、体温計が壊れてしまうに違いない。



 縁側のある部屋に移動して襖をあけ、その布団の乱雑な敷き方に華蓮は溜息を吐いた。とはいえ自業自得なので誰に文句が言えるでもない。華蓮は布団の位置を正しながら、これからは何事も後先を考えて行動しようと決めた。
 布団を正してから改めて仰向け秋生を寝かせると、とても指を怪我しただけとは思えないくらいの血が体のあちこちに付着しているのが露見した。先ほど華蓮が舐めとったにも拘らず首はまるで掻っ切られたように血だらけだし、腕もどこで刺されたのだといいたくなるような惨劇だった。あまつさえ、服は元々の白地よりも赤の割合が多くなってしまっている。服の血はどうにもならないが、さすがに首や腕についた血は拭き取らなくてはならないだろう。

「全くあの狐…ろくでもねぇな」

 華蓮は独り言をつぶやいてから、ゆっくりと立ちあがろうとする。
 しかし腕が重力上に引かれて、視線を下に移した。

「…いか…な…で…」

 相変わらずうつろな目をしている秋生が、ぎゅっと華蓮の腕を掴んだ。その力は酷く弱く、振り払わなくても少し腕を引くだけで簡単に解くことが出来るだろう。
 しかし、華蓮がその腕を解くことはなかった。

「ちょっとタオルを取ってくるだけだ」
「い…や…です」
「血が固まったら、後が面倒だぞ」
「……べつに…いいです…」
「よかないだろ。その状態じゃあろくに風呂にも入れねぇんだから」
「…でも……」

 腕を掴んでいる手に、力がこもった。
 そう言えば、いつかの――熱を出した時も、秋生は保健室に行くことだけを頑なに拒んでいた。今思えば、あれは我儘を言わない秋生から聞いた数少ないそれだったのかもしれない。
 ただ…秋生が保健室に行くことを拒んでいたのは、本能的なものだった。実際、自分でもどうしてここまで保健室が嫌なのか分からないと言っていた。

 しかし今はきっと、そうじゃない。


「一緒に…いて……ください…」


 もしかしたら、これは秋生からまともに聞く始めての我儘かもしれないと思った。とはいえ、随分とスケールの小さい我儘だ。
 今しがた、後先を考えてから行動しようと思ったばかりの華蓮だったが。秋生のそのささやかな我儘を無視できるほど、その決意は固くはなかった。

「分かった」

 血なんてどうせもう固まってきているだろうから、今でも後でも同じだろう。
 幸い、傷口から流れていた血はもう止まっているようだ。

「…せんぱい……」
「ん?」
「…だきしめて…ほしいです…」

 華蓮が立ちあがることを諦めて座ると、秋生がどこか不安気な瞳で見上げてきた。が、すぐにその顔は俯かれ「やっぱり…、今のはなしで…」と呟かれる。
 少し進歩したと思えばこれだ。華蓮は秋生の言葉は聞かなかったことにした。

「入るぞ」
「えっ……わっ…」

 華蓮は秋生を寄せてから布団に入り、縮こまっていた身体を抱きしめた。
 こんな体温で布団なんか被っていたら、脱水症状を起こしてしまうのではないかと少し心配になる。

「……おこり…ました、か…?」

 これはいつもの秋生だった。
 華蓮は不安げに見上げてくるうつろな瞳に笑いかけ、そしてその目元にキスをした。

「普段からそれくらい我儘だと、嬉しいんだけどな」

 華蓮がそう言って頭を撫でると、秋生は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。
 しかしすぐに、どこか安心したように目を閉じた。



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