Long story


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 次に目が覚めても相変わらず見えるのは天井だけだった。
 いい加減に嫌気がさした華蓮は微塵も動かない身体を根性で動かし、まず風呂に向かった。あれだけ動き回って血だらけになったにも拘らずジャージを脱いだだけで後はそのままだと気が付いた瞬間に、無性に体が気持ち悪く感じたからだ。
 しかしそれは地獄への入り口だった。
 あちこち血だらけということはあちこち怪我をしているということで、真面目に死ぬかと思った。おまけに一度反対側を向いた腕は全く使い物にならず、しかもそれが利き手だったために何をするにもいつもの倍以上の時間がかかった。それでもどうにかして地獄から生還したが、未だかつてないほどに疲れた。
 風呂から上がると今度は空腹を覚えたので冷蔵庫に向かったが、あったのは調味料とシュークリームだけだった。シュークリームの乗っている皿にはラップがしてあって、そこには大きく「試作品につき味に保証なし」と書かれてあったが、華蓮はマヨネーズをそのまま吸うような趣味はないので、シュークリームを手に取った。
 それからソファに戻ってテーブルにシュークリームを置き、そのままソファに座ってそれを食べるはずだったのに。華蓮の意志を無視するように突如身体の力が抜け、勝手にソファに倒れ込んでしまった。起き上がれるような気配もなく、先ほどのテレビのリモコン同様、せっかく持ってきたシュークリームにすら、手が届かない。



「先輩…?」

 ソファの向こうの方からそんな声が聞こえてきたのは、華蓮が机の上のシュークリームをどう手にしたものかと試行錯誤している、正にその時だった。

「先輩…!目が覚めたんですね…!!」

 もう見ているのも嫌になった天井の景色が一瞬で変わった。
 今度は正真正銘、不満のない景色だ。

 やっと見つけた。
 そう思った華蓮は目の前に覗いた秋生の顔に手を伸ばした。リモコンやシュークリームとは違い届いた手で頬に触れると、秋生はくすぐったそうな表情を浮かべた。

「どこにいたんだ?」
「冷蔵庫が空っぽだったので、買い出しに…」
「そうか」

 今すぐ起き上がって抱きしめたいのに、起き上がることが出来ない。
 腕なら辛うじて動くのに、実に腹立たしかった。

「大丈夫…なんですか……?」
「ああ。だが身体が言うことをきかないから、起こせ」
「それ、大丈夫って言わないです」

 秋生は顔を顰めてそう言ったが、持っていた荷物を置いて華蓮を起き上がらせた。
 片方の腕はかろうじて動くので、これでやっと抱きしめられる。起き上がった華蓮はすぐに秋生の腕を引いて、自分の方に引き寄せた。

「うわっ…せ、せんぱい…っ?」

 華蓮に倒れ込むような形になった秋生が、驚いた表情を浮かべて見上げてきた。
 きつく抱きしめたいと思ったが、今の華蓮にそこまでの労力はなかった。

「ずっと付き添ってくれてたって?」
「え…あ、いや…俺が…一緒にいたかっただけで…その…」
「ありがとう」

 目元にキスをすると、秋生の顔が一瞬で赤くなった。
 当たり前だが秋生の頬の血は既になくなっているので、顔に熱がこもっているのであろうことは見れば一瞬で分かった。



「これ…食べるところだったんですか?」

 しばらくして落ち着いたらしい秋生が視線を向けたのは、机の上に置かれていたシュークリームだった。先ほどまでは、どうやって食べたものかと随分と思考錯誤していたのに、秋生が手を伸ばすと簡単にそれは華蓮の目の前に戻ってきた。

「腹が減ったからな」
「これまだ…味見してないから…何か作りましょうか?」
「いや…、それでいい」

 ちゃんとした食事が出て来ることは魅力的だが。それでも今は、それよりも秋生を離したくないと思ったからだ。
 とはいえ、このまま抱きしめたまま食べる訳にもいかない。華蓮が抱きしめいていた腕を離すと、秋生は華蓮の隣に腰を下ろした。

「不味くても殴らないでくださ…ああ、身体動かないならその心配はないのか」
「そうだな。それなら、不味かったら口移しで分け与えてやることにするか」
「え…くち…っ!」

 華蓮の言葉に、秋生は過剰に反応した。
 しかし、華蓮が倒れる少し前まで、秋生は似たようなことをしていた。もう忘れてしまったのだろうか。

「この前は自分で人の血を舐めまわしてたろ」
「舐…!変な言い方しないでください…!!」
「違わないだろうが」

 多分、その時のことを思い出しているのだろう。あの時と同じように頬に両手をあてて慌てふためいている。顔は相変わらず真っ赤で、そのうち頭から蒸気が出るか、もっといけば発火するに違いない。
 そんな秋生を横目に、華蓮はようやく手にすることが出来たシュークリームを口に入れた。そしてその瞬間、戦慄した。


「……」


「えっ…やっぱり不味かったですか?」

「いや、うまい…」

 いつか学校を破壊した時に食べたざくろ味のシュークリームも美味かったが。
 これは次元の違う美味さだった。

「ほんと…ですか…?」
「ああ、超うまい。引くくらいうまい」
「そっ…そんなに…美味しいです?」
「ああ、そんなにうまい」

 シュークリームの概念を覆す…というのは少し違うかもしれないが。
 そう言っても過言ではないくらいに、とにかく美味しかった。

「なら…また、作ります……」
「またとは言わず毎日でもいい」
「それは…作るのは大丈夫ですけど、飽きますよ?」
「飽きない。まぁ、面倒ならいいけどな」
「じゃあ…毎日…作ります。作るのは…楽しいですから」

 秋生はそう言って、華蓮に凭れかかってきた。
 華蓮が見た秋生の顔の様子から察するに、蒸気が出るまで、もう何分もないだろう。

「お前も食うか?」
「あと…一口だけですけど」
「ああ、だから全部はやらない」
「え、むぐ…っ」

 そう言って華蓮は手にしていたシュークリームの最後の一口を秋生の口に押し込んだ。
 そして自由になった手で秋生の体を引き寄せると、もごもごと動いている唇に自らのそれを重ねた。


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