Long story


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「先輩…!!」

 やはり、聞こえた声は幻聴ではなかった。
 ぱたぱたと廊下を走る音が鮮明に聞こえるのは、多分自分が廊下に倒れ込んでいるからだろう。体を起こしたいが、どうやらそれは無理そうだ。先ほどまではまるで何も感じなかったのに、今にも気絶しそうなくらいに全身が痛い。

「先輩!?…一体何が…血が…!!」

 華蓮を見つけた秋生はこの場の悲惨な状況に動転してしまったようで、言葉になっていない言葉を発しながら倒れている華蓮の脇にしゃがみ込み、覗かせた顔は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

「お前…来るなって、言っただろ……」

 秋生の頬に手を伸ばそうとした華蓮は、自分の手が血だらけだと言うことに気づいてその動きを止めた。
 しかし、引っ込めようとした手は秋生に捕まれ、ぎゅっと力一杯握られた。それが一度反対側を向いた方の腕だということに気付いたのはその時で、華蓮は駆け抜けた痛みに耐えるために唇を噛んだ。

「あっ…ごめんなさ……俺……」

 これは泣く。
 そう思った華蓮は反対側の腕に重心をかけて痛みを堪えながら無理矢理起き上がり、秋生が泣きだす前に体を抱き寄せた。残念ながら、抱きしめるだけの労力は残っていない。それに、服も血だらけなのであまり密着するわけにもいかない。

「泣くな…秋生……」
「っ……」

 人がせっかく気を遣って密着しないようにしているのに、秋生は自分から華蓮の体に抱き付いて来て華蓮の胸の中に顔を埋めた。普段ならばそんなことはしないくせに、どうしてこういう時ばかりそうなのか。おまけに華蓮の言葉の意味を理解はしていなかったようで、すぐにしゃくり上げるような声が聞こえてきた。
 本当に何一つ華蓮の心情を理解していないようだが、それでも…そんな秋生をこの上なく愛しく感じた。

「…秋生……」

 名前を呼ぶと、涙で頬を濡らした秋生が顔を上げた。
 顔を近づけながらその頬を自らの服で拭うと秋生の頬がうっすらと赤くなって…キスをするのをやめた。

「くそ忌々しい」
「え…?」
「今お前にキスをしたら、鉄の味が移る」

 既に口から血が吐き出されることはないが。口の中いっぱいに鉄の味が充満していることに変わりはない。
 これほどまでに愛しいと感じているのに、抱きしめることもできなければキスすらできないなんて。これ以上最悪なことはない。

「先輩…」
「な――…っ!」

 何だ、と答えようとした言葉は、言葉になることなく終わった。華蓮の言葉を遮るように、秋生が華蓮の唇に自分のそれを重ねたからだ。
 いつも顔を近づけただけで真っ赤になって逃げていくくせに。どうして今日の秋生はここまで人の気遣いを無視するのだろうかとあきれ果てる。
 だが、同時に、愛しさが増した。

「…甘い……」
「は…?」

 口を離した秋生が、不思議そうに自分の唇を触りながら呟いた。
 華蓮は言葉の意味が分からず、顔を顰める。

「先輩の血…甘いです……」
「…馬鹿言え」

 冗談にしては秋生の目は実に真剣だ。
 しかしもし秋生の言うことが本当なら、華蓮の口の中に広がっている鉄の味は一体何だというのだ。あちこち叩きつけられすぎて味覚がおかしくなったのか。
 いや、味覚がおかしいのは明らかに華蓮ではなく秋生だ。血の味が鉄の味だということは、世界中の多くの人間が共通して知っていることであることに間違いはないはずだ。

「…………」
「何――…ッ!」

 再び秋生の唇が華蓮の言葉を遮った。
 口の中に広がる鉄の味が、まるで拭い取られるように薄れていくのを感じた。

「はっ…やっぱり甘い!おいしい!」

 口を離した秋生はそう言ってから、今度は自分の手に付いている華蓮の血を舐めた。味の真意を確かめたかったのならわざわざ二度キスをしなくても最初からそうしておけばよかったのではないのか。とはいえ、秋生のおかげで口の中に広がっていた血の味がほとんどなくなった。まだ多少、残っているが。
 しかし、二度も自分からキスをしてきたと言う事実と、人の血をおいしいなんて飛んだ変態発言をしているということを、本人は分かっているのだろうか。

「お前…今日は随分と積極的だな」
「えっ…あっ…俺…な…な……なんてことを!!」

 どうやら全く分かっていなかったらしい。
 華蓮が指摘したことで自分のしたことを理解したらしい秋生は、一気に顔を赤くして両手で頬を覆った。おかげで秋生の頬は、手に付いていた華蓮の血を纏って文字通り赤くなった。
 それは実に可愛い仕草で、酷く愛おしくて。華蓮は今すぐにでも秋生を抱きしめたくなったが、生憎起こした時に完全に動力を使い果たしてしまった体は言うことを聞かず、それは叶わなかった。

「秋生」

 抱きしめる代わりに額をつけると、秋生の顔がすぐそこあって華蓮を見上げていた。
 頬は血で赤くなっているため、さきほどよりも悪化しているのかどうかは分からないが…多分、悪化しているのだろう。目が泳いでいる。


「家電量販店、週末行くか」

 泳いでいた目が一瞬で見開き、そして色を変えたように明るくなった。
 それを目にした華蓮は、自然と笑みがこぼれた。

「はい…!」

 視線を向けると、再び顔が近寄ってきた。
 今度こそ、口の中に広がっていた鉄の味が完全になくなった。


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